稽古場見学、記者発表、インタビューなどから、近々公開される作品のおもしろさを探ります。

ポイントプレゼント実施中

中丸雄一のソロアクトライブ『中丸君の楽しい時間3』来年2月上演決定!

中丸君の楽しい時間_photo

KAT-TUNの中丸雄一が構成・演出を手掛けるソロアクトライブ『中丸君の楽しい時間3』が、2019年2月に大阪・サンケイホールブリーゼ、3月に東京グローブ座にて上演されることが決定した。
 
2008年上演の第一弾では、企画が決定した段階で「自分らしい楽しさ」にこだわる本人たっての希望で、構成・演出を自らが手がけるセルフプロデュース公演として上演。コント、パフォーマンス、一人大喜利、質疑応答大会、某番組のパロディ、得意のヒューマンビートボックスや新曲の披露など、中丸の様々な要素と魅力を詰め込んだ90分を展開し、自身も「自分の理想に近いものを作ることができた」と語るなど、公演は大成功となった。また、2017年上演の第二弾では、第一弾とは違った、中丸がその時にやりたかったことを全て盛り込んだ“楽しい時間”を届けた。

そして、約1年半ぶりに上演される第三弾は、アイドルとしての活躍にとどまらず、情報番組のコメンテーター、バラエティ番組の司会、連続ドラマの主演など多彩な顔をもつ中丸が、これまでの経験をふまえて前回よりも緻密に作りこみ、プロジェクションマッピングや映像などを駆使して、スタイリッシュかつシュールな世界観に磨きをかけた、より中丸らしさを凝縮した内容を目指している。中丸が今やりたいことを一緒に堪能できる”楽しい時間”となるに違いない!

【コメント】
『中丸くんの楽しい時間』初演のときから、『2』もやりたいと思い続けて。同じように『2』をやりながら、『3』をやりたいと考えていました。初演から『2』まで9年。『3』は2019年にタイミングがうまいこと合いまして、時空けずしてやれることになり、とても嬉しいです。できることなら、今後も定期的にやり続けていけたらいいなと思っております。
これまで、良くも悪くも“自分が面白いと思うこと”だけを作ってきましたが、“わかりづらい”“ちょっと理解できない”という反応も頂きました。でも僕は、皆さんのご意見も受け止めつつ、それはそれでいいと思っていて。『3』もそのマインドはそのまま、ただ見やすさにはこだわって、整理した内容で、また新しいこともプラスしながら作りたいですね。
半分フィクション、半分ノンフィクション。ベースは“僕”というのは変わらず、新しいものとしては、グランプリシリーズの中でですね、10月にTV出演した番組で僕が参加したある企画を……たぶんやります。スタッフさんからの強い要望あってのことですので、それは誤解なく(笑)。でもやるからには、世界記録を舞台上で更新してやろうじゃないかと! スタッフさんも  企画実現のために頑張ってくれています。
せっかく頂いた、中丸雄一にとっての“自由な場”です。場があるから、僕の頭の中にあることを具体的に詰めていくことが できます。『3』も楽しい時間にします。

〈公演情報〉
『中丸君の楽しい時間3』
構成・演出◇中丸雄一
出演◇中丸雄一
●2019年2月◎大阪 サンケイホールブリーゼ
〈お問い合わせ〉キョードーインフォメーション 0570-200-888
●2019年3月◎東京 東京グローブ座
〈お問い合わせ〉東京グローブ座 03-3366-4020
〈チケット一斉発売日〉2019年1月26日(土)
〈公式サイト〉https://www.tanoshii-jikan.com





えんぶ最新号


kick shop nikkan engeki

円谷幸吉と君原健二、2人のマラソンランナーの栄光と挫折を描く『光より前に〜夜明けの走者たち〜』 作・演出家 谷賢一インタビュー

_MG_0348

1964年の東京オリンピックで銅メダルに輝いた円谷幸吉と、その4年後のメキシコオリンピックで銀メダルを獲得した君原健二。ライバルであり友人でもあった2人のマラソンランナーの物語、『光より前に〜夜明けの走者たち〜』が、11月14日から紀伊國屋ホールで上演される。(11月25日まで。そののち大阪公演あり) 
作・演出は谷賢一。出演は宮崎秋人、木村了、高橋光臣、中村まこと、和田正人という5人の俳優で演じるこの舞台は、2020年のオリンピックが目前に控える今だからこそ、その上演に大きな意味が込められている。
 
円谷幸吉は、栄光の銅メダルからたった3年半で志半ばにその生涯を閉じた。君原健二は、その命を引き継ぐかのように栄光へと走り続け、銀メダルを手にした。50年前の2人の生き方を通して「走る」ことと「生きる」ことを問いかけるこの作品に、作家としての自分を投影したと語る谷賢一。今回は、2人のランナーの生涯に重ねて、谷賢一自身の生き方も語ってもらうインタビューとなった。

_MG_0306

円谷幸吉と君原健二という
好対照な存在に惹かれて

──基本的なところから伺いますが、谷さんがこの物語を書きたいと思ったきっかけは?
離婚ですね。5年前に離婚しまして、精神と生活がボロボロになっている時期にこの題材と出会ったんです。毎晩浴びるように酒を飲んで、でも眠れないのでネットで劇作の題材になりそうなものを検索している中で、円谷と君原のことを知って興味を持ったんです。当時は精神状態と健康状態はボロボロだったんですが、なぜか仕事だけはうまくいってて、次々に仕事がくるものですから必死で働いていたのですが、でもそういう人生も空しいと思いはじめていて。円谷さんは恋人を奪われるわけですが、その状態にものすごく共感というか同情して、「ああ、人間ひとりじゃ生きていけないんだな」と思ったんです。
──そこからの興味なのですね。マラソンという競技については?
全然興味がなかったです。もちろん円谷幸吉は知っていましたし、マラソンも人並みには見ていましたが、でも僕を惹きつけたのは彼らをめぐるエピソードで、それが当時の自分の人生とリンクしたからです。それも、たぶん円谷さん1人だったら悲痛な痛々しい物語になってしまいますが、そこに対照として君原健二が出てくることで、この2人を大きく分けたものは何なのだろうという、それが見えてくるだろうと。ある意味、ここまで好対照な存在を運命の神様が作っていたことにびっくりしました。そして2人の人生を眺めたときに、生き残ったのは君原健二で、メキシコで銀メダルを取って、そのあとも今も走り続けている。そこには学ぶものがあると。人生という非常に長丁場のマラソンを走るという意味においては、円谷幸吉的な走り方ではもたない。それは円谷さんの人生を見ていてわかりました。当時の僕の、毎晩4リットルの焼酎ボトルをラッパ飲みして、次の朝は嘔吐しながら出かけていくような日々では、到底もたないということもよくわかったんです。
──ちょっと話がズレますが、そんなに酒びたりの日々だったのですか? 
そうです。空になった酒瓶の中で寝ているという、マンガに出てくるような有り様でした(笑)。
──今は?
少しはましになりましたが、相変わらず飲んでますね。
──書くときは素面になるわけですか?
いや、むしろ酔ってるほうが筆が進むんです。理性とか羞恥心とか余計なブレーキがなくなることで、言葉にドライブが利く。普段は使わない言葉などが出てきたり、すごい勢いで筆が進むことがありますから。
──この作品もそのアルコールハイみたいな中から生まれたのですか?
もちろん全部がそうではありませんが。ただ、完全にそういう状態で書いてるシーンが1シーンあります。あとで自分で読み返して「こんなシーン書いたっけ?」というところがあって。それは近所の居酒屋で酒を飲みながら書いていたんですけど、「こんな良い台詞、本当に書いたっけ?」と自分でびっくりしました(笑)。
 
_MG_0418

泣いたり笑ったりする顔が
円谷と瓜二つに見える

──円谷と君原にはそれぞれ並走者ともいえるコーチがいて、その人たちとの関係も、その後の2人の明暗を分けますね。
つまり人と人との繋がりというものも、今回のテーマの1つにもなっています。
──円谷は信頼するコーチとも引き離されてしまいます。そこには当時の自衛隊が持つ旧弊な部分が影響していたようですね。
戦前の日本の悪しき部分、全体主義的な空気や国のために粉骨砕身するというマインドセットみたいなものが、まだ戦後間もない日本には色濃く残っていたと思います。しかも当時の社会は高度成長の真っ只中で、「24時間戦えますか」という時代ですから、個人としての幸せや生活や権利など、今と比べるとないがしろにされていました。そんな時代だからこそ起きてしまった悲劇で、もし今の時代なら、おそらく円谷に対して、医者やカウンセラーからドクターストップがかかっていたと思います。それがないままに走り続けさせられた。1960年代の未成熟な日本であったがゆえの不幸でもあると言っていいでしょうね。
──その円谷と君原を演じるのは宮崎秋人さんと木村了さんですが、どんな印象を持ちましたか。 
宮崎くんには素朴さというか朴訥さがあって、飾らない笑顔がすごくいい。それは持っていない人には絶対に出せないものです。木村さんは芯の強そうなところがある。君原はどうしようもなく我が強くて個人主義的な人間なので、そういう強烈なキャラクターを演じるうえで、木村さんの持っている強さみたいなものが合うと思います。
──稽古をしている中で、2人が円谷と君原になっていっていく様子はいかがですか?
宮崎くんは元の顔だちは円谷幸吉に全然似ていないのですが、芝居をしていて感情が入って、泣いたり笑ったりしている顔が円谷と瓜二つに見える瞬間があるんです。それは円谷の意識、生き方、人に対する向き合い方などが腑に落ちてきたことによって生まれた変化で、表情筋や呼吸の変化だと思います。木村さんはもともと演技のセンスがある人で、自分のままでやろうとしないで役としてちゃんと着込むことを意識として持っています。稽古中のある日、髪の毛を切ってきて、「眼鏡をかけてやりたいんですけど」と言うんです。それで眼鏡をかけた瞬間から歩き方や喋り方ががらっと変わった。つまり君原健二として相手に台詞を言うことを、身体から始めたわけです。そういう役者としてのセンスが素晴らしいなと思いました。
──コーチ役は和田正人さんと高橋光臣さんで、和田さんは大学駅伝の経験者ですね。
元ガチガチのランナーということで現場に与えてくれる良い影響があって、アップの仕方とかフォームとか、ランナーはこういう場合はこういう行動をとるとか、アドバイザー的な立場で貢献してくれています。と同時に彼自身、走ることで1つの栄光を残しているので、畠野コーチという役の演技でも迷いがなく、自由闊達にやっている。頼もしいです。高橋さんは真面目で真剣で、台詞をちゃんと腑に落として、渋く言うこともできるし、言葉の説得力を持っている。同時に関西出身ですからユーモアのセンスがあって、良い意味でふざけてくれるので、高橋コーチというウィットに富んだ人物にはぴったりだと思っています。
──そして中村まことさん扮するスポーツライターの宝田が出てきます。ナレーターであり批評的な立場でもある彼は、作家の目線でもあるのかなと。
まさしく僕の投影だし僕の分身でもあります。物語の語り部として機能することもあれば、登場人物と語り合うこともありますし、走るということへの批評もします。言ってみれば門外漢である私という人間の、作品へのエゴが投影されていると思います。
 
_MG_0389

「書く」という孤独は
ランナーの孤独に似ている

──この作品のテーマでもある「走る」ことは、「生きる」ことをはじめ色々なことに喩えられますが、谷さんにとって「走る」ことを喩えるとしたら?
「物書きという仕事」ですね。1本の戯曲を書き上げること、1本の小説を書き上げることは、ものすごい時間がかかるわけです。ランナーが「これから42.195劼鯀るぞ」という、目の前にそれが待っている時に感じる、ゴールが見えない、あの途方のなさ、途轍のなさ、その圧迫感。そして書いている最中の、走っている最中の、まだ終わらないのか、まだ続いているという、出口の見えない苦しさは、僕自身はマラソンの経験はないのですが、たぶん似た感じなんだろうなと。この作品では、その「走る」感覚を、なんとか自分の生活の実感とリンクさせていこうとしながら書いていたのですが、その中で出てきたのは「途方もない孤独感」で、「本当に1人ぼっち」だということでした。プレッシャーもかかりますし、見捨てられているような気もする。やっぱり「書く」という行為は、僕にとっては「走る」こととよく似ていると思います。
──ランナーにはコーチなど並走者がいることで励まされたりしますが、作家の場合は何に励まされるのでしょう? 
僕の場合は、これは冗談に思われるかもしれませんが、それこそお酒をラッパ飲みして(笑)、「頑張れ頑張れ、もっと出来る!」と、自分で自分を励ましてます(笑)。それからパソコンの画面にいかに自分が才能に溢れているか、褒め続ける文章を書き続けます(笑)。
──それを後で読んで元気になるんですね。
にやにやしながら読みます(笑)。全部残ってます。人には絶対に見せたくないですけど(笑)。書けないときというのは、書いたものの中に自分の欠点ばかり見てしまうんです。でも全体がよくないわけではなく、良いところもある。そちらに頭を切り換えるしかない。そこでまずは今の時点での良い点や面白いところをなんとか見つけて、「君はいいぞ、君は素晴らしい」とか、二人称で励まし続けるんです(笑)。
──円谷さんはそういうふうに自分を励ますのは無理だったのでしょうか。一度は銅メダルを取ったわけですから。
彼の故障の状態を書いた資料を読んでいると、もう精神論とか人間関係で修復できないところまで追い詰められていたんだと思います。しかもメキシコオリンピックが目の前で、心も体もボロボロに傷ついていた。もしあそこで死んでいなかったとしても、円谷幸吉というランナーは、その後、メダルどころか世界記録や日本記録も無理だったのではないかと思います。資料によると椎間板ヘルニアとアキレス腱断裂の傷は、取り返しのつかないところまで行っていましたから。となると「ド」が付くくらい真面目な彼は、死んでお詫びをするしかないという方向へ考えが向かってしまった。死ぬ必要はなかったのに、死んでお詫びをするしかないという、日本古来からの間違った美意識に取り憑かれてしまった。走るのをやめて他の生き方もできたはずなのに、それは彼にはできなかったのでしょうね。
──それだけ純粋な人だったという気もします。
確かにあそこで死ぬことで、彼は純粋純潔なまま、ある種の「聖人」のようになって日本人の記憶の中に残り続けることになりました。ただ僕は、自殺は絶対にすべきではないと思っています。
──その谷さんの思いの象徴としても、人間らしく戦って走り続けた君原健二が必要だったのですね。
でも皮肉ですよね、残した業績からいったら君原さんのほうがすごいのに、円谷さんのほうが有名なのですから。

_MG_0397

人は人とつながることで
癒され、復活し、生きていける

──まもなく初日ですが、この作品を観た方に何かを与えられるとしたら?
僕にそんなに大層なことができるかわからないのですが、この作品を着想したときの僕と同じような精神状態にいる人に、何かを伝えることはできるかなと。孤独になってしまった、人間関係から切り離されてしまった、と感じている人。人間関係に疲れて1人になってしまおうとか、時には死すらもよぎってしまうような人に、語りかけることができたらと思います。1人になりたいとか死というものが頭をよぎるのは、その一瞬だけで、錯覚で、間違いであって、必ず人は人とつながることで癒され、復活し、自分だけでは気づくことのなかった自分の素晴らしさに気づくことができると思います。5年前に焼酎をラッパ飲みしていた(笑)僕のような人に、ぜひ観てほしいなと思います。
──人は大なり小なり挫けそうな自分を抱えていますからね。最後に改めてタイトルの「光」という言葉が指すものについても伺いたいのですが。
円谷幸吉にとって朝の光は希望でも喜びでもなかったんです。朝が訪れる前に彼がどれだけ悩み、どれだけ葛藤したかと。朝陽が差し込んでくるたびに、今日も走れないとベッドの上でもんどり打ちながら苦しんで、最後はついに、朝が来る前に自分で自分の命を殺めるわけです。そしてその姿とは対照的に、君原健二は夜明け前に黙々と、自分の希望へ、光へと走り続けていた。そんな2人の姿を、観る方の人生に重ねて観ていただければと思っています。

_MG_0289 
たにけんいち○作家・演出家・翻訳家。1982年福島県生まれ、千葉県柏市育ち。DULL-COLORED POP主宰。明治大学演劇学専攻ならびにイギリス・University of Kent at Canterbury, Theatre and Drama Study にて演劇学を学んだのち、DULL-COLORED POPを旗揚げ。2013年には『最後の精神分析』(翻訳・演出)で、第6回小田島雄志翻訳戯曲賞、文化庁芸術祭優秀賞を受賞。近年では海外演出家とのコラボレーションも多く、シディ・ラルビ・シェルカウイ演出『PLUTO』(15年)では上演台本、アンドリュー・ゴールドバーグ演出『マクベス』(15年)には演出補で参加、さらにデヴィッド・ルヴォー演出『ETERNAL CHIKAMATSU』(16年)では脚本を手がけている。その他の近作は、ワタナベエンターテインメント『オーファンズ』(翻訳)、あうるすぽっと『TUSK TUSK』(演出)、地人会新社『テレーズとローラン』(作・演出)、ホリプロ『わたしは真悟』(脚本)、新国立劇場『白蟻の巣』(演出)、『デジモンアドベンチャーtri.〜8月1日の冒険〜』(上演台本・演出)、KAAT『三文オペラ』(上演台本・演出)など。

〈公演情報〉
光より前に画像
 
『光より前に〜夜明けの走者たち〜』
作・演出◇谷賢一
出演◇宮崎秋人 木村了 高橋光臣 中村まこと 和田正人 
●11/14〜25◎紀伊國屋ホール ※11月14日はプレビュー公演
●11/29〜12/2◎ABCホール
〈料金〉一般/7,000円 U-23/3,500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉03-5410-1885  ワタナベエンターテインメント(平日11:00〜18:00)




【取材・文/榊原和子 撮影/山崎伸康】




えんぶ最新号


kick shop nikkan engeki

ハロルド・ピンターの『誰もいない国』新国立劇場にて開幕!

1.(右から)柄本明、石倉三郎

ノーベル文学賞を受賞した20世紀を代表する劇作家ハロルド・ピンターの『誰もいない国』が新国立劇場 小劇場で11月8日、開幕した。
 
本作は1975年ロンドン、ナショナル・シアターでピーター・ホール演出により初演された作品で、今回の演出は新国立劇場に初登場の寺十吾が、ピンター研究の第一人者である喜志哲雄とともに上演台本を作成、緻密な演出でピンターの世界を描き出している。また、出演者は柄本明、石倉三郎、有薗芳記、平埜生成という4人の男優で、それぞれ個性溢れる実力派が揃った。

2.(右から)石倉三郎、有薗芳記、柄本明、平埜生成

【物語】
ロンドン北西部にある屋敷の大きな一室。ある夏の夜、屋敷の主人ハーストとスプーナーが酒を飲んでいる。詩人のスプーナーは、酒場で同席した作家ハーストについて家まできたようだ。酒が進むにつれ、べらべらと自らをアピールするスプーナーに対し、寡黙なハースト。スプーナーは、共通の話題を見出そうとハーストに話をふるが、もはやそれが現実なのか虚構の話なのかわからない。そこへ、ハーストの同居人の男たちが現れて・・・。

3.(右から)石倉三郎、柄本明、平埜生成、有薗芳記

劇作家ハロルド・ピンターの世界は、個人のアイデンティティの危うさや、社会の欺瞞、あるいは人間関係の不安定さを、鋭く切り詰めた言葉で、時に過激に表現し、登場人物のキャラクターを崩壊寸前まで突き詰め、21世紀になった今でも、現代人の心に深く突き刺さる。この『誰もいない国』もまた、一室のなかで繰り広げられる会話を通して、パワーバランスの変化や、関係の曖昧さ、確信できない過去が浮かんでは消え、果たして会話の内容が真実なのか一種のゲームを演じているのか、虚実のわからなさを楽しむピンターの世界が繰り広げられる。

4,(右から)柄本明、石倉三郎
 

〈公演情報〉
stage_77033
 
『誰もいない国』 
作:ハロルド・ピンター
翻訳:喜志哲雄
演出:寺十吾
出演: 柄本 明 石倉三郎 有薗芳記 平埜生成
●11/8〜25◎新国立劇場 小劇場
〈料金〉A席6,480円 B席3,240円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉新国立劇場ボックスオフィス 03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_011667.html



【資料提供/新国立劇場 撮影/宮川舞子】




えんぶ最新号


kick shop nikkan engeki
記事検索
演劇キックラインナップ

演劇キック

観劇予報

宝塚ジャーナル

演劇人の活力源

日刊えんぶ

えんぶ情報館

えんぶショップ

えんぶミロクル

えんぶfacebook

広告について