観劇予報

おん・すてーじ『弥次さん喜多さん』双

平幹二朗インタビューVOL.2

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VOL.1はこちら
http://blog.livedoor.jp/enbublog-forecast/archives/51356882.html
 

【自分だけの表現を求めて】

ーーいつも戯曲では、自分なりの発想をされるのですか?

僕は台本を読むとき、まずセリフを覚える作業をしながら、その台本の構造というか作りがどうなっているのかを考えるんです。それは机上でできるのですが、その構造が頭に入って納得したうえで自分の言葉にしていくときに、人がやるだろうという表現はとりたくないんです。
「僕だからやる表現というのを探さなくてはいけな い」といつも思います。そして、それはやはり「自分のどこかにないかな?」と、これまで見たり聞いたりした記憶の中で探すことだと思っています。同時に、最後は稽古してるなかでしか見つかってこないものであって、しかもその稽古をいつも本意気でするということからしか、発見できないと思っています。
本意気で稽古するためにはセリフを覚えておかないといけない。台本を見ながら段取りだけ追ったのではそれはできないんです。動きとかミザンセーヌ(演出とか配置)だけをチェックしましようという稽古をされるかたもいますが、それは僕はちょっと苦痛なんです。本意気でやるとミザンセーヌも違ってくるし、新しい発見がないと先に行けないんです。安定させる稽古もありますが、僕は安定させないのが稽古だと。揺り動かしてどこに行きつけるかという事を探る。だから毎回、本意気でやってしまうんです。

ーーそういう苦しさの先にしか本物はないのでしょうね。誰もやってないことを考えるというのは、新しい切り口を見つけることですが、新しさを見つけるためには、逆に言うとたくさんの経験とか知識が必要なのかなと。

誰かがやったかどうかを知るためには、たくさんの経験はあったほうがいいとは思いますが、まずは自分の今やってることを疑ってかかることだと思います。
俳優は芝居が出来上がりかかると、安定させていこうという方向になる。確かに安定してると俳優はセリフがちゃんと出てくる。探ったり不安だったりすると覚えてるはずの セリフが出てこなくなりますから。でもそこをあえて疑ってかかることは必要です。「くさくないかな?」とか「もうちょっとリアルな方法があるんじゃないか?」とか。そういうときに僕は、娯楽作品でない外国のDVDなどを観るんです。直接役に立つというより「あの表情はとても真実だったな」とか、そういうところがワンカットでもあると刺激剤になるんです。

【リア王への孤独】

ーー昨年の活躍でたくさんの賞を受けられましたが、受賞式のときに「役者としてゼロに戻された」と話されていたのが記憶にあります。

DSCF0533『リア王』は蜷川幸雄さんの演出で、30年の付き合いの間にはいろいろな時期があって、10年の空白のあとに『グリークス』からまた一緒に仕事をするようになったんですが、『リア王』はそれから7年目の作品でした。蜷川さんの芝居では主役しかやってこなかったので、この年になって主役ができる作品はそうはないだろうと思っていたところに、リア王の役がきたので嬉しかった。
蜷川さんの稽古ではどこをどう通っていけば、目的地にたどり着けるという道筋はわかってるつもりでしたし、それまで蜷川さんからダメ出しを受けた覚えがないんです。唯一、太地喜和子との『近松心中物語』の舞台稽古で「感動しねぇんだよな」と言われて「このやろう」 と思った(笑)、それくらいしかダメを出されたことがないんです。ところが『リア王』ではすごいダメの連続で。蜷川さんは、海外も含めてたくさんの俳優と仕事をしているうちに見る目が違ってきていた。その人からさまざまなダメが出たので、今までのやりかたではダメなんだと思いました,
でも、どうしたらいいのかという のが見つからない。僕はだいたい、ためにためたものを瞬間的に爆発させて、その爆発の温度がどのくらい高いか、どこまで噴火できるかというので勝負してきた俳優なんです。でも『リア王』はそういうものでは通用しない。後半の狂ってさまよい歩くところなどはとくにダメと言われて、石コロみたいに歩いてほしいとか、ベケ ットの芝居みたいにただ不条理にそこにいるとか、そういう抽象的なダメがいっぱい出ました。それをクリアできずに舞台稽古も終わって、でも初日の幕は開くわけです。どうしたらいいだろうと放り出された孤独感がただあるだけでした。
でも同時にその孤独感がとても自由な気がしたんです。まるで無重力でいるような感覚というか。「よし、この感覚でやろう」と。そうしたら芝居がスッスッと進んでいった。だから苦労して苦労してメソッドを掴んだわけではなくて、偶然できたものだったんです。でもそれを周りにも誉めてもらえて、そこからはその感覚を頼りにしながら、道筋は理屈ではわからないんですが、イメージを頭に浮かべながらたどり着くという。そういう舞台でした。

【生きていることを楽しむ】

ーーそしてもう1つの受賞対象作品の『山の巨人たち』では、ファンタジーというか不条理劇の世界の魔術師を、不思議な存在感で演じられましたね。

『山の巨人たち』の演出家のジョルジュ・ラヴォーダンは蜷川さんよりは少し具体的で、セリフを叙情的に言わないで叙事的に言えというダメだしでした。僕はどうしても感情的にいうクセがあって、良いセリフらしく、説得力あるセリフらしく、整理されたセリフらしく言おうとする。それはいらないと。「書いてあることだけ を、叙事的に、脈絡なくてもいいから喋れ」と。

ーー魔術師たちの営んでいる世界の立脚点はどこかわからないのに、確かな存在がそこに見えた。それはおそらく叙事に徹した演技のおかげなのかもしれませんね。

ピランデルロの作品は、どこにたどり着くのか、何を言いたいのか、その根拠は何なのかというのが掴みにくい世界で、完結してるものでもわかりにくいのに、これは未完ですから本当に難解でした。それでも舞台稽古のときに演出家がハグしてくれたので(笑)、大丈夫なんだと、落ち着いて初日を迎えられました(笑)。

ーー役者としてその2本で大きな変化をされた平さんの新しい姿が、この『冬のライオン』のヘンリー王で観られることになりそうですね。

いや、安心して元の姿に戻ってるかもしれないですよ(笑)。

ーー今、いろいろな意味で楽しんで舞台をされているのではないかと。

楽しむということが、だんだんちょっと違ってきてますね。ステージをみながら同時に、今日生きてそこにいることを楽しむというのかな。年齢を考えれば明日はそこにいないかもしれない。ですから今日生きて、そこで芝居をやって、「ああ、今日も生きてた」というような楽しみでしょうか。

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幹の会+リリック プロデュース公演

『冬のライオン』

●2010/01/15〜24◎:東京グローブ座

●1/31〜6/19◎地方公演(1/31〜3/2中部北陸、3/9〜4/29九州、5/6〜6/7東北、6/13〜19千葉)

 

作◇ジェームズ・ゴールドマン 

訳◇小田島雄志

演出◇高瀬久男 

出演◇平幹二朗、麻実れい、廣田高志、城全能成、高橋礼恵/小林十市、三浦浩一 

<料金>

東京グローブ座  S席\8500 A席\7000 当日学生割引\6000円(全席指定/税込)

<チケットに関するお問い合わせ>

東京公演/03- 3360- 0353 リリック  http://lyric-aki.com

地方公演/全国演劇鑑賞団体

                             【文/榊原和子】

 

 

 


『赤い靴』公演 稽古場ルポvol.1 映美くららインタビュー

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映画監督として活躍し、また演劇の世界では引く手あまたな映像プランナーとして活躍する奥秀太郎が、脚本、演出、映像を手掛ける舞台『赤い靴』が2010年1月9日、10日に、東京芸術劇場で上演される。
彼にとっては、07年の『黒猫』に続く2本目の演劇作品で、映像作家ならではの視点を生かした独自のビジュアルを駆使し、幻想的かつ立体的な演劇空間作りに意欲的に取り組んでいる。

今回のモチーフになっているのは、実話に基づくとされる野口雨情作詞の童謡『赤い靴』と、アンデルセン童話の『赤い靴』。この二つの『赤い靴』が奥の解釈のもとで、ミックスされるという。
異人さんに連れられていってしまう少女。
赤い靴を履いたがために踊り続け、最後は両足首を切断されてしまう踊り子。
どちらも切なさ、哀しさ、痛みが漂う題材であるが、この二つがリンクしたとき立ち上がる世界は、まさに奥ワールドそのもの。現代的なテーマと幻想的なビジュアルが浮かび上がる舞台になりそうである。

キャストは、宝塚歌劇団月組でトップ娘役をつとめた映美くららが主人公のキミを演じ、その他に、大人計画などにも出演している岸建太朗や、元ハイレグ・ジーザスの女優リン・ホブデイ、映像で活躍する鈴木雄大、中本昂佑など、奥作品に馴染み深い出演者が集まった。

その稽古場のようすと、ヒロイン役の映美くらら、また奥秀太郎にインタビュー。作品に対する意気込みや、それぞれの近況を語ってもらった。

 

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【映美くららインタビュー】

ーー台本を読んだときの印象はいかがでした?

最初から奥秀太郎さんの世界だなというのをすごく感じて、正直いって「これは大変!!(笑)」って思いました。でもその深い世界を理解したいなと。この世界に入っていきたいと。
キミという人物は、私に伝わる部分もあって、最初に読んだときちょっと胸にせまるものがあったんです。とても哀しい感じというか。少しわかりました。今回は物語そのものも、取り残されてる感じがするんです、レトロというか。そういう面も含めて、人によって、いろんな見方ができるんじゃないかなと思っています。

ーー奥作品らしく幻想的な場面が多そうですね?

そうですね、過去のトラウマが出てきたりしますから。キミという女性は生きているだけで悲劇を招いてしまう。それは幼い時の過去とか、そういうものが根底にあるからなんです。そこをちゃんと描いていきたいと思ってます。それからキミの中に、狂気というか怖い部分もあって、思いが強いというか。まず私がキミと1つになりたいと思って、今、その作業を丁寧にやっているところです。
でも世の中の闇とか、暗い部分がお芝居の中で出てきますが、その中で、誰よりもひたむきに生きているのもキミなんです。

ーー奥作品や彼の演出についてはどうですか?

監督の独特の世界ですから、考えるよりも、まずゆだねてみよう、この世界に乗ってしまおうと思っています。いい意味でポーンと飛ぶことも大事なのかなと。レトロで遠い世界かと思うと、こちらに突きつけられるようなところもあって、現代ならではの問題点も出てくるので、見てる人たちにふと共通する痛みがあるのではと思います。

ーー女優としては、映像などを含めがんばってらっしゃいますが、宝塚を卒業してからだいぶ経ちますね。DSCF1301

まる4年、5年目に突入しました。やりたかった映像の仕事を、ちょっとずつやらせてもらえるようになって、そこで得るものが大きいですね。例えば集中力とかもそうなんですが、瞬間的に集中力を作っていく瞬発力がいる。最初は、それがうまくわからなかったんですが、最近その感覚を体感した時があって、それは舞台でも生かせると思っています。

ーー女優という仕事は身についてきましたか?

よく分からないけれど、皆さんにそう感じてもらえるようになったらいいです。現場でいろいろな役者さんや監督さんにお会いして、それぞれの価値観とか、取り組み方を間近に見て、話を聞いて、思いをキャッチして、自分も思いを投げて。とても刺激的です。

ーー宝塚の娘役から女優さんになるためには、それなりの段階が必要でしたか?

宝塚はやはり浮世離れした役を演じていましたし、とくに娘役は、生身の女性とは違う理想とか夢の女性を演じるわけですから、やはり今とは全然違うものでした。「リアルな女性とは?」といつも思っていて、自分もリアルな女性なのに…。でもまだ模索中です(笑)。だから、今、普通の日常こそ大事にしています。

ーー女優業は将来もずっと続けたいですか?

もし機会をいただけるのであれば。楽しいんです。終わりがない苦しさはあるんですけど、でも、それも含めて、求め続けるのをやめられないというか。これしかないんです。大袈裟ですけど(笑)、興味を示せるものがこれしかない、から。
表現ということが、まだ思うようにできないもどかしさはあるんですが、もっと自由にその世界で生きられたらって思ってます。それには、人としての日常とか、生活とか経験とか、友達とか家族とか恋愛とか。いろんな出来事に触れていたい。
嫌なことも、楽しいことも、全部たまっていくけど、でもそれがないと人に何かを与えられないと。

DSCF1298ーー役者はすべての経験がムダにならないと言いますからね。

私は、周りの人々に恵まれ、役者の友達だとか、仲間や事務所やマネージャーさん、監督、演出家、多くの方たちに出逢い、自分では気づかなかったところに気づかせてもらえ、それがあって今があると思っています。
でも、これからはそれだけじゃなくて、気がついたら自分がみんなを巻き込む存在に、と最近思うようになりました。
だからプライベートも仕事も、ありのまま楽しんで、ドキドキしていたいと、思っているところなんです。

(稽古場ルポと奥秀太郎インタビューは1/4掲載予定)

『赤い靴』

●10/1/9〜10◎東京芸術劇場 小ホール

脚本・演出◇奥秀太郎

出演◇映美くらら、岸健太朗、鈴木雄大、中本昂佑、リン・ホフディ  他

<料金>東京芸術劇場/¥4500

<お問合せ>オフステージ/03-5790-9719 offstage.ticket@gmail.com                   

  赤い靴 www.okushutaro.com

 

【取材/榊原和子 文/岩見那津子】


平幹二朗インタビューVOL.1

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今、まさに平幹二朗がである。
俳優歴は50年以上という大ベテランでありながら、つねに新しいジャンルの芝居や役柄に意欲的なその活動は、2008年度の朝日舞台芸術賞と読売演劇大賞の個人賞をダブル受賞するという快挙へとつながった。
今年もそのチャレンジはますます盛んで、ジャニーズの人気グループ、嵐の相葉雅紀と『グリーン フィンガーズ』で共演したり、上川隆也の剣の師匠役を演じた『その男』、そして寺山ワールドを見事に体現した『中国の不思議な役人』などの舞台に出演した。
そして来年1月には、自身の企画をもとに上質な舞台を見せる「幹の会+リリックプロデュース」公演『冬のライオン』の主役が待っている。その平幹二朗に、作品や 演技へのアプローチ、最近の舞台について語ってもらった。

【冬のライオンの光と翳り】

ーーこの作品を選ばれたのは平さんご自身ですか?

そうです。「幹の会」の公演では全国に行きますから、まず登場人物が少ないというのはコンパクトで動きやすい。そして、シェイクスピアの描くような時代劇でありながら、ほとんど密室の家庭劇という形で進みます。 
シェイクスピアにも家庭劇はありますが、これは現代劇ですから、家庭内の人間同士の葛藤とか愛憎の格闘が描かれています。たとえば『マクベス』とか『オセロ』の悲劇よりも身近な感じですね。「うちの隣の大企業の社長さんもこんなふうだわ」とか(笑)、大きな財産を持っている家族のドラマに重ねられるので、とてもわかりやすい。
そして、神の存在はあってもほとんど信じてないところも、現代のドラマです。この夫婦も子供たち もまったく信じてない。そこがまさに現代的ですし魅力的な戯曲だと思います。

ーー先ほど、シェイクスピアとテイストが似てるというお話が出ましたが、妻や息子たちと対立するヘンリーの孤独など、『リア王』と重なる部分があるようですね。

劇中でヘンリー自身「リア王とよく似てる」と言ってます。また作者も、12世紀の史実に基づいて書いてはいますが、芝居に作り上げる過程では『リア王』を意識したり、シェイクスピア劇らしさを入れつつ、現代劇でウエルメイドな芝居というものにしています。シェイクスピア劇を見終わったときの深い宇宙観とはまた違った、 人間の限りない業というか、そういうものは十分味合わせてくれる作品だと思います。

ーー昨年の『リア王』もそうですが、王とか父とか権力を持つ者の孤独を陰影深く表現するという点では、現在の平さん以上のかたはいないと思います。DSCF0530

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月に出演した『反逆児』という舞台でも、息子の信康を切腹させる家康をやりました。家のため、家臣たちのために妻も殺さなければならない。権力志向の男の孤独ですね。
これまで僕は、舞台の主役としては恋と愛と憎しみを抱くヒーローを多く演じてきました。時には王女メディアのようなヒロインもありましたが(笑)。そういう意味では、父親とか滅んでいく弱者はあまりやってこなかった。たとえば『テンペスト』なども演じましたが、復讐という思いに生きるので少し違います。そういう意味では、責任を持った家長の重責とか横暴、そして家族を思う気持ちなどを演じることが、ここにきて多くなったのは、ようやくそういう年齢に達したのかなと思っているんです。

ーーリア王の落魄には、華やかさを知るがゆえの翳りも必要なんでしょうね。

喪失感というか、僕も、もう若々しいヒーローなどはできないと自分自身に言い聞かせている部分がありますから。でも、真昼の太陽を知っているからこそ、夕暮れの寂しさが出るのかもしれません。

 

【中国の不思議な役人の秘密】

ーー役者の平さんの現在の深みと陰影を改めて感じたのが、9月に上演された寺山修司の『中国の不思議な役人』で、笑い声1つで役人の強大な力とか禍々しさを感じさせてくれました。

寺山さんの世界は初めてでしたが、わからないということがずっとつきまといました。昨年のピランデルロの『山の巨人たち』もそれは同じでしたが、あちらよりは寺山さんのほうが、感覚的とか断片的にはわかるし共感できました。
ただ寺山さんの場合は、一瞬一瞬はわかるんですが、これがどうしてこう繋がっていくのか、その末に何が見せたいのかというのが掴みきれないんです。寺山さんの頭の中にはシーンシーンに鮮やかなイメージがあって、そこをどれだけ効果的に見せるかを、きっと考えてらしたんだと思います。
その世界を感じるために、演出の白井晃さんが中国の裏通りなどアジア的なものを多彩に持ち込んでくれたことや、三宅純さんの音楽の力などが助けに なりました。僕のどこかにあるノスタルジックなもの、確かに血の中にある東洋の雑然とした世界と、寺山さんとを近づけてくれたと思います。

ーー役人は死ねない存在ですが、少女を愛してやっと死ねる、その最期がとてもドラマティックで印象的でした。

少女との関係ですが、役人はいわゆる宦官ですから、いわゆる男女の交わりとか愛の交歓はできないわけです。それがないエロチシズムというものを、中国文学の「金瓶梅」とか「聊齋志異」などを読んでイメージを探してみたり、エロティックなものをどう少女との交流の中で表現できるか、いろいろ考えてみたりしました。清潔だけどHというイメージをどう出せばいいのかと。
また、役人は最後に砕け散ってしまうのですが、愛されたらなぜ砕け散ってしまうのかということを考えながら、そのシーンはいちばんエロティックな表現をしたいと思ったんです。そして行き着いたのが、つまり宦官ですから少女への愛がいっぱいになっても、いわゆる性行為はで きない。でも役人の愛が極まったとき、脳が射精を命じた。宦官の彼は射精することはできないので、代わりに自分の身体を飛び散らした、そう自分に決めたわけです。

ーー説得力のある解釈ですね。

そういうイメージで彼の愛が完結するのは、哀れでもありカタルシスでもあるのかなと思ったし、白井さんもそれでいいと言ってくれたので。
それを具体的に表現するのはまた難しいことなんですが、僕の心の中で整理されていればいいので。整理されてないものを表現しようとすると演技も曖昧になってしまう恐れがありますから。

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〈公演情報〉

 幹の会+リリック プロデュース公演

『冬のライオン』

●2010/01/15〜24◎:東京グローブ座

●1/31〜6/19◎地方公演(1/31〜3/2中部北陸、3/9〜4/29九州、5/6〜6/7東北、6/13〜19千葉)

作◇ジェームズ・ゴールドマン 

訳◇小田島雄志

演出◇高瀬久男 

出演◇平幹二朗、麻実れい、廣田高志、城全能成、高橋礼恵/小林十市、三浦浩一 

<料金>

東京グローブ座  S席\8500 A席\7000 当日学生割引\5000(全席指定/税込)

<チケットに関するお問い合わせ>

東京公演/03- 3360- 0353 リリック  http://lyric-aki.com

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【文/榊原和子】

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