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はえぎわ主宰・ノゾエ征爾 インタビュー

はえぎわチラシ
年の瀬迫る2009年12月29日。
演出家・俳優として活躍中の劇団はえぎわのノゾエ征爾さんに、1月30日から始まる次回公演『春々 harubaru』のお話をお伺いしました。

ーータイトルの意味を教えて下さい。
いきなり若干ネタばれになっちゃうんですが(笑)、年を重ねたという意味です。延々と春をたくさん、いくつ越しただろうねみたいな。
ーー年々みたいな?
そうです。気持ち的な意味合いなんですが。
ーーどんなお話になりますか?
「家族というものがブレてるから変な世の中になってるんだ。家族から建て直していかないとダメなんだ」と訴える男の話です。そうして男は、ある家族に入り込んで、教育やら演出やら、気がついたら何十年もずっとそこにいるみたいな。
ーーちょっと不思議な話ですね。どのくらいできましたか?
大枠と最後はできているのですが。やっぱり、家族の具体的なシーンという所で、止まってしまいました。試しに当初あった思惑とは違う攻め方をしてみたのですが、それが納得いかなくて。最初にやろうと思っていたことに、もう一度戻ってみようと、はい、書き直してます。
ーーそこは作っていて一番、大変? それともおもしろいところ?
作業自体は楽しいんですが、ただ、うまくいけばおもしろくなると思うし、ちょっとヘマをすると駄作・・・! ということになりかねない。
ーーノゾエさんのお芝居はそういう危険性をはらみつつ、挑戦する作り方のような気がしますが。それはご自身の性格ですか?
性格だと思います。無難に収まりたくないというのはあります。
ーー普段、お芝居を観るときもそういうふうに考えるんですか?
かもしれないです。無難に収まってると物足りなさを感じる時はあります。
ーー今回の作品は、どんなところを見て欲しいですか?
人を観せたいです。演じている役者、役者というか、人。役柄ではあるんですけど、・・・人から生まれるエネルギーというか、台本に人がはまっているのではなくて、人が生きている舞台という・・・すごく感覚的なものなんですが。
ーーノゾエさんは観客に対して、どういう意識を持っていますか?
楽しんでもらいたいってのは大前提として・・・刺激は与えたいですかね。驚きとか。
ーー今回は、ご自分もたくさん出演されるんですよね?
今回、初めて主演をしてみようと考えていて。内緒なんですが(笑)。
ーーこの前、ノゾエさんが出演されたTHE SHAMPOO HATの赤堀(雅秋)さんも演出と主演でかっこよかったですよね。
はい。まさしく赤堀さんを観て感化されました。赤堀さん、かっこよかったです。一番大変な演出という立場にいながら、さらにその作品の芯となる人物を演じるという。間近で見ていると、そこから確実に何か肌で感じるものがあって。自分でもそれをやってみて何が生まれるのかなというのを体験してみようかと。真似とかではなくて、いいものはいいものとして、受け継いでいくのも大切だなという気持ちも含めて。
ーーそれは、とってもいいですね。きっといい結果が出ると思います。

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はえぎわ『春々 harubaru 〜ハスムカイのシャレ〜』
1/30〜2/3◎ザ・スズナリ
作・演出◇ノゾエ征爾
出演◇町田水城 鈴真紀史 ノゾエ征爾 滝寛式 竹口龍茶 川上友里 他
<料金>指定席 前売¥3500 / 当日¥3800
自由席 前売¥3300 / 当日¥3600
前売・当日共高校生以下¥2000 他
<お問合せ>はえぎわ  090-1815-8974

はえぎわ公式サイト
http://haegiwa.net/

【インタビュー/坂口真人 文/矢崎亜希子】

『赤い靴』稽古場ルポ&奥秀太郎インタビュー

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映画監督として活躍し、また演劇の世界では引く手あまたな映像プランナーとして活躍する奥秀太郎が、脚本、演出、映像を手掛ける舞台『赤い靴』が2010年1月9日、10日に、東京芸術劇場で上演される。

彼にとっては、07年の『黒猫』に続く2本目の演劇作品で、映像作家ならではの視点を生かした独自のビジュアルを駆使し、幻想的かつ立体的な演劇空間作りに意欲的に取り組んでいる。

今回のモチーフになっているのは、実話に基づくとされる野口雨情作詞の童謡『赤い靴』と、アンデルセン童話の『赤い靴』。この二つの『赤い靴』が奥の解釈のもとで、ミックスされるという。
その稽古場を見学、奥秀太郎にインタビュー。DSCF1325

 

【稽古場ルポ】

稽古場にあったのは、大きな鏡と積み重ねられたダンボール、病院にあるようなカーテンの衝立て。それらを使って、本番の舞台での装置の出し入れを、何度もシミュレーションしている。

俳優たちが装置を持って、出たり引っ込めたりする動きが、そのまま舞台でのそれぞれの動きとして見えてしまうので、演出の奥秀太郎は、時間と台本とをすり合せながら、合理的できれいな流れになるまで丁寧に何度も繰り返す。その動きに直接絡むことの少ない映美くららは、自分のセリフや動線を稽古場の隅でじっと確認している。

奥は、演出の途中で何度もキャストやスタッフを呼び集める。言葉で自分の中にあるイメージを伝え、みんながそのイメージを汲み取り、また意見を出し合いながら、一つのシーンの転換を決めていくのだ。DSCF1328

年代が近いチームのせいか、演出家とキャストやスタッフとの間に上下関係のようなものがほとんどないし、奥が別のスタッフと話している間は、自然に役者同士が集まって段取りなどを自主的に確認している。

やっと段取りが決まって、1つのシーンが始まった。映美くららが扮するキミの幻想なのだろうか、牧師館の育ての親たちがキミに話しかけてくる。映美のセリフ回しは明晰で力があって、粗い稽古の段階なのに聞くものの心にすっと入ってくる。子供に戻ったような表情のキミが、大きな鏡に自分を映している様子はなんだか胸に迫ってくる。

こんなふうに作られていく場面が、実際の舞台ではどんなふうに立ち上がってくるのか、奥脚本の言葉と、音楽と、役者の演技の相乗効果に期待が高まる。
幻想的で毒のある、映像作家奥秀太郎ならではの魅力がつまった舞台になりそうだ。

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【奥秀太郎インタビュー】

ーー野口雨情の童謡『赤い靴』とアンデルセン童話の『赤い靴』からインスパイアされたそうですが、前からあたためていた素材なんですか?

自分の中に勝手に、将来作りたい題材や、10年計画、20年計画があって、そのうちの1つが『赤い靴』で、童謡にまつわる実話の面白さなども聞いて、いつか絶対にやりたいと思っていた題材なんです。

ーー「痴漢」という存在が出てきて、かなり重要なようですが、主人公のキミとの関係は?DSCF1367

キミは外国人の母と日本人の父を持っているんですが、9歳の時に2人は離婚して、母親に育てられるんです。だけど2年後に母親が病死して、その後、彼女は六本木の鳥居坂教会の一室で生活を送るようになる。そしてある年齢になったぐらいから、ネットで知り合った男性がその部屋に訪れるようになって。泥棒だの詐欺師だの痴漢だのというのは、そのネット上のコードネームなんです。よくミュージカルとかで、娼婦とか泥棒とか、キーワードがいろいろ出てくるじゃないですか。そのキーワード的な意味と、今一番情けないものを主役にしてみたかったので、「痴漢」かなと思って。

ーー映美くららさんをキャスティングしたキッカケは?

僕は宝塚歌劇の映像もよく作っていて、映美さんが出ていた月組の『薔薇の封印』を作ったのが、彼女を知った最初のきっかけです。その後、退団されたので、こちらから何回か出演のお願いというラブコールを(笑)、ずっと送っていました。
たぶん僕の世界は、今まで映美さんがやられてきた内容と全く違うものだと思うんです。でも、彼女もそういう違うもの、新しいものをやりたいと思ってくれて、僕にとっても映美さんにとっても挑戦の良い一歩にしたいですね。僕の台本はややこしくて、毒々しいものなんですが、そこをわかっていただいて、彼女なりにやっていただけたら、すごくオシャレなものになるんじゃないかなと思ってます。

ーー奥作品は、映像も舞台も洗練されているので、暗いものや怖いものを扱っても、最終的には美しいものとして立ち上がってくるのが魅力ですね。

今回も、まさにそういう世界になりそうです。音楽で入ってる藤井洋は天才だと思うし。『黒猫』もそうですけど、起きているのは三面記事的な題材ですが、彼の音楽や僕の映像で、そこをドラマッチックなものにできればいいなと思ってます。

DSCF1372ーー『黒猫』では奥演出の中に「自分が演劇をやるなら、こういうふうに映像を使いたいんだ」というものが見えた気がしましたが?

いろいろな演出家のかたたちの作品で仕事をしていて、そこでは映像を作るというチームの1員でもあるので、あまり偉そうな発言に聞こえたら困るんですけど、僕のどこかに演劇シーンを牽引したいという思いもあります。まず自分達のカンパニーを少しずつ成長させたいですね。なので、今年の夏も冬も、できればこういう公演をやりたいなと思ってるところです。

ーー奥さんは映像だけでもすごい世界を作れるのに、いろいろな面で手がかかる演劇をよくやるなと。

いや演劇は楽しいですよ。まぁ、本当にいろんな所で喧嘩もするし、叫んだり喚いたりしてますけど(笑)。
なぜ演劇をやるんでしょうねー? すごく好きだとしか言いようがなくて…やめられないですよね(笑)。だから、みんなやめないんだろうし、一生やってると思う。

ーー自分が見たいものがあって、それは自分が作るしかないっていう気持ちなんでしょうか?

それはありますね。今回も、前の『黒猫』もそうなんですが、映画と演劇、その2つのどちらの感覚もあるものを作りたいという思いがすごくあります。単館系映画ってのがすごく好きなんですよね。だから舞台でもそういう雰囲気のモノを作っていきたい。
今回、時間がないっていうのもありますけど、すごくキャストが集中してくれて、でも、みんな楽しんでくれているのが心強いです。映美さん以外は、あまり演劇業界では知られていない、でも実力のあるキャストたちです。大きなカンパニーとか作品で結果を出した人や有名な人の集合じゃなくて、自分達でのし上がる、というか自分達で作って上がっていく。そういう第一歩をみんなとやりたかった。今、みんなで何かやろうという気持ちで集まれているので、その力をすごく力強く感じています。

 

 

『赤い靴』

●1/9〜10◎東京芸術劇場 小ホール

脚本・演出◇奥秀太郎

出演◇映美くらら、岸健太朗、鈴木雄大、中本昂祐、リン・ホフディ  他

<料金>東京芸術劇場/¥4500

<お問合せ>オフステージ/03-5790-9719 offstage.ticket@gmail.com                   

  赤い靴 www.okushutaro.com

 

【取材/榊原和子 文/岩見那津子】


平幹二朗インタビューVOL.2

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VOL.1はこちら
http://blog.livedoor.jp/enbublog-forecast/archives/51356882.html
 

【自分だけの表現を求めて】

ーーいつも戯曲では、自分なりの発想をされるのですか?

僕は台本を読むとき、まずセリフを覚える作業をしながら、その台本の構造というか作りがどうなっているのかを考えるんです。それは机上でできるのですが、その構造が頭に入って納得したうえで自分の言葉にしていくときに、人がやるだろうという表現はとりたくないんです。
「僕だからやる表現というのを探さなくてはいけな い」といつも思います。そして、それはやはり「自分のどこかにないかな?」と、これまで見たり聞いたりした記憶の中で探すことだと思っています。同時に、最後は稽古してるなかでしか見つかってこないものであって、しかもその稽古をいつも本意気でするということからしか、発見できないと思っています。
本意気で稽古するためにはセリフを覚えておかないといけない。台本を見ながら段取りだけ追ったのではそれはできないんです。動きとかミザンセーヌ(演出とか配置)だけをチェックしましようという稽古をされるかたもいますが、それは僕はちょっと苦痛なんです。本意気でやるとミザンセーヌも違ってくるし、新しい発見がないと先に行けないんです。安定させる稽古もありますが、僕は安定させないのが稽古だと。揺り動かしてどこに行きつけるかという事を探る。だから毎回、本意気でやってしまうんです。

ーーそういう苦しさの先にしか本物はないのでしょうね。誰もやってないことを考えるというのは、新しい切り口を見つけることですが、新しさを見つけるためには、逆に言うとたくさんの経験とか知識が必要なのかなと。

誰かがやったかどうかを知るためには、たくさんの経験はあったほうがいいとは思いますが、まずは自分の今やってることを疑ってかかることだと思います。
俳優は芝居が出来上がりかかると、安定させていこうという方向になる。確かに安定してると俳優はセリフがちゃんと出てくる。探ったり不安だったりすると覚えてるはずの セリフが出てこなくなりますから。でもそこをあえて疑ってかかることは必要です。「くさくないかな?」とか「もうちょっとリアルな方法があるんじゃないか?」とか。そういうときに僕は、娯楽作品でない外国のDVDなどを観るんです。直接役に立つというより「あの表情はとても真実だったな」とか、そういうところがワンカットでもあると刺激剤になるんです。

【リア王への孤独】

ーー昨年の活躍でたくさんの賞を受けられましたが、受賞式のときに「役者としてゼロに戻された」と話されていたのが記憶にあります。

DSCF0533『リア王』は蜷川幸雄さんの演出で、30年の付き合いの間にはいろいろな時期があって、10年の空白のあとに『グリークス』からまた一緒に仕事をするようになったんですが、『リア王』はそれから7年目の作品でした。蜷川さんの芝居では主役しかやってこなかったので、この年になって主役ができる作品はそうはないだろうと思っていたところに、リア王の役がきたので嬉しかった。
蜷川さんの稽古ではどこをどう通っていけば、目的地にたどり着けるという道筋はわかってるつもりでしたし、それまで蜷川さんからダメ出しを受けた覚えがないんです。唯一、太地喜和子との『近松心中物語』の舞台稽古で「感動しねぇんだよな」と言われて「このやろう」 と思った(笑)、それくらいしかダメを出されたことがないんです。ところが『リア王』ではすごいダメの連続で。蜷川さんは、海外も含めてたくさんの俳優と仕事をしているうちに見る目が違ってきていた。その人からさまざまなダメが出たので、今までのやりかたではダメなんだと思いました,
でも、どうしたらいいのかという のが見つからない。僕はだいたい、ためにためたものを瞬間的に爆発させて、その爆発の温度がどのくらい高いか、どこまで噴火できるかというので勝負してきた俳優なんです。でも『リア王』はそういうものでは通用しない。後半の狂ってさまよい歩くところなどはとくにダメと言われて、石コロみたいに歩いてほしいとか、ベケ ットの芝居みたいにただ不条理にそこにいるとか、そういう抽象的なダメがいっぱい出ました。それをクリアできずに舞台稽古も終わって、でも初日の幕は開くわけです。どうしたらいいだろうと放り出された孤独感がただあるだけでした。
でも同時にその孤独感がとても自由な気がしたんです。まるで無重力でいるような感覚というか。「よし、この感覚でやろう」と。そうしたら芝居がスッスッと進んでいった。だから苦労して苦労してメソッドを掴んだわけではなくて、偶然できたものだったんです。でもそれを周りにも誉めてもらえて、そこからはその感覚を頼りにしながら、道筋は理屈ではわからないんですが、イメージを頭に浮かべながらたどり着くという。そういう舞台でした。

【生きていることを楽しむ】

ーーそしてもう1つの受賞対象作品の『山の巨人たち』では、ファンタジーというか不条理劇の世界の魔術師を、不思議な存在感で演じられましたね。

『山の巨人たち』の演出家のジョルジュ・ラヴォーダンは蜷川さんよりは少し具体的で、セリフを叙情的に言わないで叙事的に言えというダメだしでした。僕はどうしても感情的にいうクセがあって、良いセリフらしく、説得力あるセリフらしく、整理されたセリフらしく言おうとする。それはいらないと。「書いてあることだけ を、叙事的に、脈絡なくてもいいから喋れ」と。

ーー魔術師たちの営んでいる世界の立脚点はどこかわからないのに、確かな存在がそこに見えた。それはおそらく叙事に徹した演技のおかげなのかもしれませんね。

ピランデルロの作品は、どこにたどり着くのか、何を言いたいのか、その根拠は何なのかというのが掴みにくい世界で、完結してるものでもわかりにくいのに、これは未完ですから本当に難解でした。それでも舞台稽古のときに演出家がハグしてくれたので(笑)、大丈夫なんだと、落ち着いて初日を迎えられました(笑)。

ーー役者としてその2本で大きな変化をされた平さんの新しい姿が、この『冬のライオン』のヘンリー王で観られることになりそうですね。

いや、安心して元の姿に戻ってるかもしれないですよ(笑)。

ーー今、いろいろな意味で楽しんで舞台をされているのではないかと。

楽しむということが、だんだんちょっと違ってきてますね。ステージをみながら同時に、今日生きてそこにいることを楽しむというのかな。年齢を考えれば明日はそこにいないかもしれない。ですから今日生きて、そこで芝居をやって、「ああ、今日も生きてた」というような楽しみでしょうか。

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幹の会+リリック プロデュース公演

『冬のライオン』

●2010/01/15〜24◎:東京グローブ座

●1/31〜6/19◎地方公演(1/31〜3/2中部北陸、3/9〜4/29九州、5/6〜6/7東北、6/13〜19千葉)

 

作◇ジェームズ・ゴールドマン 

訳◇小田島雄志

演出◇高瀬久男 

出演◇平幹二朗、麻実れい、廣田高志、城全能成、高橋礼恵/小林十市、三浦浩一 

<料金>

東京グローブ座  S席\8500 A席\7000 当日学生割引\6000円(全席指定/税込)

<チケットに関するお問い合わせ>

東京公演/03- 3360- 0353 リリック  http://lyric-aki.com

地方公演/全国演劇鑑賞団体

                             【文/榊原和子】

 

 

 


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