三谷幸喜の名作会話劇として名高い『笑の大学』。ラジオドラマ版、映画版、海外上演版と、何度もカタチをかえて繰り返し上演される本作には、実は『落語版』が存在します。それが今作『落語版・笑の大学』です。
これを手掛けているのが、噺家の柳家さん生。今回はそのご本人に、『落語版・笑の大学』の、そして落語の魅力について、たっぷり語って頂きました。生の落語に触れたことのない方にも読みやすい、入門編のインタビューです！
『笑の大学』との出会い
その頃の落語会というのは「○○落語会」とか「××演芸会」とか「△△ひとり会」とか、そういう名前しかなかった。そういうのがすごくイヤで「キャッチフレーズみたいなタイトルでやりたいね」と話していて、それを三谷くんに頼んで。それで作ってもらったのが『わらいぐま現わる』というタイトル。そのタイトルでずっと落語会をやっていて、それの30回記念の時に「せっかく三谷くんに名前をつけてもらっているなら、三谷くんの芝居を落語にしてみたら？」という話になって。三谷くんのことはよく知っていたので、元々三谷くんの芝居はほとんど観ていたんですよ。
亡くなった伊藤くん（※伊藤俊人／東京サンシャインボーイズ）が一番仲が良くてね、しょっちゅう家に遊びに来ていたんです。その絡みもあってほとんど観させてもらっていたんだけど、その中に『巌流島』（96年）という作品があって、最初それを落語にしたいと思ったんですよ。で、「巌流島やらせて」って言ったら、三谷くんが「いやぁ、（巌流島は）人が沢山出るんで、僕の中に『笑の大学』というのがあるんですけど、それは2人しか出ないから、そっちの方がいいんじゃないですか？」と言い出した。あたしは「いや、いいんだよ。何人出てもいいんだから」って言ったんだけど（笑）、三谷くんは何だか分からないんだけど「いや、2人だし、こっちの方が……」なんてね。
−−三谷さんから提案を受けた形で『落語版・笑の大学』が誕生したんですね。
そうなんです。彼の方から言い出してくれて。
−−その時、さん生師匠は『笑の大学』をご覧になっていた？
はい、舞台で観ていました。
その時は、落語として全部喋りきってしまうというか、そのままストレートに喋るだけの印象しかなかったんですよ。まして2人しか出てこないし「単純だな〜」とか、複雑な気持ちもありながら（笑）。
それで稽古を始めたら、演出を手伝ってくれている同級生がいて、その彼が「じっとしてなきゃいけないの？」なんて言い出すわけですよ。「だって落語だもん」なんて言い返して（笑）。最初はストレートにやるつもりだったんですけど「じっとしてちゃダメなの？」なんて話になってねぇ。その結果、色々演出を加えていくことになるんですけど、仕上がりとしては……人情噺ですよね。素晴らしい人情噺。
（劇中の）時間の流れが一週間分かな、その七日間で丁々発止を繰り広げる、非常にいい人情噺だと思います。話の中にちゃんと出てくるんですけど、「小さい頃は面白かった」っていう台詞があるんですよ。小さい頃は人を笑わせていた、でもあるきっかけで一切笑わなくなった（※堅物の検閲官・向坂睦男は、喜劇作家・椿一が書いた喜劇の上演台本を全く理解しようとしない。だが、上演中止を何としても避けたい椿は、向坂の出す無理難題の改訂要求を飲み続ける。すると向坂は、椿の必至な様相に次第に興味を持ち始め、検閲官として改訂を求めた喜劇の台本に対して「より面白くするため、より笑わせるため」のアイディアを自ら出すようになっていく）と。
だから、元々はあったんですよね。それを何かのきっかけで封じ込めちゃっただけの人なんですよ。それが（椿と）七日間闘い続けることによって、自分の持っているモノが表に出てきたってことですよね。実は凄く人情味のある、情の深い人間だったというのがこの物語だと思うし、これ、落語っぽいですよね。
実際に演じてみるとよく分かるんですけど、三谷くんの描き方もあるんですが、とても緻密な仕込みがありますので、抜いたり詰めたりすることが出来ない程の煮詰め方をしてあるんです。それだけに、ボディブローのようにじわじわ効いてくるんでしょうね。それで最後に「そうなるのか！？」という所まで、しっかり連れて行ってもらえるというか。
一言で言うと「人情噺」ということになると思うんですけど……、ほんとはね、この2人の登場人物だけじゃなくて、三谷さんが作った言葉のあやの、その「あやとり」の絡み方が実に素晴らしいと思います。そこが一番の魅力なんじゃないですか。この人やっぱ売れるわ〜って思う（笑）。
その特色がこの話ではものすごくよく出ていて、言葉のやりとりは大きな魅力のひとつ。感情の動きというよりも言葉というものを非常に大切にしていて、それでいて遊んでいるというのがまた魅力的ですよね。だからあたしなんかもはまっちゃったんでしょう。最初は「え？」とか思っていたのに（笑）、やっているうちに「面白いじゃん、これ」となって。全く離れたところで言葉だけを並べたとしても、精巧なあやとりのように作り上げられている、そこが面白い。
落語も（このような緻密な構成が）あるにはあるんですけど、ここまで複雑じゃないです。もっと単純化されていて、それは何故かというと、落語は長い噺を短く出来るようにも作り上げられているので、ある意味では非常に単純なんですよ。
今までは『笑の大学』が長かったから、それだけしかやらなかったんです。ただ、それだけだと芝居っぽくなり過ぎるというか、より寄席に近づけるために、何席か落語を聴いて頂こうと思いまして。あたしのやる『笑の大学』は、やっぱり落語なんですよ。今回でいえば、三席全部が落語であるという印象をより強く持って頂きたいです。
−−東京公演は「しもきた空間リバティ」という、いわゆる小劇場が会場ですね。
あたしは下北で喋ったことはあるのかなぁ……。落語は数える程しか喋っていないと思います。非常に面白い街だし、空間も面白いですよね。マイクを使わず生声で使える小屋というのは良いですよ。あの閉ざされた空間性というか、あたしは割と好きですよ。ちょっと暗めの、芝居がかった暗さというのは、あたしは噺に入りやすい。照れ屋なんで（笑）。
−−落語に馴染みのない演劇ファンがこの公演を観に行くとして、さん生師匠から「楽しみ方のコツ」を教えて頂けますか？
「構えない」というのが一番良いと思います。芝居なのか？ 落語なのか？ という疑問をもって来ない方がいいんですよ。「言葉を聞きに行くって一体どうなるんだろう？」とか「笑わせてくれよ」とか、そういう欲を持って来られるとね、一番困るんです。ふらっと来るのが一番いいと思います。逆に、終わった後は「これって芝居だったの？ 落語だったの？」って、疑問に思ってくれた方がより楽しいかもしれない。勿論コレは落語でしかないんだけど、観に来て下さった人達が「場所が場所だし、一人芝居で……？？」って、そこにひっかかってくれると面白いですよね。
−−師匠からみた演劇と落語の共通の魅力って、どういうものだと思われます？
えっとねぇ……。その当日の、瞬間の、お客さんとのやりとりですかね。似ているんですけど、お芝居はね、たまーにお客さんほったらかしにしている時があるんですよね。芝居を観ていて、そこが一番イライラする時で「どうしてなんだろう？」と思ったりもするんだけど、それが芝居というものの縛りなのかな？ と考えたり。
ただ、共通するものといえば、生の臨場感、現場の臨場感の面白さなんですよ。どんな芝居であれ落語であれ、その日その時その場で目撃したものしか、ないものなんです。例えばそれに感動したとしても、また同じ感動は絶対出来ないというのがまた魅力的で。それに誘われちゃうんでしょうね、やる側も、観る側も。
観る側が感動したい、やる側も感動させたい、でも毎回同じ感動には辿り着けないところにジレンマがあって。いつかそれを感じたいと思う、そういう魔力がそこにあるんでしょうね。当日のその時でしか物事が動いていないという凄さ、その臨場感ですよねぇ。落語も芝居も、音楽なんかもそうなのかもしれないなぁ。
−最後に、この公演で初めて生の落語に触れたお客さんが「もっと落語に触れてみたい」と考えた時、師匠から何かアドバイスを頂戴できればと。
単純に1人の落語家を追っかけてみるといいんですよ。あたしだけじゃなくて、いやあたしだっていいんですけど（笑）、世の中的に人気といわれる、ちょっと名前の知れている落語家さんが複数いるので、その方をそれぞれ観ていくんじゃなくて、とりあえず誰か1人、この人どうなの？ っていう人を追いかけてみる。そうすると一回目はつまんないかもしれないけど、二回目はべらぼうに面白かったりとか、そういうことを同じ落語家で感じていくと「あ、そういうものなんだ」っていうのが分かる。
つまり、その人その人の面白さを観るようになっていくんですね。1人1人順番に1回ずつ観ていくと比べるだけになっちゃう。「あの人よりこっちの人の方が面白かった」とか、それは当日の空気があるので、そういう見方ではなく。要するに1人をずっと追いかけていくと必ず波があるんです。それは芝居と一緒ですよね。それで「そういうものなんだ」ということをまず感じてもらって、次に改めて他の人の落語を観ると、冷静に見えるし、また入り込めると思うんですよ。だから、これをきっかけにもし落語に興味を持ってもらえるのなら、まず1人を徹底的に追いかけてみる、そこから自分の感じるものを選んでいく……というのは、ひとつのやり方だと思います。
原作◇三谷幸喜
出演◇柳家さん生
日替わり出演◇林家たけ平（11/30、12/4） 柳家わさび（12/2、12/14〜16） 三遊亭美るく（12/1昼） 春風亭ぴっかり☆（11/29） 林家はな平（12/1夜）
11/29〜12/2◎しもきた空間リバティ
12/4◎愛知県芸術劇場 小ホール
12/14〜16◎TORII HALL
−−三谷さんから提案を受けた形で『落語版・笑の大学』が誕生したんですね。
そうなんです。彼の方から言い出してくれて。
−−その時、さん生師匠は『笑の大学』をご覧になっていた？
はい、舞台で観ていました。
『笑の大学』の落語化に向けて
その時は、落語として全部喋りきってしまうというか、そのままストレートに喋るだけの印象しかなかったんですよ。まして2人しか出てこないし「単純だな〜」とか、複雑な気持ちもありながら（笑）。
それで稽古を始めたら、演出を手伝ってくれている同級生がいて、その彼が「じっとしてなきゃいけないの？」なんて言い出すわけですよ。「だって落語だもん」なんて言い返して（笑）。最初はストレートにやるつもりだったんですけど「じっとしてちゃダメなの？」なんて話になってねぇ。その結果、色々演出を加えていくことになるんですけど、仕上がりとしては……人情噺ですよね。素晴らしい人情噺。
（劇中の）時間の流れが一週間分かな、その七日間で丁々発止を繰り広げる、非常にいい人情噺だと思います。話の中にちゃんと出てくるんですけど、「小さい頃は面白かった」っていう台詞があるんですよ。小さい頃は人を笑わせていた、でもあるきっかけで一切笑わなくなった（※堅物の検閲官・向坂睦男は、喜劇作家・椿一が書いた喜劇の上演台本を全く理解しようとしない。だが、上演中止を何としても避けたい椿は、向坂の出す無理難題の改訂要求を飲み続ける。すると向坂は、椿の必至な様相に次第に興味を持ち始め、検閲官として改訂を求めた喜劇の台本に対して「より面白くするため、より笑わせるため」のアイディアを自ら出すようになっていく）と。
だから、元々はあったんですよね。それを何かのきっかけで封じ込めちゃっただけの人なんですよ。それが（椿と）七日間闘い続けることによって、自分の持っているモノが表に出てきたってことですよね。実は凄く人情味のある、情の深い人間だったというのがこの物語だと思うし、これ、落語っぽいですよね。
実際に演じてみるとよく分かるんですけど、三谷くんの描き方もあるんですが、とても緻密な仕込みがありますので、抜いたり詰めたりすることが出来ない程の煮詰め方をしてあるんです。それだけに、ボディブローのようにじわじわ効いてくるんでしょうね。それで最後に「そうなるのか！？」という所まで、しっかり連れて行ってもらえるというか。
改めて語る、この作品の魅力
一言で言うと「人情噺」ということになると思うんですけど……、ほんとはね、この2人の登場人物だけじゃなくて、三谷さんが作った言葉のあやの、その「あやとり」の絡み方が実に素晴らしいと思います。そこが一番の魅力なんじゃないですか。この人やっぱ売れるわ〜って思う（笑）。
その特色がこの話ではものすごくよく出ていて、言葉のやりとりは大きな魅力のひとつ。感情の動きというよりも言葉というものを非常に大切にしていて、それでいて遊んでいるというのがまた魅力的ですよね。だからあたしなんかもはまっちゃったんでしょう。最初は「え？」とか思っていたのに（笑）、やっているうちに「面白いじゃん、これ」となって。全く離れたところで言葉だけを並べたとしても、精巧なあやとりのように作り上げられている、そこが面白い。
落語も（このような緻密な構成が）あるにはあるんですけど、ここまで複雑じゃないです。もっと単純化されていて、それは何故かというと、落語は長い噺を短く出来るようにも作り上げられているので、ある意味では非常に単純なんですよ。
この公演の構成について
今までは『笑の大学』が長かったから、それだけしかやらなかったんです。ただ、それだけだと芝居っぽくなり過ぎるというか、より寄席に近づけるために、何席か落語を聴いて頂こうと思いまして。あたしのやる『笑の大学』は、やっぱり落語なんですよ。今回でいえば、三席全部が落語であるという印象をより強く持って頂きたいです。
−−東京公演は「しもきた空間リバティ」という、いわゆる小劇場が会場ですね。
あたしは下北で喋ったことはあるのかなぁ……。落語は数える程しか喋っていないと思います。非常に面白い街だし、空間も面白いですよね。マイクを使わず生声で使える小屋というのは良いですよ。あの閉ざされた空間性というか、あたしは割と好きですよ。ちょっと暗めの、芝居がかった暗さというのは、あたしは噺に入りやすい。照れ屋なんで（笑）。
−−落語に馴染みのない演劇ファンがこの公演を観に行くとして、さん生師匠から「楽しみ方のコツ」を教えて頂けますか？
「構えない」というのが一番良いと思います。芝居なのか？ 落語なのか？ という疑問をもって来ない方がいいんですよ。「言葉を聞きに行くって一体どうなるんだろう？」とか「笑わせてくれよ」とか、そういう欲を持って来られるとね、一番困るんです。ふらっと来るのが一番いいと思います。逆に、終わった後は「これって芝居だったの？ 落語だったの？」って、疑問に思ってくれた方がより楽しいかもしれない。勿論コレは落語でしかないんだけど、観に来て下さった人達が「場所が場所だし、一人芝居で……？？」って、そこにひっかかってくれると面白いですよね。
柳家さん生、かく語りき
−−師匠からみた演劇と落語の共通の魅力って、どういうものだと思われます？
えっとねぇ……。その当日の、瞬間の、お客さんとのやりとりですかね。似ているんですけど、お芝居はね、たまーにお客さんほったらかしにしている時があるんですよね。芝居を観ていて、そこが一番イライラする時で「どうしてなんだろう？」と思ったりもするんだけど、それが芝居というものの縛りなのかな？ と考えたり。
ただ、共通するものといえば、生の臨場感、現場の臨場感の面白さなんですよ。どんな芝居であれ落語であれ、その日その時その場で目撃したものしか、ないものなんです。例えばそれに感動したとしても、また同じ感動は絶対出来ないというのがまた魅力的で。それに誘われちゃうんでしょうね、やる側も、観る側も。
観る側が感動したい、やる側も感動させたい、でも毎回同じ感動には辿り着けないところにジレンマがあって。いつかそれを感じたいと思う、そういう魔力がそこにあるんでしょうね。当日のその時でしか物事が動いていないという凄さ、その臨場感ですよねぇ。落語も芝居も、音楽なんかもそうなのかもしれないなぁ。
−最後に、この公演で初めて生の落語に触れたお客さんが「もっと落語に触れてみたい」と考えた時、師匠から何かアドバイスを頂戴できればと。
単純に1人の落語家を追っかけてみるといいんですよ。あたしだけじゃなくて、いやあたしだっていいんですけど（笑）、世の中的に人気といわれる、ちょっと名前の知れている落語家さんが複数いるので、その方をそれぞれ観ていくんじゃなくて、とりあえず誰か1人、この人どうなの？ っていう人を追いかけてみる。そうすると一回目はつまんないかもしれないけど、二回目はべらぼうに面白かったりとか、そういうことを同じ落語家で感じていくと「あ、そういうものなんだ」っていうのが分かる。
つまり、その人その人の面白さを観るようになっていくんですね。1人1人順番に1回ずつ観ていくと比べるだけになっちゃう。「あの人よりこっちの人の方が面白かった」とか、それは当日の空気があるので、そういう見方ではなく。要するに1人をずっと追いかけていくと必ず波があるんです。それは芝居と一緒ですよね。それで「そういうものなんだ」ということをまず感じてもらって、次に改めて他の人の落語を観ると、冷静に見えるし、また入り込めると思うんですよ。だから、これをきっかけにもし落語に興味を持ってもらえるのなら、まず1人を徹底的に追いかけてみる、そこから自分の感じるものを選んでいく……というのは、ひとつのやり方だと思います。
柳家さん生
やなぎやさんしょう○57年生まれ、富山県出身。落語家、落語協会所属。77年に三代目柳家小満んに入門、93年に真打昇進を果たす。本年は自身の真打昇進20周年にあたり、足かけ3年にわたる「さん生3年プロジェクト」で成功を収めるなど、多方面での活躍が目立っている。
【公演情報】
柳家さん生独演会『落語版・笑の大学』原作◇三谷幸喜
出演◇柳家さん生
日替わり出演◇林家たけ平（11/30、12/4） 柳家わさび（12/2、12/14〜16） 三遊亭美るく（12/1昼） 春風亭ぴっかり☆（11/29） 林家はな平（12/1夜）
11/29〜12/2◎しもきた空間リバティ
12/4◎愛知県芸術劇場 小ホール
12/14〜16◎TORII HALL
[柳家さん生公式サイト]http://3lives.net/
【取材・文◇園田喬し】
