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毬谷友子の『弥々』が、また舞台に蘇る。

僧・良寛の初恋の女性であった弥々の一生を描くこの一人芝居は、劇作家・矢代静一が、娘である毬谷友子のために書き下ろしたもので、1992年の初演時に紀伊國屋演劇賞の個人賞を、2002年には文化庁芸術祭優秀賞など数々の賞を受賞、またニューヨークやリトアニア公演においても高い評価を受けてきた。

矢代静一にとっての「マグダラのマリア」として描かれた弥々は、聖性と魔性、奔放さと同時に純な愛を持った女性で、その16歳から72歳までの波乱に満ちた生涯を、毬谷友子は天性の豊かな表現力で語り、演じ、まざまざと舞台に浮かび上がらせていく。

今年は初演から21年目、自身の女優としての変化を弥々に重ねながら上演を続けてきた毬谷に、改めて『弥々』への想いと、今回への取り組みを語ってもらった。


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人生に一度くらい無理なことに挑戦しようと


──この作品が生まれたのは、どんないきさつからでしたか?

木村光一さんが企画された地人会の一人芝居シリーズの3本の中の1つだったんです。他の2本は井上ひさしさんと山田太一さんが書き下ろされて、父にも1本書いて欲しいというお話があって、父はちょうどそのころ、「良寛異聞」という小説を書くために膨大な関連資料を集めていたところで、良寛をめぐる人々の中に弥々という女性がいた、その女性を書いてみようということになったんです。

──その作品の演じ手として毬谷さんが名乗りをあげたわけですね?

いえ、私はそのとき『野田版・真夏の夜の夢』に出ていて、その千秋楽が8月31日で、『弥々』 の初日は9月10日くらいだったんです。ですから最初から無理だと思っていましたし、考えもしなかったのですが、父が「友子がやったらぴったりなのに」と言っていると母から聞いて、木村さんからも「出てほしい」と言われまして、人生に一度くらい無理なことに挑戦してみてもいいかなと。

──では野田(秀樹)さんの舞台に出ながら稽古を?

そうです。野田さんの公演は2回公演が多いし、動き回るから疲れるし(笑)。それでも昼夜公演の間とか帰宅したあととか、少しでも時間があれば必死で台詞を覚えました。

──その初演がたいへん好評で、何度も再演されることになったわけですが、途中から演出もご自分でされるようになりましたね?

『弥々』はライフワークとしてずっと演じ続けなければと、初演から思っていたのですが、4年目の舞台がきっかけで、いつでもどこでも上演できるようにしたい、それなら自分で演出もしたほうがいいかなと思ったんです。幸い私は、野田さんや坂東玉三郎さん、ロベール・ルパージュさん、エイドリアン・ノーブルさんなどをはじめ、本当に素晴らしい演出家の方々と仕事をさせていただく機会が多かったので、「門前の小僧、習わぬ経を詠む」ではないですけど、そんな経験を少しでも生かせたらと。

──市川染五郎さんが声の出演をされたりしましたね。

声だけの出演を染五郎さんにお願いしたり、美術を小竹信節さんにお願いしたり、自分でやってみたかったことを取り入れながら作りました。そのあとも、衣裳を洋服にして、ヨーロッパの港町の酒場の娼婦みたいな格好でやったこともありますし、弥々はロシア人との混血ですから、オープニング場面をロシアの教会にしてステンドグラスにしたこともあります。ただ、再演を繰り返すうちに、一人芝居は想像力で観ていただくことが大事だなと思い、どんどんシンプルに何もない空間になってきているようです。

──そういう意味では演出はいろいろ変化しているのですね。

時間とともに演出もどんどん風化しますから、毎回壊して新しくしていかないと形だけになってしまうので。つねに今の自分が興味あること、今という時代を映し出していかないとと思っています。
 

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孤独と恐怖がつきまとう一人芝居


──今回のチラシに矢代静一氏の「お前が50になった頃の、弥々が見たいな。」という言葉が書いてありますが、まさにそういう年頃になるまで演じ続けてきたわけですね、

その年になりました(笑)。でも、父は若い私に当てて書いたので、16歳の時代がやたら長いんですよ(笑)。今の私にはそこがちょっと大変なのですが、そのかわり年を取ってからの弥々の声は、作らずに自然に出せるようになりました。

──弥々の最後は72歳ですから、そこまで演じ続けていただきたいですね。

私自身はいつまでやろうとかやらなくてはという気持ちはないんです。実際、今回が最後になるかもしれません。一人芝居って尋常ではない体力が必要ですし。

──相当孤独な闘いなのでしょうね?

まるで宇宙船に1人で乗り込んでいるような気分です(笑)。1つでも操縦を間違えたら即、死が待っている。地球に帰還できないまま宇宙をさまよい続けるしかない。そういう恐怖がつきまとうんです。ですから、次は何時やる気になるか、やれる状態になるか、まったく自分でもわからないし、やると決めるには相当覚悟がいるんです。

──今回も公演としては4年ぶりですね?

2年前、震災の年に1日だけ上演しました。あの大震災に大きなショックを受けまして、私にも何かできることはないかと。父も母も亡くなって独りぼっちで生きてきた私が、被災者の方たちをご招待にして、少しでも励ましになれればと、ちょうど父の13回忌という意味もありましたし、祈りの気持ちを込めて1日だけ公演したんです。

──確かにこの『弥々』は、生きるエネルギーを与えてくれる作品ですね。

実は、私はちょっと前に病気をしまして、極限まで頭と身体を駆使する舞台を、いつまで演じられるのだろうか、漠然と不安を感じていたんです。でも、たまたま仕事で出会ったある若い女性スタッフさんが「『弥々』で、感動してこの世界に入った」と言ってくださって。本当に何人もの演劇のお仕事をしている方たちから、そう言っていただけるので、この作品はやっぱりいろいろな方たちに何かを与えられる、何かを受け取ってもらえる作品なんだと。だから今回も、できるだけ若いお客様に観ていただきたいと思っているんです。これからの人生を生きるうえで、何かインスピレーションを受け取っていただければと。 
 

米と燃し木 その外に何が要ろうか


──この作品は物語もドラマティックですが、弥々はもちろん、良寛や夫になる清吉など、矢代静一という作家ならではの深い視線で生き生きと描かれていますね。

弥々は自分の身体を売って生きていくけれど、心は本当にピュアで、愛に生きる強さを持っている。父はそういう弥々の姿を、周りの人間とともに綺麗ごとではなく描きたいと思ったのでしょうね。

──見終わったあとには、浄化されたような気持ちになります。

物語の中に、50歳を過ぎてから良寛が書いた詩が出てくるんです。「生涯身を立つるに懶く 騰騰天真に任す 囊中 三升の米 炉辺 一束の薪 〜」というもので、「米と燃し木 その外に何が要ろうか、迷いや悟りだということは、もはや自分にはどうでもいい世界だし、まして名誉や利益など、自分に関わり知ったことではない」という意味の詩なんです。52歳の良寛はこれを本当にそう思って書いたのか、または自分に言い聞かせたいと思って書いたのか、そしてなぜ父はこの詩を選んだのか、私自身はどうなのだろうかと、最近いつも自問自答しています。

──突きつけられるものがありますね。

この作品はやればやるほど深くなるし、実人生が重なるんです。最初は16歳から72歳までを演じる面白さだけでやっている時期もあったのですが、今はこの戯曲のすべてが私の生きるうえでの道しるべであり、私の生きるテーマになっていると思います。病気になったとき、ふと考えたんですよ。毬谷友子という女優はこれで終わっていいのか?って。自分を振り返ったんですね。そのとき、まだできることがあるはずだと。たくさんの素晴らしい演出家と出会えて、自分なりにそのときそのとき精一杯に生きてきた。その過程で教えてもらったことや身につけてきたことがたくさんある。それを若い世代の俳優さんたちやお客様に少しでも伝える、それが私のこれからできることではないかと。

──そういえば映像の現場で、ある若い女優さんとすごく仲良くなったそうですね?

そうなんです(笑)。ちょっと前の私だったら、若い女優さんに負けるものかなんてがんばったんですが、今は才能ある若い人を見つけると嬉しくなって、がんばってねと自然に声をかけてあげられるんです。姐さん、母さんと呼ばれています(笑)。たぶん自分のなかで何か超えてしまったんでしょうね。

──「お前が50歳になったころの弥々が見たい」と言われた矢代静一氏は、そういう毬谷友子も、もしかして予見していたのかもしれませんね。

以前観てくださった方に、「前と全然違うね」と言われるんです。命の尊さとか生きていくことのたいへんさ、素晴らしさ、そういうことをこの2年間くらい、毎日のように感じて生きていますので。

──今の毬谷友子だからこその『弥々』、楽しみにしています。

本当に最後かもしれませんので、ぜひ皆さま、観にいらしてください。



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まりやともこ○東京生まれ。1985年宝塚歌劇団を退団後、舞台を中心に活動。1987年RSC( ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)エイドリアン・ノーブルに師事。以来、野田秀樹(『贋作・ 桜の森の満開の下』『野田版・真夏の夜の夢』他)蜷川幸雄(『天保12年のシェイクスピア』『雨の夏30人のジュリエットが還ってきた』他)ロベール・ルパージュ(『マクベス』『テンペスト』他)坂東玉三郎、串田和美 等にその感性を認められ、絶大な信頼を得ている。また、オペラアリアからエディット・ピアフまで、幅広いジャンルを歌う音域には定評があり、変幻自在に変わる声はヨーヨー・マから「YOUR VOICE IS MUSIC」と賛辞を得た。父でもある矢代静一・作/毬谷友子・主演・演出の一人芝居『弥々』では、16歳〜72歳までの波乱に満ちた女の一生を演じ、数々の賞を受賞。ニューヨーク、リトアニアでも好評を博す。また、矢代の代表作でもある戯曲『宮城野』を映画化、主演。昨年から、映像の仕事も再開。最近の舞台出演作に、寺山修司作『上海異人娼館』など。



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毬谷友子一人芝居

『弥々』

作◇矢代静一

演出・出演◇毬谷友子

●8/20(火)〜22(木)◎東京芸術劇場 シアターイースト

〈料金〉 前売¥4,500 当日¥4,800 学割¥2,500(ジェイ・クリップにて前売のみ扱い) (全席指定・税込)

〈問合わせ〉ジェイ・クリップ 03-3352-1616(平日10:00〜19:00)
ジェイ・クリップHP  http://www.j-clip.co.jp/

9/4(水)19:00◎新潟市北区文化会館(新潟市北区東栄町1-1-5)
〈料金〉 2,000円 (全席自由)      
〈問合わせ〉 新潟市北区文化会館 025-388-6900

http://www.kitaku-bunkakaikan.com/


【取材・文/榊原和子 撮影/岩村美佳】


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