2009年11月27日、『トーマの心臓』の世界を彷彿とさせる早稲田奉仕園スコットホール(礼拝堂)にて、萩尾望都デビュー40周年記念原画展とスタジオライフ創立25周年記念公演『トーマの心臓』『訪問者』の製作発表が行われました。
萩尾望都(漫画家)×倉田淳(演出家)によるスペシャル記念トークショー(原画展)とスタジオライフ製作発表の様子を2回に分けて、お伝えします。
まず今回は、萩尾望都×倉田淳によるトークショーの様子です。

倉田×萩尾

『トーマの心臓』の誕生

倉田 萩尾先生は12月に漫画家生活40周年を記念して原画展を開催され、わたしたちスタジオライフも来年25年目という節目の年に、『トーマの心臓』と『訪問者』を連鎖上演させていただきます。この機会に、ぜひ萩尾先生の作家生活の中で『トーマの心臓』を描かれた頃は、どのような時期だったのか教えていただきたいのですが。
萩尾 ちょうど漫画家になって5〜6年経った頃で、東京の生活に疲れたというか、ちょっと目を患っていて。友達の家に遊びに行ったら、埼玉県なのですが、すごい田舎で緑がいっぱいあって。これはいいなと思って引っ越したんです。すごく家賃が安くて、当時庭付き、四畳半、六畳、バス、トイレ付きで一月、1万2千円で借りられました。
倉田 それは何年頃でしょうか?
萩尾 1976年頃でしょうか。ただ電話は来てなくて、その後、引いたんですけど。家から会社に打ち合わせに行くのに、だいたい2時間くらいかかるんです。だけど空気がきれいだし、いいやと思っていて。そういう環境の変化が大きな時期でした。
倉田 数ある作品のうち『トーマの心臓』を生み出したきっかけというのは?
萩尾 当時、吉祥寺に『悲しみの天使』という映画を見に行って。それは男子校の2人の少年がお互いに好き合うのだけれど、周りに引き離されて、ショックで年下の方の男の子が自殺をしてしまう話なんです。映画は自殺をしたところで終わっていて。見終わった後、すごいショックで妄想モードに入ってしまったんです。この残されてしまった子はどうやって生きていくんだろう。すごくつらいし、忘れられないしと頭の中がぐるぐる回ってしまって。その子の気持ちを取り戻すために(作品を)描きたいなと思っていました。その頃私は20歳くらいで。展示会があるので、最近、当時の絵を見たら、すごく絵も下手でキャラクターも頭でっかちで。オスカーの頭の形なんて釣鐘草のようにとんがっていて、こわいなと思って・・・。
倉田 いえいえ、最初の窓辺に立っているあの姿がかっこいいんです。
萩尾 そんなわけで、ちょっと妄想系の話だったので、発表するつもりもなかったんですが、引っ越した後に、編集さんに「何か長編を描きませんか?」と言われて。「こういうの持ってるんですけど、無理ですよね?」と言ったら、そのとき、編集さんもどうかしていたんでしょうね、「じゃあやりましょうか」って。そんなわけで、始めたという話なんです。
倉田 描いてられた当時の緑の多い環境が、あのドイツの風景につながるのでしょうか。
萩尾 そうかもしれないですね。近くに工場があって、その壁に沿って、柳が並んで植えられていたんです。まだ寒くて何もない時期に、緑がすごいきれいなんです。なんだろう?と思ってよく見ると柳の新芽だったんです。ぱーっとすごくきれいでした。


『訪問者』のきっかけは『砂の器』

倉田 今回、『トーマの心臓』のサイドストーリーと言われているオスカー少年の生い立ちが描かれた『訪問者』を上演させていただくのですが、『訪問者』は『トーマの心臓』が描かれているときには、すでに誕生していたのでしょうか?
萩尾 『トーマの心臓』は主要人物、オスカー、エーリック、ユリスモールといるんですけど、当時、描いているとどんどん登場人物の背景に入り込んで行ってしまって。オスカーの背景も「お父さんと離ればなれで暮らしていて・・・」と浮かんでいました。連載当時、その話も入れたいなと思ったんですけど、メインストーリーだけでも大変なのに、サイドストーリーも描くと混乱するなと思って。連載もいつまで続けさせてくれるかわからないので、ちょっとはしょって、そのうち時間ができたら描こうと思っていました。それから、もうずいぶん経ってから、ある日ふと思い出して、「あ、『訪問者』を描こう」と思ったんです。思い出したきっかけは、当時松本清張の『砂の器』という小説が映像化されてテレビで放送されていたんです。小説とは物語が全然違って、父さんと散歩した主人公の過去の風景が写されていて、「あーやっぱり、子供を連れて旅をするのはいいな〜」と。オスカーもお父さんとこんな風にドイツをあっちこっち1年か2年間旅をしたんだろうな〜と思って、描き始めました。


まだまだ勉強中です。

倉田 『トーマの心臓』も『訪問者』も、登場人物たちは相手を理解したいと思いつつ、なかなか難しくて。萩尾先生が人を理解していくときに、これを大事な軸として立ち向かって行こうという何かはありますか?
萩尾 本当のところ、他者って分からないですよね。親子であっても、恋愛であっても、本当に相手のことは分かりづらい。人間、表に出しているところは、氷山の一角であって、9割は水の中に沈んでいるようなもので。しかも日々欠けたり、プラスされたり変化をしていて、多重な構造になっているものだと思うんです。でもけっこうみんな表面だけ見て、「あの人ああいう人だ。こういう人だ」って言うでしょう。端から見ていると、なんでこの人は心の中ではこう思っているのに、表面では違うことしてるのかなとか。人の隠れている部分にすごく興味があって、そこの部分を理解できたらもっと人とコミュニケーションが取りやすくなるんだろうか、ということを考えています。じゃあ日常にすぐにそこまで考えて人とつきあえるかというと、全然だめで。わたしもこの年になっても、毎日勉強している最中です。
倉田 最後に、『トーマの心臓』と『訪問者』の連鎖公演について、メッセージをいただきたいのですが。
萩尾 倉田さん、スタジオライフと知り合って、こんな風に何度も舞台化していただいて、わたしの方も舞台から学ぶことがたくさんあります。本当に感謝しています。来年の公演もとても楽しみにしています。


萩尾望都
はぎおもと◎漫画家。福岡県大牟田市生まれ。埼玉県在住。1969年、講談社「なかよし」に掲載の『ルルとミミ』でデビュー。代表作は『11人いる!』『残酷な神が支配する』など。受賞歴多数。1984年に発表された『半神』は野田秀樹の夢の遊眠社により舞台化された。

倉田淳
くらたじゅん◎演出家。1976年演劇集団「円」演劇研究所第1期生。芥川比呂志氏に師事。氏の亡くなる1981年まで演出助手をつとめた。1985年、河内喜一朗と共にスタジオライフを結成。男性ばかりの劇団で、唯一の女性として演出を手がけている。
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スタジオライフ『トーマの心臓』『訪問者』
2/27〜3/22@紀伊國屋ホール、3/27〜28@名鉄ホール、4/13@仙台市民会館・大ホール
公式ホームページ
http://www.studio-life.com/


萩尾望都デビュー40周年記念原画展

原画展

萩尾望都さんより
様々な方のご協力により、このような原画展を行わせていただくことになりました。お話がきたのが7月くらいで、本当にばたばたと決まったものですから、なんだか未だにグッズを作っております。間に合うか非常に心配です。
来年、『トーマの心臓』と『訪問者』を上演するということで、スタジオライフの皆様にもご協力していただき、あれよあれよという間に、これだけのイベントになりました。あとは無事に開場し、無事に終了することを祈るばかりでございます。みなさまもご来場いただきお楽しみいただければ、うれしく思います。


《会期》
12/16(水)〜23(水・祝)
10:00〜20:00(入場は閉場の30分前まで)

《開場》
西武池袋本店別館2階=西武ギャラリー

《料金》
一般¥700 大学生・高校生¥500 中学生以下は無料

《展示内容》
・デビュー初期から最新作まで、年代順に抜粋された原画約270点
・未公開の白黒原稿(1話分ほど)
・作品イメージに使用したグッズ(お人形、雑貨など)
・人形作家恋月姫さんの『半神』へのオマージュ作品
・スタジオライフコーナー*

《イベント》
・スタジオライフ俳優、萩尾望都×倉田淳トークショー
・スタジオライフ俳優、萩尾望都サイン会

《販売》
・現在購入可能な下敷き、雑貨、版画類、『ポーの一族』をイメージした香水、図録など

*スタジオライフコーナー*
シュロッターベッツの制服を着た劇団員が日替わりでご案内します。週末にはトークイベントも開催。
過去に上演した萩尾作品(『トーマの心臓』『訪問者』『メッシュ』『マージナル』)の衣装や小道具、パンフレットも展示します。

公式サイト
http://www.hagiomoto-gengaten.com/


【取材・文◇矢崎亜希子】