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この台詞には、こんな感情が込められているのかも、いや、でも違う意味にもとれる。今の台詞を自分と照らし合わせてみたらどうだろうかあぁでもない、こうでもないと考えを巡らせ、頭を働かせる時間が続く。そんな時にふと発見する、人間の本能的な姿。

一幕の台詞と、二幕の台詞とがスピード感を伴ってピーンと繋がり、その瞬間に、また一歩深いところに潜り込んで行けたような気持ちになる。この閃く瞬間ごとに作品に惹き込まれるのだが、そこで、まんまと作者の意図にハマっている。閃く方向へと導かれているのだ。そのくらい緻密な、伏線に次ぐ、伏線が戯曲の中に張り巡らされている。その伏線に自分なりの解釈を与える為に、とにかく色々考えたくなる芝居なのだ。

2度、3度と見て、考えることで遊びたくなる舞台であるが、堤真一、小泉今日子、大森南朋というキャストが揃った上に、上演されるのがシアタートラムというコンパクトな劇場。そう簡単に足を運べない状況だけが惜しい。しかし、大きな劇場でこの芝居を同じように上演しても、間に流れる空気感は伝わりにくくなってしまうだろうし、やはりこの大きさがベストなのかもしれない。上演空間が小さいからこそ濃密に体感できる、一瞬一瞬の細やかさを大切にしたい。

一幕は堤真一と小泉今日子の二人芝居『ホームライフ』。夫婦の付かず離れず、微妙な距離間の会話が続く。妻のアン(小泉)は幸せであるのは理解しているが、本能的に満たされてはいないという、夫(ピーター:堤)に対する諦めや、憎しみ、漠然とした不満を口にする。しかし、そんな妻の不満を全く理解できないピーター。話し言葉の戯曲だから、アンが理路整然と不満を口にする訳でもなく、二人の中でも本音や嘘が入り交じり、話す内容も行ったり来たり。しかし最後、嵐の訪れと共に、ピーターとアンの中にあった動物的な狂気が姿を見せる。二人の姿を見ていて、心がざわついた。

二幕は堤真一と大森南朋の二人芝居『動物園物語』。アンとの衝撃的な会話を経たあと、公園へやってきたピーターと、そこを通り過ぎた男(ジェリー:大森)との会話が繰り広げられる。この二幕で印象的だったのが、ジェリーが住んでいるアパートにいる犬の存在。ジェリーはその犬を手懐けようとハンバーガーの肉を与え続けているのだが、犬は依然としてジェリーに牙を向ける。ジェリーはそんな犬が、理解できない、憎らしい。しかし、殺意を持って、犬と見つめ合った瞬間に、初めてその犬と自分の気持ちとが通じあったような心持ちになる。愛情と憎しみが等しく湧き上がる。
アンが夫婦の間に求めた叶わない理想は、このジェリーと犬の関係の中にあるのではないか。不思議に「犬」と「アン」の存在が重なって見え、一幕と二幕とか繋がっていく

「動物園に行ってきた!」、「動物園で起こったことを話そう。」とジェリーは言う。殺したいと思うほど憎く、しかしそれと同じぐらい相手を愛おしく思う。理性で覆われて、自分自身でさえもそんな感情の存在に気付かないのが普通なのかもしれないが、この芝居は、その気付かない部分、動物的な人間の姿を引きずり出す。ジェリーが言う動物って私たちのこと?

ジェリーと出会い、望まずとも気付かされてしまったピーターは、あの後、アンとどんな生活を送るのだろうか。同じ疑問が、この芝居を見た人にも投げかけられる。深みにハマる芝居だ。

 

 

『AT HOME AT THE ZOO』

作◇エドワード・オルビー

演出◇千葉哲也

出演◇堤真一、小泉今日子、大森南朋

●6/17〜7/19◎シアタートラム

 

〈料金〉¥7000

〈問い合わせ〉シス・カンパニー 03-5423-5906
http://www.siscompany.com/ 


【文/岩見那津子】