絶対に戻ってくる。
隆子は絶対に戻ってくる。
戻ってくるに決まってる。
「なんで追いかけてきてくれないんですかっ！！」
そう叫びながら戻ってきた隆子を見た瞬間に涙腺決壊。
江戸川乱歩の妻・平井隆子。
彼女の視点から、乱歩を見た物語。
“失踪した乱歩をめぐる幻想追跡奇譚”
という副題なのだが、
物語は浅草で行われている傀儡子と生き人形たちが繰り広げる芝居、という形で進んで行く。
突然、迷い込んだ過剰なほどに香のたかれた薄暗い一室。
目の見えてないあやしい傀儡子の男が、
うずくまってぴくりとも動かなかった何体もの生き人形を操りだす。
生き人形は、かつて生きていた人間であるかのように生々しく不気味だ。
彼らが見せるのは、江戸川乱歩と隆子自身の物語。
はじめのうちは繰り広げられる芝居を眺めていた隆子であったが、
芝居が進むにつれ、段々と自分自身もその芝居の中に取り込まれてしまう。
乱歩を追って、夢とも現ともわからない摩訶不思議な世界に迷い込む隆子。
いや、迷い込むのは隆子だけではない、観客も一緒に。
一緒になって物語に迷い込んでしまうのは怖いことだ。
でもそんな怖さも含めて、観ていてすごく嬉しくなった。
こんなにも人の心の機微に敏感で、
それでいて綺麗で、力強い言葉に満ちた戯曲を書ける人がいるのだということ。
またその戯曲の魅力を最大限引き出す演出家や役者の存在にも喜びを感じた。
「言葉」に惚れ込むというのは本当にあり得る。
乱歩から隆子へ幾重にも積み重ねられた嘘、嫌味、罵りの言葉の数々。
しかし、その奥底で微かに光り続けている大切な言葉をひたすらに信じ続けている隆子。
乱歩にとっては、一瞬生まれた思いをただ言葉にしただけなのかもしれない。
でもそんな乱歩の恋文に秘められた真実。
隆子は奥底で眠っていた光を、無理矢理にでも引きずり出す愛と根性に溢れた女性だった。
乱歩と彼女は正反対。
地に足を付けて生きている隆子は、乱歩にとって目障りな存在であったのかもしれないが、
隆子との絆が切れなかったから、乱歩は生きていられたのかもしれない。
この世で一番大切で愛しい言葉を与えてくれた乱歩から隆子が離れるはずがない。
予想通り、期待通りに乱歩の元に駆け戻ってきた隆子が、
おかしくって、いじらしくって、いとおしくって泣けた。
私たちも隆子と一緒に乱歩を見つめ、
そして隆子と乱歩と一緒に芝居という危うげな夢の世界から、
現実の世界へと帰って来た。
香の匂いはもうしない。けれど、記憶には残る。
演劇ユニット てがみ座 第三回公演
『乱歩の恋文 失踪した乱歩をめぐる幻想追跡譚』
脚本◇長田育恵
演出◇扇田拓也（ヒンドゥー五千回）
出演◇西田夏奈子 岡野暢(身体の景色) 稲葉能敬(劇団桟敷童子) 久我真希人(ヒンドゥー五千回) 和田真季乃 神保良介 尾崎宇内 境宏子(リュカ.) 金原直史 石井統 福田温子 中村シユン
●11/3〜11/10◎王子小劇場
＜料金＞
前売：3,000円／当日3,500円
＜問い合わせ＞
てがみ座ウェブサイト http://tegamiza.net/
電話 090-1706-0061
劇場ロビー 03-3911-8142(公演期間中のみ)
【文/岩見那津子】
