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若手の演出家ながら数々の演劇賞を受賞して、つねに次の舞台が注目されている小川絵梨子と、演劇界でその演技力を知られた俳優たちが取り組む新しい作品、『帰郷/ホームカミング』が6月15日にシアター風姿花伝で幕を開けた。(30日まで)
 

この作品は、英国の詩人で劇作家であるハロルド・ピンターが1965年に発表した戯曲で、ロンドンの下町で男だけで暮らす労働者一家に、突然ある朝、長男が帰国したことによって起きる混乱と、そのなかで浮かび上がる世代間や男女間の闘争、アイデンティティの脆さや人間を金で売買する資本主義社会の矛盾を、ピンターならではの洞察力と鋭い言葉で描き出す作品である。
 

出演者は、一家の長である70歳のマックスに中嶋しゅう、同居しているその弟サムを中原和宏、アメリカで哲学教授として暮らしている長男テディを斉藤直樹、次男レニーを浅野雅博、三男でボクサー志望のジョーイを小野健太郎、そして長男の妻であるルースを那須佐代子が演じている。
 

このそれぞれ実力派揃いの俳優たちが、気鋭の若手演出家のもと、不条理かつ難解と言われるピンターの世界にどんなふうに取り組み、いかに魅力的に仕上げてみせるか、稽古中にその現場を訪れ、見せてもらった稽古シーンの一端と、演出家&出演者の座談会をお届けする。
 


【あらすじ】

ロンドンの下町に住む労働者階級のファミリー。もとは精肉業者でソーホーの顔役だった家長のマックス、やばそうな仕事をしている次男レニーとボクサーの卵の三男ジョーイという2人の息子、そしてマックスの弟でハイヤードライバーのサムが一緒に暮らしている。ある朝、学者としてアメリカで成功した長男テディが妻ルースとともに数年ぶりに帰郷した。ルースを見て父、叔父、弟たちは色めき立つ。そして...。



s_IMG_8643小川絵梨子

【稽古場レポート】
 

東京の下町の一角にある稽古場。ドアの前まで行くと、中からよく響く男性2人の台詞のやり取りが聞こえてくる。作品のなかに出てくる一家の主、マックス役の中嶋しゅうとその弟サム役の中原和宏が、男兄弟ならではのやや荒っぽいやり取りを行っている。自分たちの幼い頃の話をまじえながら、死んだ父親との絆をそれぞれ誇示する兄弟。家族ならではの愛憎を潜ませながらも、よく見られる日常でしかないようにも思える光景だ。


演出の小川絵梨子は、シーンが切りのいいところまで進むと、そこで演技へのサジェッションをする。内容はその言葉を発する心理を、具体的に論理的に読み解いたアドバイスで、作品と役への小川のイメージの明確さが伝わってくる。また、それによって俳優が動作や声音を具体的に変えていく様子は、演技派と呼ばれるキャストが揃ったこの公演ならでは。

 s_IMG_8611中原和宏・中嶋しゅう


物語のなかで大きな存在感で睨みをきかせているのは、元は精肉業でソーホーの顔役だった70歳のマックス。演じる中嶋しゅうは、年輪がもたらす渋さと色気がある俳優だけに、この物語の展開に説得力をもたらしている。小川絵梨子の演出意図に柔軟に反応して芝居が変わっていくのは、『今は亡きヘンリー・モス』(10年)や『橋からの眺め』(12年)に出演した経験と信頼関係があるからだろう。


マックスの弟サムを演じるのは中原和宏。幅広い役柄で映像で活躍中だが、舞台もSTRAYDOG公演や流山児★事務所などに出演、穏やかな風貌の裏に凄みを感じさせる俳優である。この家に同居する63歳のハイヤードライバーという役どころだが、タクシーではなくハイヤーというところに兄の生きてきた世界との違いがあり、複雑な内面をその風貌ににじませる。


s_IMG_8655浅野雅博

闇金融、あるいはマネーロンダリング? 謎めいた仕事で金を儲けている次男のレニー。今では経済的にこの家を支えているという傲慢さを父親とのやり取りでちらりとのぞかせる。この役を演じる浅野雅博は文学座の売れっ子男優で、こまつ座作品や最近の新国立劇場の『るつぼ』など、誠実で真面目な役柄が似合う俳優だが、この役ではいつもと違う冷酷さのようなものをのぞかせている。


この一家の三男でボクサーの卵のジョーイは小野健太郎。スタジオライフの劇団員として活動しているがTHE・ガジラをはじめ外部でもたくさんの舞台に出演している。この日はジョーイの稽古場面は見られなかったが、濃い男家族のなかでいちばん淡々とした空気感を醸し出している。


帰郷した夫とともに男ばかりの労働者一家に入り込むことになった長男の妻ルース。哲学教授を夫に持つインテリ階級の女性でありながら、官能性も振りまくという難しい役だが、演じる那須佐代子は、昨年度の紀伊國屋演劇賞を受賞した演技力には定評ある女優さん。しかも実生活では三人の大きな娘を持ち、この作品を上演するシアター風姿花伝のオーナーでもある。そんな人生の厚みがルースという女性の生き方に説得力を与えてくれる。
 


IMG_8624那須佐代子


【座談会】
出席者/小川絵梨子、中嶋しゅう、中原和宏、浅野雅博、小野健太郎、那須佐代子


これまで観たことのないピンターになる


──今回、小川さんがこの作品を選ばれた理由は?

小川 プロデューサーの中嶋しゅうさんと作品を作ろうということになって、いろいろ探していたときに、熊林(弘高)さんが面白いからと勧めてくれて、それで読んでみたら面白かったので。

──まず紅一点が那須さんについて話していただきたいのですが、性的なものを感じさせる難しい役どころですね?

小川 わかりやすく男性を惹きつけるというのではなく、男だけの中に女性が1人いて、ある程度開いた存在であれば、女性性は出てくると思うんです。那須さんはいろいろな意味で女性性を持ってらっしゃるだけでなく、上品さもあって、すごくぴったりだなと。

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──ルースはインテリの夫を持ちながら、家族の男性たちと関係を持つことになるのですね?

那須 今回の小川さんの演出の中で、そこはどうなんでしょうね。お客様はそう取られるかもしれませんけど、そうではないんじゃないかなとも思えるので。私も最初に読んだときは、典型的な悪女というか誘惑するような女性かなと思っていたのですが、小川さんとお話していたら、ルースは特別変わった女性ではないと。普通に暮らしている女性が、こういうシチュエーションでこういう家庭に入ってきたときに、自然にそうなってしまう、というような流れで作っていきたいとおっしゃったんです。本当にそんなことできるかしらと思っていたら、稽古をしているうちに、「なるほど、こういう時ならそれはあるわね」みたいな積み重ねができてきて。今回、小川さんが訳していらっしゃるということもあって、言葉もとても選んでくださっているので、これまでピンターをいろいろ観ていらした方にも、観たことのないピンターになるのではないかと思っています。そして、女性のお客様に共感していただけるものになるといいなと思っているんです。

──父親役の中嶋しゅうさんは、まさにイメージ通りという感じですね。70歳の役ですが、一家を支配する力とかセクシーなところとか。

一同 (笑)。

浅野 笑っちゃだめでしょ(笑)。

小川 難しい役だと思いますけど、年齢的にもぴったりですし、力のあるかたなので安心しています。

中嶋 僕は、最初に別の翻訳を読んで、全然おもしろいと思わなかったんです。でも熊林くんと小川絵梨子という2人は信用しているし、ある意味作品はなんでもよかったんですよ、小川絵梨子と一緒に作れれば。前に一緒にやった『今は亡きヘンリー・モス』に比べたら、内容はもっと複雑なんだろうなと思っているけど、僕は今、65歳で、今あるものしか見せられないけど、あとは絵梨子にまかせて。

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──役柄についてはどんなふうに演じようと?

中嶋 今までの俺のやってた経験では、小さな劇場でやる場合はよけいそうなんだけど、"匂い"みたいなものが必要なのかもしれないと思ってて、それぞれの役からそれぞれ得体の知れない"匂い"が出てくる。こういう役なんですよと説明したとたんにつまんなくなる。

──その"匂い"というのは、役同士の関係性から出てくるのですか?

中嶋 やっぱり翻訳と演出、キャストのそれぞれの関係性の中から出てきますね。

──その"匂い"みたいなものを出すためにも、力を持ったキャストが必要だったわけですね。

小川 稽古を始めて感じたんですが、すごくラクです。見てる方向とか行きたい方向とか同じ方たちなので。そのことはすごく大きくて、基本的に説明しないで、でもものすごく中は作らなくてはいけない。それは恐いし勇気がいるし、信じてもらわなくてはいけない。それをやってみたいとか好きだと思ってくださる人たちだったというのは一番大きなことなんです。
中嶋 まさにそういうことで、ときどき他の芝居を見たときに、「あの役もったいなかったよな」とか「あの役はもうちょっと違う人がやればよかったんじゃないか」とか思うことがあって。そういう意味では演出家だけの責任じゃないかもしれないけど、いちばん何が大事なのかということが抜けている芝居が多い気がしていた。今回は、中原さんとか健太郎くんとか、今まで知らなかったのが恥ずかしいくらいの方たちが来てくれたし、浅野のことはよく知ってるし。

浅野 しゅうさんは、あまり何も考えないでオファーしてくれたみたいで(笑)。

中嶋 絵梨子が気に入るだろうなと思ったんだよ(笑)。


【座談会vol.2に続く】 




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Runs FirsT プロデュース 

『帰郷/ホームカミング』

作◇ハロルド・ピンター

翻訳・演出◇小川絵梨子

出演◇中嶋しゅう、中原和宏、斉藤直樹、浅野雅博、小野健太郎、那須佐代子

●6/15〜30◎シアター風姿花伝

〈料金〉前売り¥4,500 当日¥5,000(全席指定・税込)

〈問合わせ〉ランズファースト 03-3234-5880(11:00〜18:00)

〈サイト〉 http://runsfirst.com/
〈劇場サイト〉 http://www.fuusikaden.com/



【取材・文・撮影/榊原和子】