観劇予報 : 笑いと涙溢れる藤山直美の人情喜劇『さくら橋』　公開舞台稽古レポート

写真／新橋演舞場

どんなことがあっても、明るく強く生きていく！　92年に森光子・山岡久乃らで初演された松原敏春の『流水橋』をもとにした、笑いあり涙ありの人情喜劇『さくら橋』が、8月2日から新橋演舞場で上演中である（27日まで）。初日の前日、マスコミ向けに公開舞台稽古が行われた。

戦後間もない浅草の街を舞台に、波乱万丈な生涯を明るく生き抜いていく女性の生涯を描く本作の補綴・演出は、新派をはじめ数多くの舞台を手がける齋藤雅文。

その逞しい人々の物語に命を吹き込むキャストは、どんな目に遭ってもくじけない河村花を、新橋演舞場へは１年８か月ぶりの登場となる藤山直美。身投げしようとする花に出会い、自分の店で働けと誘う質屋の女主人・丸井かねに加賀まりこ。花が一途に恋した三杉喬に、近年は新派の舞台でも活躍する市川月乃助。実の娘でありながら、花を「おばさん」よばわりする桃子に安達祐実。そのほか、花の恋敵であるお嬢様・浅倉みゆきに仁支川峰子、かねの店「かね升」の仲間には河西健司、ベンガル、石倉三郎などが脇を固め、いずれも個性豊かな実力派ばかりだ。

【あらすじ】

大阪から上京し、日本橋の呉服問屋で奉公していた河村花（藤山直美）は、若旦那の三杉喬（市川月乃助）と恋に落ち、身重に。二人で共に人生を歩もうと誘われ、店の金を持ち出した花だが、喬は昔の婚約者・浅倉みゆき（仁支川峰子）と駆け落ちしてしまう。花がショックで身投げしようとするところへ、金貸しと質屋の「かね升」を営む女主人・丸井かね（加賀まりこ）と番頭の幸造（河西健司）が通りかかり、身投げを踏み止まった花は、かね升で働き始める。

月日は流れ、大番頭の仙吉（石倉三郎）や店員の九郎（ベンガル）、幸造らが見守るなか、今やかねの片腕となった花。娘・桃子（安達祐実）は元気に育ったが、かねを「お母さん」、実母の花を「おばさん」と呼ぶ不思議な親子関係だ。そんなある日、突然かね升に喬が現れた。彼の言葉に花の心は揺れ動き…。
幕が開くと、舞台の中央にはさくら橋。人々が行き交うなか、橋のたもとでは傷痍軍人たちが楽器を弾いたりして、募金をする姿が見える。戦争の傷跡がまだ色濃く残る光景だ。この浅草の下町を舞台に、河村花の人生物語が綴られていく。

藤山直美の河村花は、恋人に何度裏切られても許す情の深さ、かねに厳しくされてもめげない逞しさが、まさにハマり役。時に女中部屋で、さくら橋のたもとで、かね升のオフィスでの喬とのやりとりでは一途でいじらしい女心を、桃子との関係では複雑な胸中を醸しながら、共演者も吹き出すほどのアドリブも絶好調で、役者の器量に改めて膝を打つ。

加賀まりこの丸山かねは、凛とした佇まいと江戸っ子らしいピリッとした口調が板につき、花の身投げを「面白そうなものが見れそうだよ」などと嘯くが、言葉の奥には人情味が感じられる。金を返さないやくざをあしらう様子や、身体を壊しても気弱さを見せないところに、女主人の矜持がある。

市川月乃助の三杉喬は、花に店の金を盗ませながら昔の女と駆け落ちし、よりを戻すには権利書が要るとけしかけ、とにかく女と金の始末が悪い。典型的なダメ男だが、颯爽とスーツを着こなす姿は立派な若旦那。悪気なくあっけらかんとして、愛されるダメ男だ。

安達祐実の桃子は、おきゃんでクールな娘。実母の花にぞんざいな態度を取りながら、結局は似たような道を辿るところは“この親にしてこの子あり”で、遠くて近い奇妙な母娘の絆を結んでみせた。とうに子役を卒業した今も、少女のような若々しさと可愛らしさは驚くばかりである。

また、かね升にずっと仕えながら、いつも花を側で見守っている河西健司の幸造の大きなやさしさ、実直でカタブツだと思っていた石倉三郎の仙吉が見せた意外な行動、どこかトボけてどこまで本気かわからない飄々としたベンガルの九郎など、かね升の魅力的な仲間たちが、なんともいい味を出している。仁支川峰子の浅倉みゆきは、喬との“くされ縁”でドンドン落ちぶれるが、令嬢らしい品のよさを失わず、嫌みがない。

花はもちろん、かねにも桃子にも喬にもみゆきにも、それぞれの人生で長い間にはさまざまなことが起こるが、誰ひとりとして、自分の人生を投げ出すものはいない。困難に遭い、目指していたのとは違う道へ進まざるえなくなっても、歩みだけは止めないのだ。

そんな登場人物たちを生き生きと造形するうえで、劇中で流れる時代時代の流行歌がよく効いている。どんなラインナップかは幕が開いてのお楽しみだが、たとえば「啼くな小鳩よ」は恋人を思う花の切なさを、「恋のバカンス」は桃子の若気のいたりを、「ヘビーローテン―ション」は明日への希望をと、場面場面で伝えたいメッセージを歌がしっかり引き受けている。

昭和22年の花とかねのさくら橋での出会いから、業平橋にスカイツリーが完成する平成24年まで、その間なんと65年。長い歳月の中で、かね升の人々も着実に年を重ねていく。だが、たとえ時代が変わり、街の姿が変わっても隅田川の流れは変わらぬように、人間の逞しさや強さも決して変わらない。地味でも懸命に生きる人々への愛情と信頼が込められた、心温まる舞台である。

写真／新橋演舞場

【キャストコメント】
開幕に際して、キャストからコメントが寄せられた。

藤山直美　父（藤山寛美）が松竹新喜劇の恒例公演をやらせていただいた夏の新橋演舞場に、娘の私が出演させて頂けるのはありがたいことやと感謝しています。私が演じる花は、騙されても喬のために一生懸命になる、そんな純粋なところを見てもらえたらええなと思います。初めてご一緒する加賀さん、月乃助さん、安達さんをはじめ出演者の皆さんと、一生懸命稽古を重ねてきました。いよいよ初日を迎えます。暑い夏ですけれども、このお芝居を多くのお客様に楽しんでもらえたら嬉しいです。

加賀まりこ　丸井かねという女性は、言葉はきついけれども心は温かく情もある。そういうところをうまく出せればいいなと思います。神田の生まれ育ちなので下町の情緒は知っているし、役作りへの戸惑いはありません。花道を使うのは今回が初めてなのですが、大好きだった藤間紫さんや山岡久乃さんに背中を押していただいて、精いっぱい歩いていきたいと思います。天才・藤山直美さんとの夏がいよいよ本番を迎えることにわくわくしています。

市川月乃助　直美さんとの初共演は、とにかく緊張の連続です。先日、この舞台の夢を二度も見たんです。直美さんのアドリブについていけなくて客席がざわつき出す。それほど緊張しているのでしょうね。三杉喬という人物は何をやっても許される二枚目で、ともすれば嫌な男になりかねないので、その時その時を真剣に生きているという強い思いで演じたいです。笑いの絶えない稽古場で、僕もこのような芝居は初めてなので、どうにかお客様にもその笑いや涙をお届けできればと思います。

安達祐実　桃子は生みの親、育ての親の両方からわがままに育てられたにもかかわらず、それに甘えることなく強く生きている女性だなと思っています。気の強いところはなんとなく自分に似ているようにも感じています。藤山直美さんとは初めてご一緒させていただきますが、やはり相当緊張します。「気楽にやって下さい」と言ってくださったのがありがたかったです。家族のような一体感のあるこの座組みで、千穐楽まで頑張ります。