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自分にしか聞こえぬ声、見えぬ景色をもった男、ヴォイツェク。彼はなぜ妻を殺めたのか――?

かつてドイツで実際に起きた殺人事件とその犯人の精神鑑定書をもとに、科学者で作家のゲオルク・ビューヒナーが遺したミステリアスな未完の戯曲を、赤堀雅秋(劇団THE SHAMPOO HAT)の脚本、俳優であり演出家の白井晃という初タッグでよみがえらせるのが、10月4日から赤坂ACTシアターで上演中の音楽劇『ヴォイツェク』である(14日まで。25〜27日は大阪公演)。


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タイトルロールのヴォイツェクを演じるのは、芝居・歌・踊りいずれも高い実力を誇る山本耕史。ヴォイツェクの内妻マリーには、08年のデビュー以来これが2度目の舞台となるマイコ。ヴォイツェクの友人アンドレースには、『ジャンヌ・ダルク』(10年)で白井演出を経験した石黒英雄。近所に住む少年カールには、ミュージカルでも輝きを放つ良知真次。鼓手長には、劇団桟敷童子の中心俳優である池下重大。医師には、小劇場を中心に映像へも進出中の半海一晃。老人には、舞台・テレビ・映画と活躍の幅を広げる春海四方。マルグレートには、女優・アート・執筆・ライブとその表現は枠に収まらない真行寺君枝。口上人には、THE CONVOY SHOWを立ち上げ、独自のエンターテインメントを追求する今村ねずみ。大尉には、舞台を中心にその風貌と演技力でどんな役柄もこなす団時朗。この難解な戯曲に挑むにふさわしい、若手からベテランまで個性豊かな顔ぶれである。
 

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【あらすじ】

兵士のヴォイツェク(山本耕史)は、美しい内縁の妻マリー(マイコ)、息子と共につつましく暮らしている。時に大尉(団時朗)の髭を剃り、時に医師(半海一晃)の実験台となり、わずかな日銭を稼ぐ日々だが、ある時、妻と鼓手長(池下重大)の浮気の噂を耳にする。マリーは、さまざまな場所で人目を忍んで密会を重ねる。いつしか奇妙な幻視と幻聴に苛まれ、妻への不信を募らせていったヴォイツェクは…。

初日前日の10月3日、マスコミ向けにプレスコールが行われた。場面は第5場。虐げられながらも、妻子を養うために休まずに働くヴォイツェクの境遇や人物像、マリーや周囲の人物との関係性などが、30分ほどの短い時間のなかでヴィヴィッドに描かれていく。


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ステージには、傷みのすすんだ大きな壁。薄汚れた格子窓が1枚、古びたドアが7枚。上から裸電球がぶら下がり、下手には小さな木の机やイス、木箱などが無造作に置かれ、小さな壁掛け時計もみえる。物理的には外界と通じていながら、それでいた隔絶された空気に満ちている。
 

作業着姿で現れたかと思うと、モップを手にストンプのような動きを始めるヴォイツェク。じきにモップを銃に持ち替え、同じことを黙々と続ける。そのドキリとするほど大きな音、壁の向こうで響く銃声…。扉が一斉に開いて登場人物たちが顔を出すと、生バンドが演奏を始め、物語の幕が開く。

今村ねずみの口上人が、独特の調子で観客に挨拶しながら、見世物小屋を案内するようにステージを動き回る。華やかな雰囲気、賑やかな音楽、光と闇が交錯するなかを、所在なくうろつくヴォイツェク。皆が「ヴォイツェク!」と呼ぶが、それが実際の声なのか彼の幻聴なのか、まだ誰にもわからない。何が始まるのかという期待と同時に、白い紙の上にポトリと落ちたインクのように、一抹の不安がよぎる。この時点ですでに、赤堀脚本と白井演出の術中にはまっているのだろう。


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山本耕史のヴォイツェクは、ただ働くことと妻子への思いだけでできている男のように思える。朴訥とした物言い、目を合わせずおどおどして、人の嗜虐心を煽る男だ。徐々に幻聴や幻視に苛まれていくグラデーションも巧みで、「人生は続く」などの歌では、台詞にならず抑制されたヴォイツェクの心情を力強く表現する。マイコのマリーは、下町女のように勝気で、お金をもってくるだけでちっとも傍にいないヴォイツェクに苛立っている。その美貌とどこか冷たい態度、シングルマザーのような孤独の影が、後の展開を暗示する。穏やかな口調で、真綿で首を絞めるようにヴォイツェクを卑しめる団時朗の大尉は、抜群の存在感。一見ヴォイツェクの理解者だがどこか屈折を抱える、石黒英雄のアンドレース。空気のようにそこにあり、神出鬼没でありながら、しっかり目を引く良知真次のカール。真行寺君枝のマルグレートは、マリーの友人でありながら未婚の母を蔑む態度や、あばずれた雰囲気を的確に醸している。若い兵士たちの単調で機械的な動きも、観る者の感覚にささくれのようなひっかかりを残して印象的。


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赤堀雅秋が容赦なく突きつけた人の弱さ、深いところに抱えた闇を、冷徹な白井晃の眼差しでコントラスト強くあぶり出し、三宅純の美しき不協和音がいろどる『ヴォイツェク』。そこに俳優たちが血肉を与え、立体化させたこの幻想的で入り組んだ世界観に、どこまでも引きずり込まれてほしい。
 


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プレスコールの終了後、山本耕史、マイコ、団時朗、演出の白井晃が囲み取材に出席し、インタビューに応えた。


【囲み取材】
 

──今回は精神を病んでいくという難しい役柄ですが、演じてみていかがですか?

山本耕史 やはり難しい役だなと改めて思うのですが、本を読んだ時に、ヴォイツェクは、周りとは違う視点で世界を見ているかもしれないけど、彼自身は純粋な気持ちで生きている人だなと思ったので、特殊な役をやっているというふうには考えませんでした。だから、人間として動物として、ストレートに舞台では生きられたらいいなと思っています。

──マリーを殺してしまうという重いシーンもありますが。

山本 すごい場所で殺すので、そこはビックリですよ。愛しているのはこの人、自分がやるべき仕事はこれというように、ヴォイツェクはとても情報量の少ない人で。その一つが欠けた時に自分自身が崩壊してしまうという。その部分では、もちろん人を殺めることはいけませんが、そこには彼の、もしかしたら絶対的な真実があったんじゃないかとは思うので、悲しくもあり、彼の人生を彼自身が生き抜いたと感じます。

──白井さんの演出は久しぶりですね。

山本 俳優さんとしても演出家さんとしても尊敬してますから、やってて全然迷いなく僕はここまで来れました。稽古期間はあればあるほどいいですが、キュッと短い期間でしたけど、いろんなトライができて、それは白井さんの構えるACTシアターよりもデカい気持ちっていうのがあったんじゃないかと思いますね。

──マイコさんは山本さんとは初共演ですが、率直な印象は?

マイコ ものすごく頼れるお兄様という感じです。お茶目なところもすごくあって、ふと見ると面白いことされてるので、注目してます(笑)。共演者の物まねとか(笑)。

──団さんは、山本さんとご一緒されての印象は?

団時朗 こんな若くして大成してて、二枚目で、女にモテてっていう役者はなかなかいないんでね、ぜひおこぼれをと思って後ろをついて歩いてますが、まだ何もないんですよ。

一同 あはは(笑)。

──今回は音楽劇というところで、難しい部分は?

 僕の場合は、演出家サイドから「こいつはこの程度でいいだろう」みたいなのがあるんで、歌にはそんなに私は参加していないので、その点は安心しております(笑)。

山本・マイコ あはは(笑)。
 なぜこういう(太めの)スタイルかというのも、私も40数年前はスーパーモデルでして(笑)、彼よりも(役柄の)位が上なので、いい制服を着て横に立つと、スッキリしたままだと、たぶん僕のほうが勝っちゃうなってことで(笑)。演出家と相談して、イージーではあるけど、ちょっと横幅を入れて、権威の象徴みたいに太らせてみました。なので、歌も一瞬巧そうには見えますが、ほとんど歌いませんので安心してください(笑)。

 

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──演出の上で一番苦労した点は?

白井晃 やはり複雑怪奇な世界なので、それを役者と共有するというか、この世界観を現出させるためにみんなを煽ってる部分があるので、皆さんのテンションを上げていくための稽古っていうのは、なかなかハードなものではありました。

──山本さんのこういうところを見てほしいというのは?

白井 少なくとも僕が今まで見ていた役柄にはなかったものにトライしてもらってるのは確実。そのなかでいろいろ模索しながらも、自分なりのヴォイツェク像を確立してくれているので、あとは彼の体のなかにヴォイツェクが染み渡っていくのを見守っている状況ですね。楽しみにしてます。

──改めて、『ヴォイツェク』はどのような作品に仕上がりそうですか?

白井 この作品は世界的には非常に有名ですが、なかなか日本では上演されてなかったので、こういう形で上演できる機会に恵まれたのはすごくありがたい。ACTシアターではやらないような演目で、思い切ったこともやっておりますので、なかなか面白い仕上がりになってるんじゃないかと思います。耕史君とは11年ぶりくらいにものを作りますが、すごく信頼できる男になってるし、マイコさんは、舞台はまだ2回目ですが、バレエをやっていたせいか立ち居振る舞いも美しいし、雰囲気も存在感もあるので、非常にいいコンビネーション。その周りでプレッシャーを与えるのに、団さんの迫力が非常にこの世界観を作っていただいてるので、本当に、今のプレスコールを見てて「これは行けるな」と(笑)。ぜひ皆さんに来ていただければと思います。

──この作品を上演するのが念願だったそうですが、そう思わせた作品の魅力とは?

白井 自分が生きていこうとする時に、社会との関わりは絶対的に必要ですが、ヴォイツェクが見ていた周りの社会が正気なのか、ヴォイツェクに見えていた世界が尋常なのか、わからないというところが魅力だと思います。我々の生きる社会も同じなんじゃないか、ということがメッセージになっていけばいいんじゃないかと思っています。



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赤坂ACTシアター5周年シリーズ 

音楽劇『ヴォイツェク』

原作◇ゲオルク・ビューヒナー

脚本◇赤堀雅秋

演出◇白井晃

音楽◇三宅純

出演◇山本耕史/マイコ/石黒英雄 良知真次/真行寺君枝/今村ねずみ 団時朗 他

●10/4〜14◎赤坂ACTシアター

●10/25〜27◎シアターBRAVA!

〈料金〉

東京公演/S席9,500円 A席8,500円(全席指定・税込)

大阪公演/S席9,000円 A席8,000円(全席指定・税込)

〈問合わせ〉

東京公演/チケットスペース 03-3234-9999

大阪公演/キョードーインフォメーション 06-7732-8888

http://www.tbs.co.jp/act/event/woyzeck/


【取材・文・撮影/塩田史子

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