観劇予報 : 命の輝きが詰まったミュージカル『ラディアント・ベイビー～キース・ヘリングの生涯～』

『ラディアント・ベイビー～キース・ヘリングの生涯～』がシアタークリエにて上演中だ（東京公演6/22まで、大阪公演6/25～26）。キース・ヘリングが駆け抜けた人生を、ビビッドに、スピーディーに描いている。命の輝きがぎゅっと詰まったミュージカルだ。

キースがエイズ発症の診断をされて絶望している時点から物語がはじまるが、彼の頭のなかでそれまでの人生がフラッシュバックしていて、子供時代、学生時代、友人たちとの出会い、地下鉄アートを描き、世間にアーティストとして認められる……などなど、さまざまなエピソードが時系列ではなく描かれている。ともすると、訳が分からなくなりそうなのだが、それらをまとめあげたのが、演出の岸谷五朗だ。

ストーリーテラー的な役割を持つ３人の子供たちが、舞台上のどこかでキースの人生を見つめ、深く関わり、彼が再び進むスイッチにもなる。子供たちのピュアなきらめきは、キースそのものでもあり、人間の一番真ん中にある大切なものだ。

柿澤勇人が、魂をこめて演じるキースから目が離せない。繊細で壊れそうだけれど、たまらなくチャーミングで、誰よりも生命力に溢れている。舞台の上で生きるキースが命を削る姿が痛々しく、だからよりいっそう愛おしくなる。「誰か教えてよ　心を黒く塗りつぶされたら　何を描けばいい……」と、絞りだした歌声が頭から離れない。

彼の人生のさまざまなエピソードが描かれるということは、キースの喜怒哀楽を振り幅広く表現しなければいけない。むしろ、人生を時系列で演じる方が、移り行く感情を演じやすいのではないかとも思うが、場面ごとに瞬時に変わる感情を的確に表現する柿澤の技量も見事だ。

キースを囲む３人の大切な仲間が、彼の人生に深く関わっている。生涯の友人で写真家のツェン・クワン・チー（平間壮一）、スタジオのアシスタントのアマンダ（知念里奈）、恋人でDJのカルロス（松下洸平）だ。それぞれの立場でキースと関わり、彼を支えた。

平間がキースを見つめる瞳の優しさが印象に残る。平間ならではのエネルギッシュなダンスを堪能できる場面もある。知念は、知的で愛情深いアマンダを演じた。キースに振り回されうんざりしていたが、次第に彼を支えるかけがえのない存在になっていく様子が自然だ。エイズの診断を受けて絶望するキースを支えようとするふたりの愛情は、平間、知念自身の優しさが重なって、柿澤に注がれているようだった。

松下がとても魅力的。色気があって、歌声もいい。特に、キースと別れた後のソロが切なく、低く個性的な声がリアルな声として心に届く。いつのまにこんなに魅惑的な声で歌うようになったのだろうかと正直驚いた。

メインキャスト以外のパワーもすごい。Spi、Miz、エリアンナがソウルフルな歌を響かせ、キースの両親を演じた汐美真帆と香取新一が芝居で牽引する。汐美はアンディ・ウォーホルも演じているが、クールで格好良く、宝塚の男役時代を思い出した。振付も担当した大村俊介を筆頭に、パワフルなダンスも見どころだ。さらに、キースの絵をモチーフとした舞台セットとカラフルな映像が重なって、立体的でポップな空間を作り上げている。

見どころのひとつでもあるディスコ「パラダイス」のシーンが秀逸だ。体がリズムを刻みたくなるビートと歌はもちろん、音楽の渦に身を任せ陶酔する客たちと、舞台ビジュアルなど、すべてが融合して感情を高ぶらされた。客席にいながら、ともにこの空間に身を任せる快感を感じる。この場面の最後には多くの歓声が上がる程、観客を興奮させている。

エンディングは、キャスト全員で「ここにいたい　終わらせたくない」と歌う「STAY」。キースが駆け抜けた人生に思いを馳せ、彼の人生が終わる瞬間をともに悲しんだ。真っ白な衣裳が、キースの魂の輝きをさらに際立たせている。

キース・ヘリングは31歳で短すぎる生涯を閉じた。彼が残した数々の作品の素晴らしさと、短すぎる生涯が生んだミュージカルは、生き方についても問いかける。どう生きて、どう終焉を迎えたいのか、それぞれに思いめぐらすだろう。キャスト、スタッフが一体となって生んだ日本初演が、さらに再演、再再演と続いていくことを期待したい。

キース・ヘリング（Keith Haring）1958-1990

地下鉄構内の広告板にチョークで絵を描くサブウェイ・ドローイングで一躍有名になった。アンディー・ウォーホルなどと並び称される1980年代アメリカの代表的な芸術家。この作品のタイトルでもある《ラディアント（光り輝く）・ベイビー》は代表的なアイコンである。大ブレイク後も根強い人気を保ち続けており、今もなお有名ブランドが彼の作品とのコラボ商品を展開。社会活動にも積極的で、彼自身がHIV陽性者だったこともあり、生前よりHIV/AIDSに関する活動に取り組んだ。没後、世界中で展開されている「Act Against AIDS」の最初のポスターにも作品が起用されている。

〈公演情報〉