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長塚圭史がロンドン留学中に初めて出合い、号泣しながら読んだという三好十郎の戯曲『浮標(ぶい)』。帰国して立ち上げた葛河思潮社の旗揚げ公演として2011年に初演、大きな反響を呼んで2012年に再演、そして3度目の上演が、8月4日にKAAT神奈川芸術劇場で初日を開けた。(7日まで、その後、全国で公演される)

【あらすじ】
夏も終わりの千葉市郊外の海岸。洋画家の久我五郎は結核を患う妻・美緒の看病に明け暮れている。生活の困窮、画壇からの圧力、不動産の譲渡を迫る家族…など苦境の中で妻の病気は悪化していく。戦地へ赴く親友の訪問を受けた数日後、献身むなしく美緒の容態が急変。その枕元で、五郎は必死に万葉の歌を詠み上げる─。

初演は1940年、泥沼化する日中戦争の影が忍び寄る時代を背景に、魂を込めて最愛の妻を看病する洋画家、久我五郎の精神の葛藤を通して、愛、芸術、社会、国家などの本質が深く切実に問いかけられる。
久我五郎には初演からこの役を演じている田中哲司、妻の美緒に原田夏希、そのほか実力派揃いの俳優たちが顔を並べる今回のキャストの中に、美緒の弟の利男として初参加する若手演技派俳優、柳下 大。作品の演出家であり医師・比企役でも出演する長塚圭史とともに、この名作への想いを語り合ってもらった。

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柳下 大×長塚圭史

忍耐力がいるし集中力もいる作品

──3演目になるわけですが、今回また上演しようと思った理由から聞かせてください。
長塚 まず初演時に、これは繰り返し上演していくべき作品だと思いました。70年以上前に書かれた作品でありながら、これだけ現在の僕らに響くことに感動したし、葛河(思潮社)版は極端にシンプルなセットの中で俳優の肉体と観客の想像力が劇を呼び起こすという、原始的な作りになっていて、こういう形で上演していけるなら、継続していきたいなと思いました。まあ隙あらばやりたかったんです(笑)。三好十郎をもっと知ってもらいたいという想いもあって。
──そういう意味では柳下さんにとっても、あまり馴染みのなかった作家なのでは?
柳下 三好十郎さんのことは今回初めて知りました。台本をいただいて、会話が昔の言葉で「せうか」とか書いてあるのを、どう読むのかというところから考えてしまって。最初の本読みをさせていただく前にちゃんと調べてルビを振っておいたのですが、当日、その台本ではなくて新しい台本をいただいたので、すごく焦りました(笑)。
長塚 ちょっと動揺してたね(笑)。あの旧カナなどの言葉遣いの難しさは、はじめは脳が拒否してしまって、今の言葉に変換して出してきたりするんだよね。僕だってたまにそうなっちゃうことがあるから。
──柳下さんは利男の役を演じるわけですが、キャスティングの決め手になったのは?
長塚 真っ直ぐに感性で向き合ってくるところと、この芝居はなかなか忍耐がいるんです。なにしろ4時間もあるうえに、田中(哲司)さんと原田(夏希)さん以外の人は出番が限られていて、稽古でも待っている時間が長い。忍耐力と同時に集中力もいる。そういうことに耐えられる俳優だと思ったので。
──柳下さんは長塚さんの稽古場に初めて入っていかがですか?
柳下 一番新鮮だったのは、僕はワークショップとかこれまであまりやってこなかったんです。稽古前にやることとかどれも初めてのことばかりで。
長塚 デモンストレーションみたいなこととかね。
柳下 はい。すごく大事だなと思いました。コミュニケーションが取れるし、芝居に通じるゲームもあったり。改めて演劇の原点を確認するというか、そういう機会になっています。
──それはプロデュース公演をする中で、共有のものを持つためということですか?
長塚 作品によりますけれど、この『浮標』に関しては散発的な出番でも同じ集中力で向き合っていかなくてはいけないということが、大きいと思います。もちろんともに同じ劇を作るためには年齢も出番も関係なく、1つのチームになることが大事で、とくに今回はツアーも多いですからね。

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人間が抱える矛盾まで見つめている三好十郎

──先ほど言葉の難しさが出ましたが、柳下さんは翻訳劇の『オーファンズ』もあの時代を演じるための苦労があったと思いますが、今回も76年前の戦争中の話ですね?
柳下 でも『浮標』は日本の劇なので、昔の話だからといって意味がわからないわけではないし、共感できる部分が沢山あるんです。翻訳物はその国の人たちの感覚が理解できないことがあって、うまく繋がらないとかそういう部分が出てきますが、これは台詞さえ入ればあとはどこにでも行ける。こういう道筋があってこういうことを話しているということが理解できれば、あとは自然に言葉が出てくるんです。
長塚 『浮標』に書かれていることは、基本的にこの国に生まれて育った人なら、それが生まれる前に書かれた時代のことであろうと身体が反応するんです。べっとりと残るんです。今回、3回目にして僕もまだまだ気づくことがあって、改めて見事な構成だし、日本人に響く美しい台詞だし、最後は「『万葉集』に立ち返っていくわけですが、『万葉集』なんてわからないなんて思っていても、決してわからないことはないし、僕らの血が喜ぶんです。もちろん登場する人物たち全員が、菅原(永二)さんの尾崎にしても、谷田(歩)くんの赤井にしても、もちろん五郎にしても、それぞれ高い知性を持っているので、当然台詞にも知性が要求される、そこに追いつくのが大変なんです。
──内面を吐露し合う会話がとても知的ですね。そして登場人物たちがそれぞれ、俗物だったりリアリストだったり、芸術と金銭の問題に躓いたり、今にも通じる日本人の原型を見る気がします。
長塚 基本的に実在のモデルがあって、その人物が抱える矛盾までちゃんと見つめて、しっかり書き尽くしているから、これだけ面白い人間模様になるんでしょうね。
──柳下さんは今稽古をしながら、この作品に感じることは?
柳下 最初に読んだときは、五郎が一生懸命に生きているんだなということしかわからなかったんですが、本読みや立ち稽古の間にどんどん色々なことが見えてきて、今はドラマの5話を一気にやっている感じがしています。それぞれの場にメインテーマがあって、そこでそれぞれ別の五郎の悩みがあって。それに、五郎が主役だと思っていたんですが、どの人もその時代にそれぞれの方向性で一生懸命に生きているという部分がだんだん見えてきて、最初は4時間というのは長い気がしていたんですが、長くなく思えてきたのは、中身の濃さが僕にも見えてきたからだろうなと。
──柳下さんの利男がメインのシーンは、海辺での京子(比企医師の妹)とのところですね。お互いに相手に本音を言わせるために仕掛け合うみたいな。
柳下 あのシーンは難しいです。恋愛が絡むような芝居はほとんどやってきてなかったので。
長塚 そうなんだ!(笑)。若い人たちの役は、利男も京子も話す人話す人で態度ががらりと変わる。そこが面白さでもあるし、難しくもあるんです。
柳下 そういうところを細かく見て演出してくださるので、次にトライするのが楽しみなんです。それをちゃんとやれたことによって、違う感情とか勢いとか出てきたりするのがすごく面白いし、演出を受けていて楽しいです。
長塚 僕は『浮標』はもう3度目なので、知っていることが色々あるわけです。それを隠したりするのもいやらしいと思うので、知っていることは出来るだけ話している。立ち位置がどうとかよりもなるべく大命題を話すようにしています。まあ大くんの演じる利男は明るい役だし、見ていて面白くなってくると、さらにチャーミングに見えるように具体的なことも言ったりしますが。でも大くんも皆もよく考えてやってくれていますよ。

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何度裏切られても人間に期待しようとする

──長塚さんはこの作品への思い入れがとても深いのですが、やはり五郎への共感が大きいのでしょうか?
長塚 異国で暮しているところで読んでしまったので、万葉の歌もそうですが、全ての言葉が凄いエネルギーで飛び込んできたわけです。でも、この劇の中に流れている万葉から続く伸びやかな時間や、僕たちは死者の上に立っていて、また僕らも一刻一刻死んでいっているという、そのことの現代性というか今に繋がっていることにうたれたというか、こんなに「時」を感じる劇が日本にあったんだと思ったんです。長い「時」の中の一瞬の「生」と一瞬の「死」。また、莫大に死んできて、これからも莫大に死んでいくであろうという戦争というもの。戦争の中、妻1人の「死」の前に苦悶する久我五郎の台詞はとても響いたし、その響いている状態がいまも終わらないわけです。
──五郎は周辺で起きるすべてに苦悶しますね。
長塚 肺病の奥さんで、それから芸術と金、画壇や世間、それに戦争に自分がまだ行かないということや、戦争というものの実態が見えないことも彼を苦しめるわけです。この作品がただのメロドラマと一つ大きく違うのは、大きな背景を提示しているということもあります。そして、この作品では三好十郎は戦争を半ば肯定せざるをえなかった。ギリギリの苦悶をしていますが、否定は出来なかった。なにせ検閲がありましたからね。それで戦後、大反省大会になるわけですが。この否定出来なかった戦争というのもこの劇の魅力のひとつであると思うんです。市井の人々の生活です。
──柳下さんの演じる利男は26歳で、遠からず出征が待っているわけですが、そういう状況をどう表現しようと?
柳下 戦争とはちょっと違うのですが、いつ死ぬかわからないという意識は僕も震災以後いつもあって、自分はたまたま被災していないけれど、いつ自分がそうならないとも限らない。でもどうにもできない。そういう歯がゆい感じとか不安とか、そういう感覚はこの作品に関わってからよけい強くなったし、つねに考えるようになりました。
長塚 2011年の震災で一度忘れかけていた「死」が身近になったわけですね。でも当事者でなければすぐに遠ざかる。そしたら今度は熊本で起きて、熊本出身の中別府(葵)さんなど熱い想いで、この作品に参加したいと言ってきました。それでも時間が容赦なく過去のものへと変えてしまう。時間が経つとどこか忘れそうになること、それをちゃんと思い出す装置として、演劇はそういう装置としてもあるわけですけど、それが非常に濃い作品だと思います。
──長塚さんはこの作品以外にも『胎内』に出演したり、『冒した者』を演出して、三好戯曲の理解者だと思うのですが、彼のどこに共鳴しますか?
長塚 彼の紡ぐ台詞が大好きというのはあるのですが、三好十郎の、この『浮標』もそうなのですが、裏切られるのだけれど、それでもなんとかして人間に期待しようとする。そこに僕は非常に好感が持てるんです。理想を追うから躓いて転ぶし、破られて叫ぶんですけど、どこかで人間に対して許そうと思っている。その人間くささというか、この劇で言えばとてもセンチメンタルなところが僕はとても好きですね。
──いわば万葉人に通じる素朴な激情のようなものを長塚さんも持っているのですね。
長塚 それはどうかわからないけど(笑)、そういう作品に惹かれるんです。木下順二もそうですが、裏切られた人の戯曲を上演することが多いのかもしれません。人間の美しさを信じていて、圧倒的な期待があるからこそ、絶望的に裏切られる人たちの作品が、愛おしいんです。

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なにがなんでも生きりゃいいんだ

──柳下さんも今の時代の若者ですが、演じる役はわりと激しい人が多いですね。
柳下 苦しい人好きですね。五郎とかすごく共感できます。4場に出てくる比企医師との会話で、あれも効かないしこれも無駄とか言われて「じゃあどうしたらいいんだよ!」と叫ぶ、あの気持ちすごくわかるんですよね。それに赤井が来た時の五郎の喜び方とか、すごく嬉しいだろうなと思うし、でもその親友が戦地に行く。「これでさよならだね」と言われた時の気持ちとか、どれもすごく共感して、すごく響くんです。
──ここ数年、次々に良い作品に出演していますが、そこで発見することも多いでしょうね?
柳下 自分はおかしなやつなんだなと思いますね。すんなりおかしな役に入れるので(笑)。でももっと色々な役に出会って、色々な感情を知りたいんです。新しい感情に出会うたび、「そうか、こういう気持ちってあるんだ」と感動しますし、それが楽しいので。
──では最後に改めて意気込みをいただきたいのですが。
柳下 五郎の台詞に「なにがなんでも生きりゃいいんだ」という台詞があって、それはすごく僕に入ってくるんです。あの時代に「生きる」ということがどれだけ大切なことだったのか。そして「生きた人たち」がいたからこそ今の時代があって、僕たちがいる、自分の祖父とか祖母が「生きてくれた」から自分がいる。そういうことをすごくリアルに感じるし、あの時代に僕が生きていたらどうだっただろうと考えるんです。そういうお芝居なので、今回「学生割引」があるので、ぜひ若い方に観ていただきたいです。4時間と長いですけど、哲司さんが身を削ってやっている五郎の台詞のどこかで響いてくれればと。絶対にプラスになるからと言いたい。だから若い人に沢山来てもらって、何か感じてもらえればいいなと思っています。
長塚 例えば三島由紀夫は文学者としても有名ですけど、三好十郎の書いたのは戯曲なので、そこまで知られていないわけです。でも文学的には同じくらい大きな存在であり、演劇の世界ではかなりの重要人物です。その人がここまで知られていないということはとてももったいない。宝のような作品がまだまだ沢山ありますから、まず日本人がもっと知るべきだし、そのためにも、古くさい形ではなく今に繋げようと僕らもやっているので、ぜひ観たことのない方にも足を運んでいただければ。4時間という長大な時間は必ず細胞に刻みこまれるはずなので、三好十郎に出会いに、その中に出てくる人たちに会いにきてください。

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 柳下 大・長塚圭史

やなぎしたとも○88年生まれ、神奈川県出身。06年、俳優デビュー。以降、映像や舞台で活躍中。最近の出演作品は、ドラマはNHK大河ドラマ『軍師官兵衛』BSスカパー!藤沢周平シリーズ『果し合い』(監督:杉田成道)など、舞台『熱海殺人事件 Battle Royal』ブロードウェイ・ミュージカル『アダムス・ファミリー』『真田十勇士』(13,15)『いつも心に太陽を』(主演)『オーファンズ』(企画・主演)パルコ劇場『LOVE  LETTERS』など。10月には本多劇場で上演されるDステ19th『お気に召すまま』(演出:青木豪)にオーランドー役、2017年1月ミュージカル『手紙』(演出:藤田俊太郎)が控えている。

ながつかけいし○75年生まれ、東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度でロンドンに1年間留学。11年「葛河思潮社」を始動。近年の作品に『夢の劇-ドリーム・プレイ-』(台本・出演)『ツインズ』(作・演出)『十一ぴきのネコ』(演出)『かがみのかなたはたなかのなかに』(作・演出・出演)『蛙昇天』(演出)など。また俳優として、NHK『あさが来た』NTV『Dr.倫太郎』WOWOW『グーグーだって猫である』シリーズ、映画『バケモノの子』、TOKYO FM『yes!〜明日への便り〜』など積極的に活動。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。


〈公演情報〉
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葛河思潮社 第五回公演『浮標』
作◇三好十郎
演出◇長塚圭史
出演◇田中哲司、原田夏希、佐藤直子、谷田歩、木下あかり、池谷のぶえ、山崎薫(崎のつくりは立と可)、柳下大、長塚圭史、中別府葵、菅原永二、深貝大輔(戯曲配役順)
●8/4〜7◎KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
〈料金〉¥6,500 U-25¥4,000 高校生以下¥2,000(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉ゴーチ・ブラザーズ 03-6809-7125 (平日10時〜18時)
●8/11◎穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
〈お問い合わせ〉プラットチケセンター 0532-39-3090(休館日を除く10 時〜19 時)
●8/13、14◎兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
〈お問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス 0798-68 -0255(10時〜17時 月曜休 ※祝日の場合翌日)
●8/20、21◎ 四日市地域総合会館 あさけプラザホール
〈お問い合わせ〉『浮標』三重公演実行委員会 070-5407-3925 (担当ウエダ 10時〜18時)
●8/28◎北九州芸術劇場 大ホール
〈お問い合わせ〉ピクニックチケットセンター 050-3539-8330 (平日11 時〜17 時)
●8/30◎佐賀市文化会館 中ホール
〈お問い合わせ〉ピクニックチケットセンター 050-3539-8330 (平日11 時〜17 時)/佐賀市文化会館 0952-32-3000
●9/2〜4◎世田谷パブリックシアター
〈料金〉1階・2階席¥6,500 3階席¥4,000 U-25¥4,000 高校生以下¥2,000(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉ゴーチ・ブラザーズ 03 -6809 -7125 (平日10時〜18時)
http://www.kuzukawa-shichosha.jp/bui/



【取材・文/榊原和子 撮影/岩田えり】




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