観劇予報 : 彩の国シェイクスピア・シリーズ２代目芸術監督に吉田鋼太郎が就任。記者会見レポート

今年５月に惜しまれつつ逝去した日本を代表する演出家・蜷川幸雄。彼が生きていたら81歳の誕生日という10月15日に、蜷川がライフワークとして精根を込めた「彩の国シェイクスピア・シリーズ」の２代目芸術監督が発表された。
1998年にスタート、シェイクスピアの全37作品の完全上演を目指す、彩の国さいたま芸術劇場の看板シリーズで、シェイクスピア時代にならって男性俳優のみで上演するオールメールや、３部作（『ヘンリー六世』）や２部作（『ヘンリー四世』）を再構成し１本にして上演するなど、様々な試みも加えて多くの観客を集めてきた。このシリーズ12作品に出演し、４作品で主演を務めた俳優で演出家の吉田鋼太郎が、このたびシリーズの芸術監督に就任し残る５作を手がけることが決定した。

就任記者会見として、吉田鋼太郎、彩の国シェイクスピア・シリーズを主催・制作する公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団理事長竹内文則と、制作の株式会社ホリプロ取締役ファウンダー堀威夫の三氏が都内のホテルで会見した。

堀威夫、吉田鋼太郎、竹内文則

【挨拶】

竹内文則（公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団理事長）

蜷川さんが亡くなられて5ヶ月でございます。私たち財団は蜷川レガシーをしっかり受け継いで、舞台芸術を更に創造し世界に発信していくべく第一歩を歩み初めたわけでございます。蜷川さんが遺してくれた最大の財産が「彩の国シェイクスピア・シリーズ」、これの完全上演に向けての体制整備が整いまいした。周知のとおり、「彩の国シェイクスピア・シリーズ」は、日本の公共劇場が初めてシェイクスピアの全37作品を蜷川さんの演出・監修でやる画期的取り組みでございます。1998年の『ロミオとジュリエット』から18年間で32作品を上演、埼玉だけで34万人のお客様に観ていただいた代表的シリーズになりました。海外でも４ヶ国６都市で上演して高い評価を得、今もなお各国から追悼公演をしたいとオファーが飛び込んで来ています。こういった状況の中で、吉田鋼太郎さんにシェイクスピア・シリーズの芸術監督に本日就任していただき、残り５作に采配を振るっていただくことになりました。

経緯は、亡くなる１ヵ月前の今年４月に病室で蜷川さんが、「鋼太郎が役者の面倒を見てくれるのを含めて、残りをやってくれたら本当に安心なんだがなあ」という言葉でした。私どもはホリプロさんとこの言葉をシェイクスピア委員会に報告し、（娘の）蜷川実花さんが新しく参加したシェイクスピア委員会で、本件が正式に決定されました。

蜷川さんは常々吉田さんに深い信頼を寄せて高く評価されていました。意欲満々で37作全部やる、完了した暁に特別バージョンの『テンペスト』をやると。なぜ『テンペスト』にこだわるのかと思っていたら、実は主人公プロスペローの最後の台詞に人生で関わった人々への感謝の言葉がある。蜷川さんはこれを、演出家が演劇に関わったすべての人々に感謝する言葉と読み取ったわけです。そして、その役をやるのは吉田鋼太郎しかいないと言われたそうです。

私どもはこの言葉を聞いて、後継者は吉田鋼太郎だと思った次第でございます。芸術監督に就任された吉田さんの第１作は来年2017年12月『アテネのタイロン』演出・主演で上演予定でございます。

堀威夫（株式会社ホリプロ取締役ファウンダー）

私どもホリプロは今や演劇界の宝物などといわれるようになったシリーズを第１弾から彩の国さいたま芸術劇場さんと一緒に作らせていただいて光栄です。このシリーズを鋼太郎に託したいという蜷川さんのご遺志を尊重して、今まで以上に彼を支えて、このシリーズのゴールまで見届けたいと願っております。

シェイクスピアを愛する一俳優の吉田鋼太郎を、現在のポジションまで引き上げてくださったのは他でもない蜷川さんです。最初に主役に抜擢していただいた『タイタス・アンドロニカス』では、本場のストラットフォードの舞台に立たせていただき、その作品の評価と共に、吉田鋼太郎が国際的な俳優といわれるようなポジションにまで持ち上げていただきました。これまでこのシリーズで12作出演のうち４本主役を務めているわけです。近年妙に映像の世界にまで幅を広げておりますが（笑）、一方で彼が自ら1997年に立ち上げた劇団AUNで、シェイクスピア劇をはじめとして多くの作品の演出を手掛けて参りました。とはいえ、世界の蜷川が築き上げたシェイクスピアシリーズの後を引き継ぐというのは、非常に勇気のいる決断である違いありません。当然のことながら私どもは社を挙げてバックアップしたいと思っております。

吉田鋼太郎（彩の国さいたま芸術劇場シェイクスピア・シリーズ２代目芸術監督）

本日は私のためにこんなに沢山来ていただきましてありがとうございますと言いたいのですが、こんなに沢山来ていただけるのは蜷川さんのお力なのだと感じています。改めてこの席に蜷川さんの跡継ぎという形で座らせていただきますと、逆に蜷川さんがいないという喪失感を感じます。寂しいなという気持ちと、蜷川さんが「鋼太郎にやってもらいたい」とおっしゃった、その遺志を受け継いでいかなければいけないという２つの気持ちの間を揺れ動いています。

僕がここに座っているのは運命のいたずらといいますか、運命といいますか。22歳の時にオーディションで唐十郎作、蜷川幸雄演出『下谷万年町物語』という芝居に出ることになり、それが蜷川さんとの出会いでした。主役のオーディションを受けて、それは落ちました。渡辺謙さんがおやりになったんですけど、その他大勢のオカマの１人という役をつけていただきました。蜷川さんは本読みをしないので、稽古初日にいきなり大きな稽古場で約100人のオカマの集まり、オカマの群舞というシーンをやりました。僕は22歳なのでオカマがよくわからないし、どう演じればよいのか、踊りもわからない。少し気押されながら適当な感じでやっていたら、蜷川さんに「そこのお前ー！踊れー！」と言われまして、「オカマで踊るんだ！オカマで踊れー！」と。もうそれで嫌になりまして、その日限り逃亡しました。でも100人のうちの１人なのでそのまますんで。それ以来おそらく蜷川さんとは一生会うことはないだろうと思いながら俳優人生を生きてきましたが、なぜかまた出会って、そして今の状況なので、不思議だなと思います。

約10年前から若手の俳優たちの演技指導係を仰せつかるようになりました。最初は『お気に召すまま』という芝居で小栗旬、成宮寛貴、２人の台詞をみてやってくれと言われ、小栗は僕の家まで押しかけてきて台詞を教えてくれと非常に熱心で、その芝居でかなり成長しました。それから蜷川さんに若手の指導をやってくれといわれ、なんとなく今日のことが始まっていたのではないかと思います。

唯一無二の蜷川さんにしかできないシェイクスピア・シリーズを引き継がなければならない。蜷川さんの血ですね。僕も沢山一緒にやってきましたから、僕の中にも蜷川さんの血が流れているような気がしています。素晴らしいビジュアル、老若男女みんながドキドキするような演出、並大抵のことではできないのですが、なかでも蜷川さんからきちんと受けついでいかないといけないものが、「言葉」だと思うんです。それが最終的に蜷川さんが全日程で稽古にいらっしゃることができた最後の芝居『NINAGAWAマクベス』でもおっしゃっていました。仏壇のセットが出来ていて、演出はもう出来上がっているわけです。そこに俳優が入っていくためには、先ず言葉を喋らなければいけない。俳優が言葉を喋らなければに蜷川さんのセットも演出もすべて台無しになる。蜷川さんは一番それをわかっていらっしゃって。まず喋ることだと。

色々な人が当たる壁なんですけど、シェイクスピアは詩で書かれていますから、先ず朗誦しなければいけない。次にぶつかる壁が、その朗誦に血と肉を入れていかなければいけない。台詞、会話にするのが最後で、少し壁が高くなってそこで脱落していく俳優が多いので、蜷川さんはいつもそれを危惧していらっしゃいました。「とにかくシェイクスピアは喋れなければだめだよ」と、最晩年までおっしゃっていて、僕はそれを目の当たりにしていますので、そのことだけは、受け継いでいきたいと思っております。蜷川さんがなさった自由な発想と自由なエネルギーで、しかもシェイクスピアは学者に見せるものではなくて芸能だと。蜷川さんの血と僕に流れている血と、両方を融合させて演出していくことが出来れば良いなと思っております。どうぞよろしくお願いします。

蜷川実花さんからのメッセージ（彩の国さいたま芸術劇場企画委員となった写真家・映画監督）

彩の国シェイクスピア・シリーズは、父がライフワークとして取り組んでいましたので、吉田鋼太郎さんが引き継いでくださることで、父も喜んでいることと思います。

【質疑応答】

──吉田さんは残り５本のシェイクスピア・シリーズの芸術監督ということですが、彩の国芸術劇場自体の芸術監督にも就任ということはあるのか？

竹内　現時点では蜷川さんがやり残された５本のシェイクスピアに関してのみです。館全体の芸術監督はその人の存在すべてを表していくと思うので、私どもは蜷川レガシー劇場として、更に蜷川さんの魂が宿る劇場として継続していくと思っております。もちろんその先には、レガシーを受け継いで当然新しい芸術監督さんをお迎えすると考えるわけでございますが、今の段階では残されたシェイクスピア・シリーズ５作をしっかりとやっていただくというのが私どものお願いです。

──『アテネのタイロン』は上演頻度の少ない作品だが今の時点で魅力に感じている点があれば。

竹内　『アテネのタイロン』は非常に変わった芝居で、日本でもほぼ上演されたことがない芝居なんです。難しいので演出は鋭意考え中です。メンバーは蜷川さんのところでやっていた人を沢山使ってと思っています。

──「言葉」以外に、吉田さんが蜷川さんと一緒にやってきて気づかされたこと心に深く刻まれたことは。

吉田　蜷川さんは目が見えにくくなっていて、「この頃本を10分くらい読んでいると目が霞んできて読めないんだ」と。あまり上演されたことのない芝居など、「どういう話なんだ」と聞かれました。説明すると「分かった」と。いざ稽古に入ると、的確にその芝居が持っているテーマやエッセンスを掴んでお出しになる。それも誰も考えたことのないような手段で。これだけは未だに不思議なんですが。とにかく発想が自由なんです。本場のシェイクスピアカンパニーはやるときに整合性を考える。やってよいこと悪いいことがある。突拍子もないことは本に書いていないからやってはいけないという縛りを皆さん感じていらして、シェイクスピアが持ついい加減な部分、桁外れたエネルギーが少し押し込められてしまう。蜷川さんはそこを完全に開放なさっている方なので、そこが学ぶべきところだし、学んで学べるものかわかりませんが、そこですかね。

──最後病院で「鋼太郎が役者の面倒をみてくれたら安心なんだかなあ」という、その言葉を聞いてどう感じられているか。

吉田　蜷川さんは蜷川さんなので、誰に跡を継いでもらおうなんて考えない人だと僕は考えています。「俺がいなくなったら終わりだ」と。蜷川さんはそういう人だと思っていたのですごく意外でした。お亡くなりになる前日に藤原竜也くんとお見舞いに行って、その時は口がきけない状態だったので、ただ手を上げたり、目を見開こうとしようとしながら、こちらの言葉に応えてくれようとなさっていたんです。もう少し早く行っていたら……。でも、きっと僕には直接おっしゃらなかっただろうなと、そういうこと言わない人ですから。

──吉田さんはシェイクスピアだけということですが、蜷川さんが芸術監督として創設した「さいたまネクスト・シアター」「さいたまゴールド・シアター」の今後は。

竹内　そのことが館全体の芸術監督になっていただかない部分に関わっています。鋼太郎さんは映像の世界でも人気者ですから、ゴールド、ネクストを今お頼みしたらパンクしてしまうし、事実上不可能です。だからそこを切り離したというわけです。

──再演ものの話が出たが蜷川さんは自己模倣を嫌う方だった。再演の出演者や演出は、蜷川演出を踏襲するのか、新たにやっていくのか。

竹内　これから一緒に制作するホリプロさん、蜷川家はじめ色々な方々と協議させていただくことになると思います。また軽々にお話できないんですけれど、私どもレガシー劇場として、再演ものも含めてしっかりやっていきたいということでございます。

──あと５作品となりましたシェイクスピア・シリーズ完全上演に向けて、吉田監督の意気込みを。

吉田　残っている５本は蜷川さんがやりたくないやつばっかりを残したんです（笑）。滅多に上演されない地味な歴史劇とかで、逆にそれは燃えるんです。シェイクスピアをずっとやってきた人間にとっては、ああしたい、こうしたいと思うところは沢山あります。蜷川さんだったらこうするだろう、俺はこうしたいというのを組み込み混ぜ合わせながら新しいものが作れればと思っております。

──さいたま芸術劇場は埼玉の発展を目的にしている部分があり、蜷川初代監督は貢献が大きかったが、埼玉の芸術文化の発展という部分に関しては吉田監督はどのように考えていますか？

吉田　街ぐるみ劇場になっているし、地方劇場であんなにお客様の稼働率の高い劇場はないです。それは蜷川さんの遺産のひとつで、稼働率を減らさないようにしなければならない。相変わらず埼玉に行けば面白い演劇が観られるんだと皆さまに思っていただけるような努力は怠らないようにしたいと思っています。

──数多い蜷川門下生の中で、後継者として選ばれた一番大きな理由はなんだとお考えでしょうか？

吉田　気が合うんですね。最初に出させていただいた『グリークス』の時に、沢山の人が出る長い芝居だったので、自分の出番になるまで２週間くらいありました。その２週間で色々な人が生贄にされ怒鳴り散らされているのを、俺もああなるんだなあと思いながら見ていました。自分の番がまわってきてなんとかやり終えた時に、蜷川さんが寄ってきてくださって、「吉田さん、何やってもいいから、好きにやってくれ」と。そして「僕は君を見ているから」ということから始まったんです。その時に僕は蜷川さんと何かが通じ合った気がして……。それからも色々なことがありましたけれど、ここ５年くらいは自由にやらせていただき、評価もしていただきました。晩年は人の前でも褒めてくださるようになり、「シェイクスピアを鋼太郎がいればなんでもできるな」とおっしゃっていただきました。そのことは嬉しかったです。もちろん厳しいこともいっぱいありましたけれど、僕を主役で抜擢してくれ、ここまで引っ張りあげてくれて。僕としては師匠、恩師という以上により父のように思っております。ひょっとしたら、その気持ちも蜷川さんに通じていたのかもしれません。もちろん恥ずかしく面と向かってお父さんとは言えませんが、それが伝わったのかなと思います。