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きたむらけんじの作・演出で、知的障害者の雇用問題を扱った傑作『幸福な職場〜ここにはしあわせがつまっている〜』が、世田谷パブリックシアターで1月26日に幕を開けた。(29日まで)
 
主演にはストレートプレイから2.5次元舞台まで幅広く活躍中の人気若手俳優・安西慎太郎、そして同じく数々の舞台に出演、映像でも主演するなど活躍がめざましい松田凌、またアイドル・グループSUPER☆GIRLSの新リーダーで、演技でも注目されている前島亜美、また特撮系映像や舞台でお馴染みの谷口賢志、実力派女優の馬渕英俚何とベテラン中嶋しゅうという豪華なキャストを揃えての舞台となっている。
 
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【あらすじ】
父親が病気に倒れたため、勤めていた通産省をやめて、急遽、会社を継ぐことになった大森泰弘(安西慎太郎)。その会社は黒板で使う“チョーク”のトップメーカーだった。慣れない経営に四苦八苦する毎日。そんなある日、養護学校の女性教師・佐々木友枝(馬渕英里何)が「来年卒業する生徒を雇ってもらえませんか?」と訪ねてくる。
養護学校の生徒とは、つまり、知的障害者。「そんな事情を持つ子を受け入れる自信がない」と断る大森。しかし、従業員の久我省一(谷口賢志)が何故か熱心に受け入れを勧めてくるので「職業体験」として期間限定で受け入れることを渋々と承諾し、知的障害を持つ少女、吉岡聡美(前島亜美)が工場にやってくる。
「うちの会社にそんな余裕は無いはずだ!」と従業員・原田亮輔(松田凌)は反発するのだが…その原田に聡美はほのかな想いを寄せ始める。聡美のために、簡単な作業を任せ、さらに新しい仕事も覚えさせたいと思う大森。しかし、覚えの遅い聡美にしだいにイラだちを隠せなくなる。だが、あることをキッカケに大森は、ささやかな奇跡を呼び寄せることになる…。

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この舞台は、実際に心身障害者雇用のモデル工場第一号となった日本理科化学工業をモデルにしているだけあって、登場人物たちの葛藤や思いが、リアルに生々しく迫ってくる。
背景になっている昭和34年(1959年)は、高度成長にさしかかった日本の転換期。劇中にも出てくるのだが、プロ野球でお荷物球団とまで言われた南海ホークスが伝統ある巨人を破り日本一に輝く。また、1964年の東京オリンピックのために、新幹線の着工が始まり、「オリンピックの次は万博だ」を合言葉に時代は一気に好景気に湧き始める。その一方で、三井三池闘争が起きたり、公害問題、水俣病も浮かび上がってくるという時代だ。
 
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物語は、チョーク工場の若き専務のところに、地域の養護学校からモデルケースとして知的障害者を雇用してくれないかという相談が舞い込むことから始まる。今でこそ雇用の道も確保されているが、当時は、一般社会に参加するどころか、知的障害という言葉自体への理解もなかった頃である。そんな時代に知的障害の少女を引き受けた町工場の、戸惑いと試行錯誤や奮闘、そして障害者とともに会社も成長していくという、まさに「幸福な物語」が、笑いや涙も織り交ぜながら、てらいなくストレートに展開されていく。

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最初は迷いながらもあえて知的障害の少女を引き受けた専務・大森を演じるのは安西慎太郎。通産省から父の後を継いで転身した青年が、血の通った経営者となるべく自らの想いに耳を傾け、少女の受け入れを決めるまでの葛藤や覚悟を、自然で温かみのある演技で見せてくれる。いい意味でのクレバーさもありながら、町工場の経営者として従業員の暮らしを背負う責任感と包容力を感じさせ、この物語の主人公として揺るがない存在感と牽引力が素晴らしい。

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受け入れに反対して会社をやめるとまで言う原田亮輔役には松田凌。理系で開発をしたくて入社してきたが、チョークの箱詰めや検品作業で生きがいを見つけられないままでいる。厚生労働省が最近発表したデータによると、入社後3年で離職する新卒者が32%以上だそうで、そんな現代の若者の社会での生きにくさ、「アパシー」にも通じる悩みを原田役の中に表現する。だが知的障害の吉岡との出会いによって、原田もまた成長していく。苦手な部分をフォローしてもらい、障害者に1人の人間として向き合うことで原田自身も変化し、やがて会社を支える画期的な開発へとつなげていく。そんな原田の変化を、松田凌は繊細で丁寧な演技で伝えてくれる。

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吉岡を演じている前島亜美がみごとだ。知的障害であり、なおかつ自閉症という難しい役柄に全身で取り組んで、返事のしかたや動作、目の泳がせ方から歩き方に至るまで吉岡聡美という少女になりきっている。障害があっても少女らしい感情もあれば、他者への思いもある。そして働くことへの喜びや生き甲斐は、健常者と少しも変わらない。そんな少女の純粋さやひたむきなまでの生命力を、真っ直ぐにいじらしく演じている。

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工場の従業員で吉岡に肩入れする久我省一役は谷口賢志。ときには笑わせときには泣かせる演技で良い味を出している。彼の妻はまもなく出産する予定で、いわば幸福な家庭の夫なのだが、人に言えない悩みを抱えている。その内面の葛藤を押し隠すように、職場で明るく振る舞う。そんな久我の苦しみを、吉岡の自立を助けようとする彼の想いの中で表現してみせる。

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養護学校の教師・佐々木友枝は馬渕英俚何。生徒への愛が全身からほとばしるような女性を、柔らかな物腰と笑顔で演じている。同じ女性として吉岡の心と身体を思いやる深さ、土下座までして知的障害者の雇用を頼み込む教師としての熱意、その表現の1つ1つが観るものの心を揺り動かす。それだけに終盤で大森のある計らいに号泣する姿に、ともに涙せずにはいられない。

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近所の住職である谷口欣太郎の中嶋しゅうは、この舞台を圧倒的な貫禄で引き締める。いわば大森のメンター(指導者)のような役割で、大森が悩んでいるとそっと声をかけ、勇気を鼓舞する。また、さりげない関わり方で、工場の人々や吉岡を見守り、励ましを与える。ベテランだからこその大きさで、作品世界に厚みを加えている。

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作・演出のきたむらけんじは、昭和34年という時代の、まだ人間関係がおおらかだった社会の豊かさを優しさとユーモアでしっかりと切り取って見せる。例えば、工場の窓から覗くと、毎日のように少女の母や祖母が電信柱の陰で見守っている話は、切ないようでいて、漫画『巨人の星』の星飛雄馬と姉明子を彷彿とさせたり、日本シリーズ話で巨人ファンと南海ファンの暗闘があったりと、細かいところでペーソスが効いている。

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また、舞台美術(中西紀恵)が空間を十分に生かしていて、工場の作業所、明るい窓、倉庫、二階には事務所と立体的で、さらに上方には昼と夜を表現するLEDのカーテンから光が流れている。ここは吉岡の色でしか物事を識別できないという部分へのメタファーとも受け取れる。
そういう意味では、チョークの材料を天秤にかけるというシーンも象徴的だ。人の幸せはいつも労働や政治や経済と天秤にかけられている。それらが釣り合う幸せな時代は、この国ではどんどん遠ざかっているような気さえするのだ。

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そんな中で、1つの会社とそこで働く人たちが、リスク覚悟で取り組んだ改革と、その大きな成果を描いてみせるこの『幸福な職場』という舞台。現実にあった物語だからこそ、大きな勇気をもらい、改めて人間の愛と優しさを信じさせてくれる感動の舞台となっている。

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【囲みインタビュー】

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この『幸福な職場』の公開舞台稽古と囲みインタビューが、公演初日の昼に行われ、安西慎太郎、松田凌、前島亜美、谷口賢志、馬渕英俚何、中嶋しゅうが登壇した。

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安西慎太郎(大森泰弘役)
作・演出のきたむらけんじさんと「仕事場は、不満や不安、いろいろなものを抱え込む場所だから、この作品を観た方が、明日頑張る材料を探し出してくれたらいいね」と話しました。僕の演じる大森は、知的障害者の方を受け入れることを最初は否定しますが、目先の幸せよりも、もっと大切なことに気づいて、雇用することの大切さを認識できる男です。懐が深くて、魅力的な人間です。そういうところを見て欲しいですね。

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松田凌(原田亮輔役)
知的障害者の方に居心地の悪さを抱く役で、そういった気持ちは、人はある瞬間持ってしまうものではないかと思います。そこに共感しつつ、原田亮輔が人間として成長していく様をお見せできたら。『幸福な職場』というタイトル通り、幸せの意味が色々と出てきますが、お客様に明日に繋がるようなものを持って帰ってもらえるようにできたらと思っています。

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前島亜美(吉岡聡美役)
重度の知的障害と自閉症を併せ持つ少女の役です。初めての経験なので、障害を持つことの意味や意義をしっかり考えながら、稽古に励んできました。最終的に感じたことは、知的障害を抱えても1人の人間の人生は変わりがないということです。夢もあるし、恋もするし、働く幸せを求めて、この職場で働かせてくださいとメッセージを届けていきます。そんな少女の姿に、今までに感じたことのない幸せを見出せていただけたらと思います。

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谷口賢志(久我省一役)
実際に現実に起きた出来事を舞台にしているので、みんなで大切に舞台を作ってきました。この6人での稽古場は楽しくて素敵な舞台になっていると思います。みなさんの現実に繋がっているお話ですから、お客様の幸せに繋がってくれたらなと思います。

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馬渕英俚何(佐々木友枝役)
とても有意義な稽古を経て、楽しんで、感じたものを伝えていきたいと思います。

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中嶋しゅう(谷口欣太郎役)
とても楽しいキャストと巡り会えて、その楽しさがお客さんに伝わってくれたらな。何でもいいから観てくれた方が元気で帰ってくれたら嬉しいです。

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〈公演情報〉
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舞台『幸福な職場〜ここにはしあわせがつまっている』
作・演出◇きたむらけんじ
出演◇安西慎太郎、松田凌、前島亜美、谷口賢志、馬渕英里何、中嶋しゅう 
●17/1/26〜29◎世田谷パブリックシアター
〈お問い合わせ〉公演事務局 03-3492-5300(平日14:00〜18:00)
〈料金〉7,800円(全席指定・税込) 

【アフタートーク】
・1月26日(木)19:00回:安西慎太郎、松田凌 
・1月27日(金)13:00回:安西慎太郎、松田凌、谷口賢志  
・1月28日(土)16:00回:松田凌、前島亜美、馬渕英里何  
・1月29日(日)12:00回:安西慎太郎、前島亜美、中嶋しゅう  
 ※MC(全日):きたむらけんじ 




【取材・文・撮影:竹下力】




トムプロジェクトプロデュース『萩咲く頃に』



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