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名匠山田洋次監督が、代表作である『男はつらいよ』を生み出す原動力ともなったほどに、深く愛し続けてきたフランスの国民的人情喜劇が、山田洋次演出×今井翼主演の音楽劇『マリウス』として3月6日、日比谷の日生劇場で開幕した(27日まで)。

フランスの人気作家、マルセル・パニョルによる戯曲『マリウス』『ファニー』『セザール』は、陽気でのんびりとした港町マルセーユに生まれ、その平凡で穏やかな暮らしに飽き足らず未知なる世界に憧れる青年と、彼を取り巻く人々を、優しく時に切なく描いたマルセーユ劇三部作と呼ばれて親しまれている人情喜劇。この作品に学生時代に接して以来、自身の心の故郷とも、また創作の深い鉱脈とも呼び、愛して来た山田洋次監督が、今井翼を主演に得て、今回満を持しての舞台化に着手。監督自身、自分が外国を舞台にしたオリジナルバージョンを演出する機会がくるとは思っていなかったという、奇跡の出会いが実現している。

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【STORY】
1931年、フランス・マルセーユ。あらゆる景色が大口を開けて笑っているかのような陽気なプロバンスの港町。セザール(柄本明)が経営するカフェ・ド・ラ・マリーヌは、暇を持て余した男たちが集まる町のサロンだ。店を手伝うセザールの1人息子マリウス(今井翼)と、魚介類を屋台で販売しているオノリーヌ(広岡由里子)の1人娘ファニー(瀧本美織)は、相思相愛の仲だが、互いにそれを打ち明けられず、2人が幼馴染の域をいつまでも出ないことに、周りの大人たちはやきもきしている。と言うのもマリウスは心の内で、こののんびりとした田舎町で一生を過ごすことに焦燥感を抱いていて、いつか船乗りになって大海原に出て世界をめぐるという夢を捨てきれずにいたのだ。
そんなある日、妻に先立たれた裕福な商人パニス(林家正蔵)がファニーを後添いに迎えたいと言い出したことから、2人は互いの思いをぶつけ合い、ついに結ばれる。ところがその折も折、マリウスに船に乗るチャンスが訪れる。ファニーを置いてはいけないと、夢を諦めようとするマリウス。だが、このチャンスを自分の為に逃したら、マリウスは一生後悔するだろう。そう察したファニーはマリウスの夢を叶える為、恋愛と結婚は別だと心にもない愛想尽かしをして、マリウスを長い航海へ送り出してしまう。しかしその後、ファニーは自分がマリウスの子供を宿していることを知って……

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上手から中央にセザールの店「カフェ・ド・ラ・マリーヌ」があり、下手には広がる海と、オノリーヌの屋台などがある町並みを配した舞台は、マリウスの乗る大型船の一部が登場するわずかな動きがあるのみで、ほぼ舞台転換もなく進んで行く。しっかりと作りこまれた風景は、美しくかつ正攻法で、所謂ケレン的な派手さはないに等しい。それは、映像やワイヤー処理などが組み込まれる舞台が増える一方の今の目で観ると、どこか懐かしさを覚えるような舞台作りに違いない。けれどもだからこそ、この舞台で生きている人々の心の機微が、手に取るように伝わる様が尊い温かさを生んでいく。

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父と息子、母と娘、愛する人の為をひたすら思う恋人同士、彼らを見守る町の人々。それらが醸し出す、温かで深く、また切ない愛が、胸に迫ってくる。この世界には本当の意味での悪人は1人も登場しない。それぞれが、それぞれを思い、良かれと信じて行動し、他人のことを自分のことのように案じ、思い合う。この真摯で温かい視線は、山田洋次監督のものづくりの中に常に脈々と流れている人情の世界そのままで、まだ100年にもならない近い過去に、フランスにこんな戯曲があり、それを愛した大衆がいたことに感動すら覚えた。しかもその世界を、山田監督が大切に心に深くおき続け、今、こうして日本で舞台作品として幕を開けている。それ自体が、まるで美しい夢のようだ。

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その奇跡に大きく貢献したのが、主演の今井翼の存在だろう。アイドルであり、また実直な演技者であり、長くフラメンコダンスに取り組んできた彼が主演者として登場したことが、元々ストレートプレイだった戯曲を「音楽劇」に再構築しようという、山田監督のインスピレーションの源になった。舞台にはジプシーが登場し、マリウスがギターの調べに合わせて踊り出すことに、なんの不自然もなく、台詞が歌になり、また歌が台詞になる作劇を見事に支える力となった。この効果は絶大で、舞台に華やぎと、感情の大きな発露とを共に呼び起こしている。

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その今井が表現する感情の振幅が大きいからこそ、マリウスが、愛するファニーや父親の存在に心を残しながらも、止むにやまれぬ未知なる世界に焦がれる気持ちが、決して自分勝手なものには堕ちない。平凡な日々こそが幸せだと思えるまでには、人はかなりの年輪を重ねる必要がある。ここではないどこかに、バラ色の未来を夢見るのは、若さ故の情熱に他ならない。きっと誰もがマリウスの思いに、自らの青春時代を重ねるだろう。マリウスをそんな愛すべき青年として表出した今井の力が、作劇の温かさと苦みとを共に引き出した見事な主演ぶりだった。こうしたケレンのない舞台の中心を担えると改めて証明したことは、今井翼という役者の将来にとって、さらに大きな成果になった。
 
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対するファニーの瀧本美織は、ひたすらに可憐でどこかに儚さもある美貌が、役柄の根幹を支えていた。愛する人の為に自らの思いを殺して身を引くというファニーの美学は、「如何に女性側から重さを家事させずにアプローチをするか?」といった趣旨の指南書がもてはやされるほど、恋愛における男女のパワーバランスが変化を見せている今の時代には、ほぼ絶滅危惧種と言ってもいい行動だと思う。にもかかわらず、それを古いとも、有り得ないとも思わせずに、ひたすら美しく舞台に描いた瀧本の、真っ直ぐな芝居と在り様はみごとの一言。特に瞳の力強さが印象的で、ファニーの決意を雄弁に語ってくれていた。初挑戦だというフラメンコも、今井にきちんとついてこなしていて頼もしい。

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この2人を取り巻く大人たちは、やはりセザールの柄本明が圧巻。息子であるマリウスを深く愛し、ファニーを嫁にと念願している父親が、思いもかけなかったマリウスの行動に、悩み、ファニーを気遣い、それでもやはり息子を愛し続ける。その表現の中に、空威張りや、意地の張り合いをコケティッシュに見せる呼吸が絶妙で、セザールの喜怒哀楽を見ているだけで、ホロリとさせられる力を放っていた。今更言うまでもないことだが、なんとも上手い、素晴らしい演技者だ。

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更に、マリウスとファニーの関係に大きな動きをもたらしていく、このドラマになくてはならない存在のパニスの林家正蔵が、実に良い味を出している。『東京家族』『家族はつらいよ』など、近年の山田監督作品常連の顔だが、その重用の理由がよく分かる、朴訥な演技とキャラクターが、パニスという役柄に生きていた。

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そうした、キャラクター性という意味では、セザールの友人のブランの綾田俊樹、ファニーの母オノリーヌの広岡由里子、オノリーヌの妹クロディーヌの田中利花、マリウスの友人ピコアゾーの阿南健治、渡し船の船長エスカルトフィグの有薗芳記などなど、登場人物たちが、マルセーユの港町に確かに存在していると感じさせる実存感を醸し出していることも見逃せない。

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山田監督が製作発表会見で、キャスティングの仕事は演出家の仕事の中でも非常に重要なもので、良いキャスティングができれば、作品の成功はほぼ約束されている、という趣旨の発言をしていたことに改めて思い当たるものだった。しかも、ソロもある役柄として作品に華を添えたジャニーズJr.の七五三掛龍也や、アンサンブルメンバーの中には元宝塚の則松亜海もいてコーラスを支えるなど、音楽劇としても、また人情物語としても隅々にまで山田監督の目が行き届いている。カーテンコールの粋な仕掛けも含めて、どんな世代の人が観ても、誰かに共感でき、また青春時代を思うことができる、心にしっとりとした余韻を残す舞台となっている。

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【囲みインタビュー】

初日となる3月6日の昼に通し舞台稽古が行われ、脚本・演出の山田洋次監督、出演者を代表して今井翼、瀧本美織、柄本明、林家正蔵が囲み取材に応えて公演への抱負を語った。

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前列/山田洋次、瀧本美織 後列/柄本明、林家正蔵
 
──いよいよ初日ですけれども意気込みを
今井 今回は改めて監督のもとでこういった役回りを頂きまして、尚かつ素晴らしい役者の方々のお胸をお借りして、本当に僕は大船に乗った気持ちで今いますね。
──今回はずいぶんフラメンコの披露もあるそうですが。
今井 南フランスのマルセーユを舞台にした物語ですけれども、監督がこれまで僕の踊りを見てくださっていて、今回このように生かしてくださって、そこにも感謝しております。
──監督、今井さんを見ていていかがですか?
山田 一番最初の読み合わせに比べると、別人のように素晴らしくなりましたね。彼が稽古の段階でこんなにも成長していくとは予想もしなかったです。本当に素晴らしいマリウスを作ってくれたと思います。

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──瀧本さんはいかがですか?
瀧本 初日という実感がまだないのですけれども、稽古でやってきたことを信じて皆さんと、監督、そしてスタッフさんと自分を信じて、今までやってきたことを大切に、ファニーとしてこのマルセイユで生きたいと思っています。
──新たなタッキー(瀧本)&翼として。
瀧本 とんでもないです!
今井 タッキー(滝沢秀明)も見に来てくれるかと思いますので、タッキーとタッキーが揃うことになりますね。
──嫉妬してしまうかも知れませんね!
今井 そうですね(笑)。
──お2人でフラメンコを踊るシーンもあるとか。
今井 そうなんです。あります。
瀧本 私は初めてなのですが、今までやってきたダンスの中で一番難しいなと思っているのですけれども、翼さんがすごくリードしてくださって楽しく踊っています。
──それはどういうシーンなのですか?
瀧本 最後の方ですかね。楽しみにしていてください。
──翼さんからどんなアドヴァイスが?
今井 いえいえ、そんなことは全然。先生がいらっしゃいますから、僕も生徒として。
瀧本 でも色々教えて頂きました。
今井 いやいや。マルセーユっていうのは、色々な国籍の人たちが行き交うところなので、当時ジプシーの人たちから教わった流れから発生した踊りを、2人で踊ったりというシーンもあります。
 
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──情熱を表現されたり?
今井 表現されたり(笑)したいですね。どうでしょうか。
──柄本さんはいかがですか?
柄本 驚いたのは、映画の時、山田監督の『男はつらいよ』にも出させて頂いたのですが、山田監督の毛の量が変わらない(爆笑)、翼さんと山田監督がこうして並んでいて、毛の量が変わらないというのが。
山田 いや、でもあの頃はまだ黒かったですよ(笑)。
柄本 まぁ、そういう話はいいとして(笑)。『マリウス』という普遍的な話で、山田監督はやはり映画の監督ですので、演出的に舞台の方よりも丁寧な演出をされていて、もちろん色々なやり方があると思うのですが、やはり本(脚本)というものが我々の大きな船になる訳ですが、その本がやっぱり大変に面白いと思っております。ですから山田監督が船長さんで、我々が乗組員になって、今日から良い船旅ができたらいいと思っています。

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正蔵
 そうですね。とにかく監督の演出で翼君、美織ちゃん、そして更に僕は昔からずっと柄本さんのファンで、客席で柄本さんの芝居を見て育ってきたので、本当に柄本さんの傍にいられるのが嬉しいですね。稽古場で汚いジャージとランニングでいると本当に汚いんですが(笑)、芝居がすごくてすごくて、本当に勉強になるなぁと思います。『マリウス』は船の物語なのですが、良い飛行機に乗っているような気分です。というのは翼の良さです(拍手と笑)。
今井 あ、ありがとうございます!
──お2人で踊りたいというような話も?
柄本 正蔵&明という話は1つもなかったですね(笑)。
──正蔵さん踊りは?
正蔵 ないです!
──歌は?
正蔵 ないです!
──ないんですね。ちょっと期待していたのではないですか?
正蔵 いえいえ、頑張ります(笑)。
──メイクは誰よりも濃い顔をされていますね?
正蔵 あ、そうですか?
瀧本 チークがね。
正蔵 あ、チークはこんな感じで仕上げてみました。くいだおれ人形みたいな感じで(笑)。

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──山田監督は大変思い入れのあるこの舞台が、今日初日を迎えるということでどんなお気持ちですか?
山田 初めてこの作品に触れたのはもう60何年前ですからね。その時になんて面白い本だろう、こんな芝居観たいなと思ってから、60何年ぶりにこうして実現して、なんだか夢みたいですよ。嬉しいです、とっても。
──『男はつらいよ』もここから着想されたということで、もしかしたら渥美清さんもご覧になっているのでは?
山田 そうですね。渥美さんが観て「面白いよ」と言ってくれる作品でありたいなと、僕は今でも映画を作る時にもいつも思いますね。あんなに見巧者な人はいない。この芝居も彼がいて「良かったよ」と言ってくれたらいいなと思っています。
──そういうお話を伺うと、翼さんも身の引き締まる思いではないですか?
今井 本当に先月の稽古場1ヶ月間と言うのは、毎日目が覚めるような思いで。また劇場入りすると、色々なものが具体的になっていくと共に、また背筋が伸びる思いです。繰り返すようですが、これだけ素晴らしい方々に支えて頂いて、僕は本当に毎日幸せだなと、喜びを噛みしめてやらせて頂いております。また、ちょっと話は変わりますが、僕は個人的に監督と連絡先の交換をできたことが、女の子に連絡先を聞いた以上に嬉しいことでした(全員から笑)。
──翼さんの方から監督に?
今井 あぁ、まぁそうです。話すと長いんですけれど(笑)、僕から連絡先をお渡しして、後から頂きました。
──監督とは毎日お会いになっていますけれど、連絡はしてみました?
今井 はい、1度しました。恐れ多いので…(笑)。

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──公演中は毎日お会いできますものね。これからですね(笑)。でも、このセットも床までが本当に素晴らしくて、これだけのものはなかなかないですよね。
今井 瀧本さんもそうなのですが、僕も本当に一瞬でしたけれども、昨年末にマルセーユに行って来まして、まさに映画でセザールのカフェになった場所に行ったのですが、本当にここから見える景色といい、中のこういった風情ある空気感にブレがないと感じました。
──この床でフラメンコをするんですね!今日は翼さん少し大きくなったかな?という風に見えるのですが、その靴のせいでしょうか?
今井 フラメンコシューズなので、普段より少し背が高くなっているかも知れません(笑)。
──気合いの入っているところで、何か少しステップを見せてもらえませんか?
今井 えっ?あ、急に言われても…(と言いながら、すぐさまステップを踏みはじめ、瀧本を促して2人でステップを鮮やかに決めて、大拍手が起こる)。
──もうバッチリですね!急にありがとうございました。踊りながら芝居も歌もということで、大変な時間になりますけれど。
今井 いえ、僕はもうこれほど幸せな時間と言うのはないと思っていますし、1日1日を大事に昨日よりも今日、という積み重ねが、僕の新たな道として開けるように精一杯頑張っていきたいと思っています。

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※えんぶ4月号(3/9発売)では、「今井翼・瀧本美織 対談」を掲載しています。お楽しみに!



〈公演データ〉
音楽劇『マリウス』
脚本・演出◇山田洋次
原作◇マルセル・バニョル
音楽監督◇長谷川雅大
出演◇今井翼、瀧本美織、綾田俊樹、林家正蔵、柄本明 他
●3/6〜27◎日生劇場
〈料金〉S席12,500円、A席7,500円、B席4,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉チケットホン松竹 0570-000-489(10時〜18時)
松竹ホームページ http://www.shochiku.co.jp



【取材・文・撮影/橘涼香】



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