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夏目漱石の文学作品として有名な『それから』を、3人(プラス日替わりゲスト)で観せる、本格的な舞台【文劇喫茶】シリーズの第1作目が、俳優座劇場で、5月3日から14日まで上演中だ。

原作は明治の終わり頃に、東京朝日新聞、大阪朝日新聞に連載された新聞小説で、『三四郎』(1908年)『それから』(1909年)『門』(1910年)というかたちで漱石の「前期三部作」と呼ばれている。
 
物語の主人公は長井代助(平野 良)という自称「高等遊民」。定職に就かず、毎月1回、本家の父親・長井得に金をもらいに行くという優雅な生活を送っている。その代助が友人である平岡常次郎(今立 進)の妻三千代(帆風成海)と恋に落ち、ともに生きる決意をするまでが描かれている。1985年には森田芳光監督、松田優作主演で映画化もされ、大きな話題となった。
 
今回は、その原作を劇団□字ックの山田佳奈が演出、平野 良、帆風成海、今立 進(エレキコミック)という3人が演じていて、さらにロシア文学に心酔している代助の友人である売れない文学者の寺尾を日替わりゲスト(この日は寿里)が演じる。

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江戸時代の終焉、そして新しい価値観が生まれた明治維新。文明開化とともにもたらされた変革は、生活から文化まで多々あって、欧米からのモダニズムという新しい文化が庶民を賑わす。それは「私、あなた、君、彼」といった、江戸時代にはなかった1人称や2人称という主語の導入に始まり、かつては「惚れた腫れた」で表現されていた概念を「恋愛」という明確な文字で区切る言葉の変革、そして、人間の怒りや喜びといった感情を、研究の対象としてフォーカスさせた哲学の輸入まで、枚挙にいとまがない。
それらの時代を体現し、大衆にアピールしていた文学者たちの代表的な存在として、理知的で批評的な森鴎外や、感情的に心情を表現していた夏目漱石がいた。特に夏目漱石は、西洋文化との対立や、神経衰弱(自身もそうだった)といった人間の内面を、近代人の自我の悩みとしてわかりやすく表現、大衆に幅広く浸透させた人気作家であった。

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そんな時代が、この作品では舞台装置でもわかりやすく表現されている。上手には、モダニズム溢れる鏡台が設置され、主人公の好きな外国のタバコがあり、洋服がかけられた衣装立てがある。中央から下手にかけて、少しずつ傾ぎながら円形に盛り上がった日本古来の畳敷きの代助の部屋は、影絵のように機能する障子、文机のような和家具、薔薇が活けてある小さな花瓶など、シンプルな和洋折衷の舞台装置だ。そして代助の元に、京阪から友人の常次郎が帰ってくるという知らせが届いて、舞台は進行していく。
まず、田中洋子の脚本が優れている。原作の口語体を活かし、「君、わたくし」など時代がかった主語をセリフに盛り込みつつ、2017年の会話としてもスムーズに機能させ、当時の時代背景と、普遍的な恋愛ドラマを観客にわかりやすく伝える。セリフは膨大だが、決して理解しにくいことはなく、かつ当時のモダンな時代を感じさせる絶妙なバランスで成立している。

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とはいえ出演者のセリフは多い。それを見事にこなさなければならないのが、主人公・長井代助役の平野 良。代助は30歳にして定職に就かず親に無心して生活している高等遊民で、今で言えば裕福なニートといったところ。彼はその状態を悲観も楽観もせず、あっけらかんと受け入れている。畳に堂々と寝転がったり、頭をボサボサと掻きむしったりと呑気で、どこか現代にも通じる若者像だ。しかし、そんな様子は、友人の平岡常次郎が妻の三千代とともに東京にやってくることで緊迫感を帯びていく。昔は恋人で、今は夫を持つ三千代と再会し、禁じられた恋に落ちるというのっぴきならない状態になるにつれ、代助の精神状態も追い詰められ、苦悶に満ちた表情が多くなり、声の抑揚も変わっていく。その変化を演じる平野 良の豊かな表現に思わず惹き込まれる。

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代助の対立項として存在するのが、今立 進が演じる平岡常次郎。彼は京阪で銀行マンとして働いていたが、ある事情で退職し、東京で職を探して新聞社に入社する。彼は常に切迫している。生活のこと、生まれてすぐに死んでしまった子供のこと、心臓に疾患を抱える病弱な妻のこと。だが、そんな状況を人には見せず、ひたすら豪胆に見せるという前近代的な男性だ。同時に、そんなやり場のない気持ちを放蕩することで晴らす常次郎の屈託と、近代へドライブする時代への違和感を、今立 進はセリフと表情で丁寧に表現する。
また、この作品の見どころの1つでもある代助と常次郎の掛け合いは凄まじく、お互いに切迫した状況になることで、双子のように切っても切れない関係になっていく。いわば近代と前近代がせめぎ合う時代そのものを表現する平野と今立の対峙が圧巻だ。
 
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三千代の帆風成海は艶やかだ。着物の襟足から色香が匂い立ち、凛とした古風な佇まいの中に、病弱な役どころを繊細な雰囲気で演じている。妖艶さもあり、代助が禁断の恋だと知っていても惹かれてしまう説得力を感じさせる。代助から貰った指輪をつけた細い指の動かし方、番傘の下で見せる暗い表情、エプロン姿の朗らかな笑顔など、それぞれ現実の三千代でありながら、常にどこか遠い幽玄的な存在のようにも見えて、漱石の描く理想の女性の象徴として、透明感のある美しさで強い印象を残す。
 
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この日、ゲストとして登場した寺尾役の寿里は、緊迫した会話劇のコメディリリーフ的な役柄を鮮やかに見せてくれた。ロシア文学に傾倒し、売れない翻訳家として生計を立てている役だが、漱石のカリカチュアにも見えるし、どこかほほんとしているのは、神経質な漱石にとって憧れの存在、つまり代助のメンターのようにも受け取れる。寿里はその自由な演技で楽しませてくれたが、日替わりでのゲストたちが、どういった場面を見せてくれるか期待したい。

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演出は劇団ロ字ックの山田佳奈で、この文学作品を彼女ならではの新しい『それから』を作り上げてみせた。少ない人数での舞台だが、ゲスト出演者も含めて、周辺の人間関係を見せることで、原作世界の奥深さを膨らませる。また役者3人が織りなす三角関係のもつれを表すような淡いブルーやパープルを駆使した照明も、どことなくメランコリックでモダンな風情を感じさせて素晴らしかった。

人は常に何かに憧れ、常に何かに対してコンプレックスを抱いている。コンプレックスと憧れは紙一重で、その両義性を抱えながら人間は生きるしかない。それは現代人にとっても同様で、大切なのは折れない「こころ」を持つこと。『それから』は、西洋化の時代に留学での苦しい体験を経て、日本人としてアイデンティティで屹立しようとした漱石の姿も映し込まれていて、それは、21世紀の現代にも通じる普遍性でもある。もちろん漱石文学など知らなくても、男女3人の人間関係と恋愛ドラマとしても、存分に楽しめる舞台だ。

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【囲みインタビュー】

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 寿里、平野 良、帆風成海、今立 進
 
公開稽古のあと、『それから』の囲みインタビューが行われ、平野 良、帆風成海、今立 進、この回の日替わりゲストである寿里が登壇した。

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平野 良
3人WITHゲストの舞台ですが、基本的には3人芝居なので、濃密な時間が流れる演劇だと思っています。今立 進さんは最初に会った時から、前世で一緒に遊んでいたと錯覚を覚えるほど魂が近いものを感じます。帆風(成海)ちゃんは、おっとりしていて天然系だという前情報があったのですが、初めて会った時は、近寄りがたいぐらい和装が綺麗でした。でも稽古を重ねると、負けず嫌いで、不器用で、一生懸命で、ひたむきな帆風ちゃんで、すぐに仲良くなれました。この舞台は、色々な気をつけなくなければならないこと、役者として細かいところも見逃さないようにお芝居を繊細に積み上げなければ、伝わるものも伝えられない作品だと思っています。3人以外にも、全公演で9人のゲストがいらっしゃいます。その皆さんと稽古したのですが、皆さん味があるので爆発的な効果があります。それぞれの方の出番は少ないかもしれないですが、その場面はこの作品が跳ねて元気が出るので、見どころですね。公演中は体調を崩さずに、最後までいい作品を届けられたらと思います。

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帆風成海
最初に台本を読んだ時はセリフが膨大だと思いましたが、言葉の端々に感情や表情をセリフの中に込めていけたらと思っておりました。おふたりの印象は、最初は私が緊張して壁を作っていて、全然会話をしなかったんです。でも稽古に慣れると、みなさん仲良くしてくださって、今立さんは器が大きいからお父さん、平野さんは意地悪なお兄さんみたい(笑)。それぐらい仲良くさせてもらっています。舞台稽古では、照明もついて、セットも加わり、舞台の力で感じることもたくさんありました。毎日変わるゲストの方にも、お力をお借りして、千秋楽までバージョンアップできたらいいなと思っています。

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今立 進
普段はエレキコミックという芸人をやっています。この話をいただいた時に安うけ合いをしたら大変なことになってしまいました(笑)。3人舞台ということで、やるからには一生懸命やろうと思います。これまでの稽古の結果、5キロ減量できました。『それから』ダイエットを日本中に広めていきますよ(笑)。膨大なセリフに追われていたので、稽古開始1週間ぐらいは、台本と個人的に向き合うばかりでした。1週間ぐらい経ってから、演出の山田さんから会話をしませんかということで、みんなでちょっとしたフリートークを始めてから和気藹々と進んでいきましたね。立ち稽古も早くて、山田さんも丁寧に演技をつけてくださいました。繊細な空気感と同時に緊張感を皆さんにお届けしたいと思っています。

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寿里
僕はゲストですが、袖から観ていて、美しい作品だと思いました。約100年前に書かれた本で、その時代を生きた人たちの空気感も前面に出ている作品だと思います。僕は平野 良くんと絡むだけですが、3人とも良い雰囲気を出してくれるので、楽屋に入ってからものんびりとした時間を過ごさせていただきました。本当に仲が良いカンパニーで、今度は客席から観たいですね。ゲストという役どころは、そんな空気を1回壊す役柄だったりするので、楽しみたいと思います。

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〈公演情報〉
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【文劇喫茶】シリーズ第一弾 舞台『それから』
原作◇夏目漱石
脚本◇田中洋子
演出◇山田佳奈(□字ック)
出演◇平野 良、帆風成海、今立 進(エレキコミック)
日替わりゲスト◇:
3日(水・祝) 19:00 寿里
4日(木・祝) 14:00/19:00 水石亜飛夢
5日(金・祝) 19:00 /6日(土) 14:00/18:00 藤原祐規
7日(日) 14:00/18:00 碕理人
9日(火) 19:00 松本寛也
10日(水) 14:00/19:00 加藤良輔
11日(木) 19:00/12日(金) 19:00 佐藤貴史
13日(土) 14:00/18:00 宮下雄也
14日(日)15:00 米原幸佑

●5/3〜14◎俳優座劇場
〈料金〉プレミアムシート 9,500円(前方列/プレミアムシート特典付き)、一般席 6,500円(全席指定・税込)

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【取材・文・撮影/竹下力】




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