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感情が交錯する男女の、ギリギリのバランスと噴出するエネルギーと、他者への憧憬を哀感を込めて描いた二人芝居『ダニーと紺碧の海』。この作品が、今最も注目されている気鋭の演出家・藤田俊太郎の演出、そして、アイドルバンドグループTOKIOの松岡昌宏と、さいたまネクストシアターで蜷川幸雄から絶大な信頼を得ていた土井ケイトの出演で、新宿・紀伊國屋ホールで上演中だ(21日まで。のち兵庫県立芸術文化センター阪急 中ホールで27日〜28日まで上演)。

『ダニーと紺碧の海』は、第60回アカデミー賞で脚本賞を受賞した『月の輝く夜に』をはじめ、幾多の受賞歴を誇るアメリカの劇作家、ジョン・パトリック・シャンリィによって1983年に書かれている。大都会の片隅で、それぞれに深い孤独の中に閉じこもっていた男と女が偶然出会い、互いの魂が共鳴していく様を描いた二人芝居の会話劇となっている。

【STORY】
ニューヨーク、ブロンクスの深夜のバー。1人の男と1人の女が、同じ空間で別々の時間を過ごしている。男の名はダニー(松岡昌宏)。繊細過ぎるが故に傷つきやすく、心の痛みを暴力によってしか吐きだせない彼は、他者と理解し合うことが思うようにできない。
一方、女の名はロバータ(土井ケイト)。日々の生活に疲れ、また過去に犯したある罪の記憶に苛まれ、悔やむあまりに、自分は幸せにはなれない、なってはいけないと心を閉ざしている。
いつか二人は、互いを認め、警戒しながらぎこちない会話を交わしていく。近づいては離れ、離れてはまたわずかに近づきながら、二人互いがどこかに共通するものを持っていることを感じたかのように、その距離を縮めて行く。
やがて、二人のエネルギーはぶつかり合い、傷口をさらけ出し、心の闇を見せあい、「帰らなきゃならないのに、帰る家がない」ダニーを、ロバータは自室に招き入れる。更に深く触れあっていく二人。やがてダニーは、かつて参列した結婚式の幸福を語り、遂にロバータに結婚を申しこむ。一瞬驚いたロバータだったが、すぐさまその申し出を受けいれ、二人は自分たちの結婚式をどう執り行うかを語り合い、かつて経験したことがないほどの安らぎの中で、深い眠りに落ちる。
だが、そんな幸福な夜が明け、孤独から解放されたと歓呼に満ちた朝を迎えたダニーに、ロバータはあれは一晩の夢だったのだと言い、帰って欲しいとダニーを突き離そうとして……。

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舞台に接してまず驚くのは、この作品が30年以上も前に書かれた戯曲だという点だ。おそらく情報として知らされていなかったら、この作品が現在、2017年を描写していると信じて疑わなかっただろう。それほどに、作品に登場するダニーとロバータという二人の男女の発する言葉、抱える心の傷、鬱屈するエネルギーには、「今」を感じさせる生々しいリアリティーがある。いや、むしろSNSを通じて千人を超える「ともだち」がいることが珍しくないのに、心を割って話せる、リアルに目の前で感情をぶつけ合える、たった1人の「親友」がいるのかという問いには答えをためらい、あたかもそうした親友がいないことが気楽なのだと振る舞う現代の風潮の中にこそ、この作品のリアルは更に深まっているように思えるのだ。
その鮮やかな「今」の空気感と生々しさを表出したのは、戯曲に寄り添い、二人の役者が発する言葉、表情、互いの距離を、丁寧に描き出した藤田演出によるところなのは明らかだろう。

舞台はタブロイド新聞の雑多な紙面で埋め尽くされた壁の前にある、深夜のバーからはじまる。あたかもそれは、あらゆる情報に取り巻かれていながら、そのどこにも居場所がないダニーとロバータの心を映し出したかのようだ。そこで、初めは舞台の端と端、遠く離れたテーブルに座り、黙々と飲み食いをしている二人が、少しずつ近づいていく様が、実に危ういバランスの中で示されていく。
それは近づいたかと思うと離れ、更に近づいたかと思うと、自分のテリトリーに入ってくるな!と恫喝するダニーの荒々しい叫びで、また引き離される。けれども、二人はそこを出てそれぞれの家に帰ろうとはしない。なぜなら、ダニーには「帰らなきゃならないのに、帰る家がない」。だからロバータは彼を家に連れて帰る。けれども、連れて帰る家があるロバータにとって、その家は帰りたい家ではない。

この閉塞感と、孤独と、それ故の他者の理解への渇望を、水道の蛇口から静かに流れ続ける水、蝋燭、ウェデングドレスの人形など、細かいしつらえと共に、役者たちの言葉と行動で伝えていく様には、息苦しいまでの濃い空気感がある。だからこそ、タイトルが示す通りに、ダニーが見た深い、深い、紺碧の海が現れる終幕の見事さには、心を鷲掴みにされる力がある。それは、現代人が実は強く求めていて、でも求めていると表明することさえできなくなっている、深い愛と他者との生のつながりの尊さを、示してくれるものに違いなかった。この優しさと、ロマン。それは、数々の賞賛を集めた『ジャージー・ボーイズ』の成果を引くまでもなく、藤田俊太郎の演出作品に常にある美しさに通じている。この人の紡ぎだす作品はいつも、哀しみを湛えるほどに美しく、尊い。

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そう改めて感じて思い返す記憶がある。それは、初めて藤田俊太郎という演出家に出会った時のことで、その端正なマスクに驚き、何故俳優になろうとしなかったのだろう、と反射的に思ったことだ。そして、藤田が初めは俳優を志していたことを知って得心したのと同時に、彼が演出家へと人生の舵を切ったきっかけはなんだったのだろうかと、また考えたものだった。その答えを、この作品に寄せた藤田の言葉が語っている。俳優を志した藤田はこの戯曲を愛し、自分はダニーそのものだとさえ感じて、演じることを切望したが、師である蜷川幸雄から、「この話は難しいから今の藤田には無理だと思う。もっとハードルの低い戯曲を選びなさい」と告げられ、これほど素晴らしい戯曲の言葉を、自分の身体は何一つ語ることはできないと知り、俳優人生の終わりを感じた」と。今思うとそれが彼の演出家としてのスタート地点だったのだそうだ。
蜷川は「今の藤田には無理だ」と言っただけで、それは未来の可能性を閉ざしたものではなかったのだと思う。それでも、演じることへの思いを断念するほどに、この『ダニーと紺碧の海』が藤田に与えた魂の共鳴が大きなものだったからこそ、今、こうして演出家としての藤田が手がけたこの作品を、舞台空間に奇跡のように現れた美しい紺碧の海を、観ることができた。そう理解した時、何か天命のような、深い感慨を覚えずにはいられない。この作品が演出家・藤田俊太郎を生んでくれたことに、一観客として感謝したい。

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そんな作品を、自らの身体で構築した二人、松岡昌宏と土井ケイトの、肉体をさらけ出し、魂の慟哭までもを語りつくした演技がまた素晴らしい。
 
ダニーを演じた松岡昌宏は、いうまでもなくバンド形態のアイドルグループ、TOKIOのメンバーだが、ジャーニーズのアイドルグループの中で、まずこの「バンド形態」という形が数少ない上に、担当楽器が力感のあるドラムであること。また大人気番組『ザ!鉄腕!DASH!!』での、身体を張った奮闘ぶりが、彼に与えている骨太な土着の雰囲気が、ダニーという役柄に完璧に生きている。
心の痛みを吐き出す術を、暴力にしか見出せないダニーは、その衝動の強さを制御できず、自らの暴力が人を殺したかも知れないという恐怖に苛まれている。この恐怖を押し隠すために、ハリネズミのように全身で周囲を威嚇し、他者が1歩でも近づいたら叩きのめす、という凶暴性を顕わにしている。そんな男が、一夜にして、内に秘めている幸福な結婚式への憧れを語るのだ。
そのにわかに信じがたいほどのピュアなもの、あまりにも繊細な心を、松岡は乖離させることなく、ダニーという1人の人間の中にある思いとしてきちんと表現してくる。その確かな演技力と存在感が舞台を引き締め、最後に他者のために「赦し」を授ける役柄を、演劇というある意味の幻想空間の中でリアルに息づかせていた。この力量はただならぬもので、舞台出演は4年ぶりということだが、是非、継続して演劇の世界でも活躍して欲しい人材だと改めて感じさせられた。

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対するロバータの土井ケイトは、蜷川幸雄が主宰したさいたまネクストシアター出身で、退団後も蜷川作品を中心に、数々の大役を演じてきた実力派だ。その才能はまず佇まいから表れていて、ロバータがダニーに威嚇されながらもなお近づいていくという、考えればかなり無謀な行動なのだが、冒頭からやむにやまれる衝動が秘められていることを醸し出してみせる。そのことで、見知らぬ、しかもかなりの凶暴性を秘めている男が「帰らなきゃならないのに、帰る家がない」ことを見抜いて、女性が自室に招じ入れるという展開に無理を感じさせない。
更に、最も危険な水域にあると思われたダニーよりも、実はもっと深く危険な淵に、このロバータという女性が立っていることが見えてくる。終盤にかけての、その絶望と孤独が、強い光を放つ印象的な瞳に宿る様は圧巻だ。そして、そんな狂気をも秘めた演じぶりが、終幕の美しさへ帰結し、カタルシスを導いて見事だった。二人芝居を紡いだ二人が、共にこれ以上ないと思える適役だったことは実に幸福なことだ。

何よりも、藤田にとってこの作品が「希望」だったように、またダニーにとってロバータが、ロバータにとってダニーが「希望」だったように、藤田が演出し、松岡と土井が演じた『ダニーと紺碧の海』というこの舞台が、多様性が否定され、格差が広がり、他者とのつながりが希薄になる一方の2017年の日本の現実に、まるで希望の光のように輝いたこと。演劇の奇跡が今ここにあることに、感動せずにはいられない。今、少しでも生きにくさを感じている全ての人に観て欲しい舞台だ。


【囲みインタビュー】

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土井ケイト・藤田俊太郎

通し舞台稽古のあと、囲み取材が行われ、演出の藤田俊太郎、出演の松岡昌宏と土井ケイトがインタビューに答えた。
 
──いよいよ幕が開きますね
松岡 そうですね、稽古を1ヶ月重ねてきまして、二人芝居は初めてで、土井さんと2人、はけることなくぶっ通しで出ています。先ほど皆さんに観ていただいて、こういう感じなのかなという実感を、やっと覚えています。
──準備万端OKですか?
松岡 稽古場でしっかり作り上げてきているので、稽古場で作ってきたものをそのまま本番でも出せればいいかなと。
──ずっと喋りっぱなしですね。
松岡 喋りっぱなしです。もう夫婦漫才のように(笑)。
土井 (笑)。
──人付き合いが悪い男のわりにはよく喋ってますね。
松岡 ははは(笑)。昔から不器用な男というのは意外とよく喋るんです(笑)。
──藤田さんは蜷川さんの弟子ということですが、灰皿投げは?
松岡 ないです(笑)。いや、僕も幼い頃に事務所での演技レッスンを蜷川さんに付けていただいたことがあったし、ちょうど今日は亡くなって1年ということで、色々お話を伺ったりしています。でも藤田さんは藤田さんで、蜷川イズムを受け継いだうえで、こういう新しいご自分なりのレールを作られているわけで、僕らはそのレールに乗せていただいて、引っ張っていただくだけなので。稽古でも色々なアイデアをいただきまして、色々なことをやってみようと。1つのシーンでも、こだわらず何回も変えていくという、それは本番でも変えていきましょうと。そういう姿勢ですので、僕はとても楽しくやらせていただいてます。
──土井さんは藤田さんとは?
土井 私が藤田さんと知り合ったのは蜷川さんの演出助手をしていらした時代で、演出家の藤田さんとは初めましてなのですが、本当にまったく別の顔を見せていただいて、楽しいし、毎日刺激をいただいてます。

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──藤田さん、今の気持ちは?
藤田 松岡さんが言ったようにちょうど一周忌で命日で、その想いを込めて稽古しました。蜷川さんを大尊敬していますが、僕は怒号は飛ばさないので、愛情だけ飛ばしました(笑)。2人を愛して、ダニーとロバータとしてそこにいられるように、愛だけ渡して、あとは自分たちで舞台上で見せてくださいという稽古でした。とても優秀なおふたりなので、自発的に全部やってくれて、才能と優秀さと努力が備わるとこんなに良い役が出来上がるんだと。それぞれ毎日違うアプローチで稽古してきたので、その中できらめきが沢山あって、それが積み重なって、舞台上で改めて見せてもらうと、積み重ねてきたものは確かだったのだなと実感しました。
──ロバータはたいへんな女性ですが、松岡さん本人だったら?
松岡 速攻シカトしますね(笑)。ただ、たいへんな女性って、皆さん好きでしょ?(笑)でも、たいへんなもの同士がくっつくとこういうことになるのかと。だって2、3歳くらいの子供のケンカみたいですから。喜怒哀楽ははっきり出すし、思ったことははっきり言う。そこに隠し事はなく駆け引きもない。そうするとこういうパワーがぶつかるのかという。それを本で感じ、読んで感じ、演じて感じています。でも毎日これだったらたいへんだろうなと(笑)。
──ロバータはダニーに結婚してくれと言われますが、もし松岡さんから言われたら?
土井 もう、即答ですよね(笑)。ぜひ!と。でも私はロバータなので、ロバータは色々複雑なんです。でも、ダニーというキャラクターが、松岡さんが演じるからこそ、本当に愛すべきキャラクターになっていて、心から「え、なにこのひと!」と思わせるものを出されるので、とても感動的です。毎日、本当に勉強になります。
松岡 いや、嬉しいですね(笑)。でもこの役、体にけっこうくるんです。そんなに動いてないけど、やっぱり怒鳴ったりするので力が入ってるのかなと。節ぶしにきます。観るお客様も節ぶしに気を付けてください(笑)。
──藤田さん、改めて蜷川さんへの想いは?
藤田 もちろん観てほしいし、毎回その気持ちで作っています。でも観てくれていると思います。これだけ良い作品を、松岡さんと土井さんと一緒に、世界一の作品を作ったと思っていますから。毎日、蜷川さんのことは思っていますし、一生尊敬しているし、一生手の届かない方なので、これからも一生懸命がんばっていきたいと思っています。
──松岡さん、最後にお客様へのメッセージを。
松岡 40歳になりまして1発目の作品です。自分が経験したことのない扉を開けたいなと思って参加させていただきました。自分自身、毎日勉強になっている作品です。もしよかったら皆さん、ぜひ足を運んでいただければ嬉しいです。


〈公演情報〉
『ダニーと紺碧の海』
作◇ジャン・パトリック・シャンリィ
翻訳◇鈴木小百合
演出◇藤田俊太郎
出演◇松岡昌宏、土井ケイト
●5/13〜21◎紀伊國屋ホール
〈料金〉8.500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉パルコステージ 03-3477-5858(月〜土11時〜19時、日・祝11時〜15時)
●5/27〜28◎兵庫県立文化センター阪急中ホール
〈料金〉7.500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255(10時〜17時 月曜休 ※祝日の場合翌日)
公式ホームページ〉 http://www.parco-play.com/

 

【取材・文・撮影/橘涼香】





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