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まもなく 50 年を迎えようとしている青年座劇場。つねに新しい創造の場であるこの劇場で、今年は、演劇界注目の劇作家の新作が連続上演される。その第1弾として劇団チョコレートケーキの古川健が書き下ろす新作は、『旗を高く掲げよ』。タイトルは、国家社会主義ドイツ労働党(ナチス)の党歌から取っている。

1939年9月、ドイツ軍がポーランドに侵攻し第二次世界大戦が勃発。その前年から物語は始まる。歴史教師のハロルドは善良なる市民で、妻レナーテ、娘リーザ、妻の父コントラートとベルリンに暮らすミュラー家は、ごく一般的なドイツ人家庭。1938 年 11 月、ドイツ各地で起こったユダヤ人に対する組織的暴動事件(水晶の夜)直後、事件を受けて亡命を決意したユダヤ人の友人オットーが今後のドイツを憂える。レナーテはナチス支持者で、時流に乗らない夫に物足りなさを感じている。夫、妻、義父、夫の友人、妻の友人、それぞれの立場からナチスドイツを語る。その数日後、SS(ナチス親衛隊)の友人ペーターが、ハロルドに歴史の専門知識を活かした仕事をしてほしいとSSへの入隊を奨める。乗り気のレナーテに対し、二の足を踏むハロルドだったが、迷いながらもついに入隊を決断する…。

歴史上の出来事を題材に独自の視点で骨太な戯曲を創作する古川健。彼が今回掲げるテーマは「模範的なファシストは、模範的な市民でありえる」、言い換えれば、「模範的な市民は、模範的なファシストになりうる」。ナチス政権下、SS(ナチス親衛隊)という組織の中で生きる一般市民の意識変化を描き、現代日本人に警鐘を鳴らす。この作品で、物語の主人公ハロルド・ミュラーの同僚教師で、腕に障碍を持つブルーノ・コッホ役を演じる小豆畑雅一に、作品と俳優としての彼自身を語ってもらった。

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普通の人だからこそ変わっていくことがとても恐い

──古川健さんの作品に出演は初めてだそうですが、どんな印象がありましたか?
チョコレートケーキという劇団はすごいという話は前から聞いていて、いつかちゃんと見なくてはと思っていたところに、青年座の女優たちが参加しているユニットOn7が上演した『その頬、熱線に焼かれ』(作=古川健・演出=日澤雄介)を観ることができました。さすがというかすごい作品を書くなと思いました。
──今回はナチズムに席巻されていた頃のドイツを題材にしていますが、台本を読んで最初に感じたことは?
切り口がすごく面白いと思いました。市井の人たちの側から書いていて、面白いところを衝いているなと。そして、出てくる人たちはベルリンの街で暮らす普通の市民ばかりで、普通の人だからこそ彼らが変わっていくことがとても恐いと感じました。
──登場する人たちのほとんどは、状況の変化に気づきながらも流されていきますね。
大きな変化だと人は衝撃を受けると思いますが、少しずつ少しずつということで、気づかない。だからこそ恐ろしいですよね。それは今の時代にも言えることで、僕たちも色々なことでにじり寄られているなと。そういう流れで言えば、古川さんは歴史の切り取り方がすごくお上手で、大事な部分というか、状況が変化する部分をきちんと入れ込んで書いていますね。
──一番最初のシーンは1945年のベルリン陥落で、そこから〈水晶の夜〉の1938年に一気に戻りますね。そして何年かおきに状況の変化が描かれます。話の中心になるのは歴史教師のハロルドの一家で、彼らに関わる人たちがそれぞれの立場で出てきますが、小豆畑さんはブルーノ・コッホ役ですね。
ドイツ人でハロルドの友人、元同僚の教師です。腕に障碍を持っていて、そのせいでブルーノも少しずつ追い詰められていきます。ナチスが1933年に作った「遺伝病根絶法」によって、障碍者は生産性がない存在として扱われ、ユダヤ人ほどではありませんが、それに近い差別を受ける。そういう意味では(ユダヤ人とは)また違う切り口で、あの時代に起きたことを表現する存在だと思います。
──ハロルドとは仲の良い友人で、信頼し合っていますが、ハロルドの研究が上層部に気に入られたことでSS(ナチス親衛隊)に入隊することになり、2人はだんだん理解し合えなくなっていきますね。
ハロルドにしてみれば、単純に家族を食べさせるためとか喜ばせるためであり、戦争はいやだけど家族のためにということで流されていく。ハロルドがそうなっていく心理が、とてもうまく書かれています。ブルーノは先輩であるハロルドに憧れていた部分もあるのですが、そんなハロルドに次第に距離を置くようになる。ただ、ハロルドが最後までブルーノに対して人間同士として向き合っているのは救いです。

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稽古場撮影:坂本正郁

言葉に過不足がなくすっと入ってくるセリフ

──セリフなどに古川さんならではというところは?
読みやすいですね。内容の面白さもありますが、すっと読めます。言葉に過不足がないというか、盛る部分もなければ足らないところもなくて、すごく真っ直ぐ入ってくるんです。だから覚えやすいし、気持ちの流れが繋がっていく。「てにをは」を苦労して覚えたりしなくても、言葉がすっと出やすいんです。
──政治的な用語や状況説明なども入ってきますね。
それも人間の日常に即した言い方に落とし込まれていて、難しい話なんだと距離を置かれてしまわないように、言っていることがわかるという普通の感覚を大事に書かれているのがすごいなと。
──今回の演出は黒岩亮さんですが、小豆畑さんは何度も一緒の舞台を作っていますね。
劇団の中でも多い方じゃないかと思います。特に僕にとってターニングポイントとなる大切な作品を数多く演出してもらっていて、毎回大きな課題を与えてくれます。黒岩作品で印象深かったのは、劇団に入って4年目ぐらいの『パートタイマー・秋子』(作=永井愛/2003年)です。それまでワーワー喋ったりする賑やかな役が多かったんですが、この時は元引きこもりの役で。仕事を高畑淳子さん演じる秋子に取って代られ、泣きながら帰っていくという役でした。キャスティングが決まった時、口数も少ないし、元引きこもりだし、こんなに喋らない役どうしようと、ちょっとショックだったんですが、僕なりに一生懸命やってみたら、周りの人に面白かったよと評価していただいて、役者として1つ変化するきっかけになりました。その他にも『夫婦レコード』(作=中島淳彦/2004年・06年)とか、『こんにゃくの花』(作=ふたくちつよし/2005年)。あと『切り子たちの秋』(作=ふたくちつよし/2011年)なども印象に残っています。
──日本の現代ものが多かった黒岩作品が、今回はナチスドイツで、ちょっと異色ですね。
そうですね。僕は戦争の真っ只中という芝居にはあまり出演したことがなくて…、ですから、色々な映画を見たりして勉強しているところです。やはりあの時代の状況を、少しでも知っておかないと想像できない部分もありますので。
──黒岩さんからブルーノ役への要望はありましたか?
流れているリズム感を大切にと。戦争中であることや歴史教師のリズム。話は逸れますが、僕、わざとではないんですけど、よく誤読をするんです。台本をもらった時に、正解を求めないというか、勝手に思い込んだり、わざと乱暴に読むというか、それを稽古初日にやったりするんです。
──どんな部分を誤読するのですか?
自分の役に関してで、わざとではないんですが、もし間違っててもいいんじゃないかなと。もしかしたら作家も演出家も、思っていないことに気付けるかもしれないと思ったり、正解ではないかもしれないと思いながらも、自分の解釈で読んでみるんです。それが黒岩さん的には真逆を行っていたりして(笑)、でも、これは真逆なんだなとわかれば反対に行けばいいわけですから。それで今、ダメ出しが来ている状態ですが、そういう無駄も作品を作っていく楽しみではあると思うし。
──そのぶん解釈が深まる気もしますが、でも演出家からすると手間がかかる役者だなと?
その通りです(笑)。でもそれでベクトルがはっきりしたりするので。それこそ本読みをやった時と今では全然違うから、あ、こっちなんだなと思いながらやっているところです。

稽古場写真2
稽古場撮影:坂本正郁

天才だと思っていたら、もっと凄い才能の持ち主がゴロゴロ

──小豆畑さんの俳優歴も伺いたいのですが、大学は東京経済大学ですが、演劇の世界へ入った経緯は?
僕は広島出身で、まず東京に出てくるという目的で大学に入ったんです。最初はサッカー部にいたんですが、寮の先輩がゼミでブレヒトと寺山修司を研究していて、演劇研究会を作るということになった時、僕はゼミ生じゃなかったんですけど、たまたまバイクで事故を起こしていてサッカーどころではなくなっていたんです。そこで「小豆畑、今度ウチに参加して芝居やらないか?」と声をかけられたんですね。誘われたときは何の疑問も持たずに、「演劇か…ついにやる時が来たか」ぐらいの感じで、「じゃあやります」と(笑)。
──演劇をやる自分に違和感がなかったわけですね。
なかったですね。でも母親に電話をして、「サッカー部やめて演劇やるんだ」と言ったら「あ、そう。あんた何でも中途半端じゃけんねえ」と言われて、「えっ?」と。「中途半端」という親の評価を19歳にして初めて知って(笑)、「え、俺けっこうがんばって来たのに」とカチンと来て、「よし、演劇がんばってやるぞ、このやろう」って(笑)。今思うと母親なりのエールの送り方だったかもしれないんですけど、僕にとってはショックでしたね。そこから本気でやりはじめて。演劇研究会の劇団は「みつばち」という名前で、元「猫のホテル」の菅原永二くんとか、もっと後輩には山中崇とかお笑いの「たんぽぽ」の川村エミコとか、今も活躍している人たちが参加していました。
──そこから青年座を受けた経緯は?
先輩が就職活動をし始めていきなり演劇部が2人だけになって、「どうする?」となった時に、とにかく外に目を向けようということになったんです。当時、知り合いになった青年劇場の勉強会によく参加していたのですが、そのうち代表の福島明夫さんから「うち(青年劇場)に来るか?」と誘われたんです。「お前はバカだけど野心があるから制作をやってみないか?」と言われて。それで「わかりました」と言って内定みたいな感じになったんですが、その年の12月に卒業公演をやりまして、そこでお客さんが芝居を観て泣いているのを見ちゃったんですね。その時に、もうちょっと役者で勝負したいなと思ったんです。それで内定をお断りして、アメリカに行って俳優修業したいと福島さんに相談したら、「それより日本の劇団に入ってちゃんと力つけた方がいい。青年座か文学座の研究所を受けてみろ。受かったら大したもんだ」と言われて、「わかりました」と。両方とも受験して受かったんですが、その頃の青年座には、西田敏行さんがいらっしゃったり、竹中直人さんもご出身だったので、自分のタイプを考えると青年座の方がいいかなと思って青年座の研究所に入ったんです。
――その頃は小劇場演劇も隆んになっていたと思いますが、新劇を選んだのは?
大学の後輩もびっくりしてました。「え、新劇に行くんですか?」って。「劇団黒テント」に大学の先輩がいて、よく手伝いに行っていたので、小豆畑は小劇場へ行くみたいな空気はあったんです。でも「癖をちゃんと落としてやらないと長く続けられないから」と福島さんにも言われていましたし、やっぱり俳優を長くやりたかったので、基本から身に付けたいと思ったんです。
──青年座の研究所に入ってよかったなと思うことは?
具体的なエピソードを挙げていけばきりがないのですが、色々な意味で自分を知ることになったことですね。大学で演劇やってた頃は自分は天才だと思っていたんです。でも劇団にはもっと凄い才能の持ち主がゴロゴロいて、自分は凡人なんだと嫌と言うほど思い知らされた。そこから、背伸びしてもしょうがない。自分の声と体で、できることを精一杯するしかない。毎日ひたすら稽古するしかないと。そう思うようになってからは気持ちが楽になりました。
──色々なプロセスを経て、今、俳優のどういうところが面白いですか。
これは前からずっと思っていることなんですけど、お客さんの前でやることが大事で、観客席の空気を感じながらやるのがものすごく楽しい。お客さんを掴んだとか、掴めてないなら違うふうにやってみるとか、その日によってマイナーチェンジしてみたり、お客さんと駆け引きしたり、それがちゃんとできると楽しい。もちろん映像も面白さはあるんですけど、舞台がやめられないのはそこなんだろうなと。お客さんと一緒に呼吸できることが楽しいんです。

稽古場写真3
稽古場撮影:坂本正郁
 
歴史を詳しく知らない人でも、この芝居で何かを感じてもらえたら

──今、19年目ですが、青年座にいてよかったなと思うところは?
青年座は作品のジャンルがたくさんあります。家庭劇もあれば、歴史劇もあるし、コメディも文学作品もあります。幅広く色々なことにトライできるチャンスがある。それから、僕は今、演劇ワークショップを開催したり、舞芸(舞台芸術学院)で講師をしているんですが、そういう活動をさせてもらえることも有り難いなと思います。
──教えることで得るものも多いでしょうね?
生徒たちからはすごいエネルギーを貰っています。それに教えていると、演出家の言うことが少しは咀嚼できるようになって、テクニカル的にも上がったという実感があります。
──劇団でも中堅になって、大きな役どころを次々に演じることが多くなりました。これからの課題や目標は?
実は3年前からやっと、劇団の財産演目、『ブンナよ、木からおりてこい』(作=水上勉/1978年〜)に出られるようになったんです。僕の場合、17年かかりました。青年座に入った時、ちょうど「第3次ブンナ」(演出=鈴木完一郎/1992年―2000年)の公演中でしたが、それを観た時「僕にはできない」と思ったんです。命を扱う作品で、すごくシンプルで骨太で、今の僕には命を扱う作品はできないと。自分を天才だと思っていた当時の僕がそう思ったんです。あれから19年。今は「第5次ブンナ」(演出=磯村純/2012年〜)に「百舌」役で出演しています。
──『ブンナよ、木からおりてこい』は、1978年初演ということは来年で40年目を迎えるのですね。
「第5次ブンナ」としては今年10月の新国立劇場公演で一区切りとなります。ですから自分でも集大成にしたいなと思っています。
──演じてみて、やはり特別の作品だという手応えがありますか?
肉体的にも精神的にも、小手先が通じないというか、小手先でやったところで見てもらえないというか、芝居の握力がいるんです。芯にある太い何かを掴んで離さないでいないと、振り回されちゃうんです。それだけに終わった後、ほどくにも握力がいる。そういう役であり作品で、だからこそ劇団の財産であり、残り続けるのだなと。
──その経験を踏まえて、さらに目標も高くなったのでは?
そうですね。先ほど中堅と言っていただきましたが、自分ではいつも「若手のトップです」と言ってて(笑)。ただ、気持ちはそうでも年齢は上がって来ているので、今まで色々な演出家と一緒にやれてきた実績を生かしながら、これからも色々変化することを目標にしたいですね。
─今回もどんなブルーノになるか楽しみです。最後にメッセージをぜひ。
今回の『旗を高く掲げよ』というタイトルは、知らない人は知らないで過ぎていってしまうかもしれませんが、知っている人は色々なことを受け取るだろうなと思います。もちろん歴史を詳しく知らない人でも、この芝居を観て、そこから何かを感じてもらえればと思いますし、ナチズムの時代が背景にありますが、普通の人間の日常が描かれているので、観ている方にもきっと通じるものがあると思います。台本がとにかく面白くて、読みやすいので、これが面白くなかったら僕らの責任なので。
──自分でハードルを。
上げましたね(笑)。でも上げすぎたら下をくぐればいいので(笑)。いや、本当に素晴らしい本で、古川健さん独自の視点から描かれていますので、僕らはその世界をしっかり伝えられるようにがんばります。
 

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あずはたまさかず○広島県出身、1999年青年座入団。最近の主な舞台作品は、『フォーカード』(2016年、作=鈴木聡  演出=宮田慶子)『ブンナよ、木からおりてこい』(2015年〜17年、作=水上勉  補綴=小松幹生  演出=磯村純)『山猫からの手紙』(2015年、作=別役実 演出=伊藤大)『横濱短篇ホテル』(2013年・16年/作=マキノノゾミ 演出=宮田慶子)など。この10月には『ブンナよ、木からおりてこい』新国立劇場公演が控えている。
 

〈公演情報〉
青年座『旗を高く掲げよ』チラシ 
劇団青年座 227 回公演
『旗を高く掲げよ』
作◇古川健(劇団チョコレートケーキ)
演出◇黒岩亮
出演◇山野史人 石母田史朗 小豆畑雅一 豊田茂 嶋田翔平 鹿野宗健 渕野陽子 松熊つる松 田上唯 市橋恵
●7/28〜8/6◎青年座劇場
〈料金〉一般4,200円 U25[25歳以下]3,000円(全席指定・税込)※初日割引(7/28)3,000円
〈お問い合わせ〉劇団青年座 0120-291-481(チケット専用 11時〜18時、土日祝日除く)
〈青年座HP〉http://seinenza.com
 



【取材・文/榊原和子 撮影/竹下力】


 

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