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可児市文化創造センター制作のala Collectionシリーズ、その Vol.10『坂の上の家』が、11月3日〜11月10日まで吉祥寺シアターで上演される。
ala Collectionシリーズとは、新作主義の日本の演劇界に対して、過去の優れた戯曲に焦点を当て、リメイクして作品を再評価するプロジェクト。また、アーティスト・イン・レジデンスを基軸として、第一線で活躍するキャスト・スタッフが可児市に滞在しながら作品を制作し、サポートメンバーの尽力によって、質の高い作品を全国に発信していくシリーズだ。

第10作目に当たる本作は『坂の上の家』。マレビトの会代表で長崎県生まれの松田正隆が、1993年に発表、第1回OMS戯曲賞大賞を受賞した傑作戯曲で、1982年に長崎で起きた大水害を背景に、ある家族の関わりや愛情、人と人の絆や葛藤を、日常の情景の中で描いている。スタッフとキャストは文学座から多く参加、演出は高橋正徳、美術は数々の舞台で才能を発揮している乘峯雅寛、出演者は、『ヘンリー四世』『マリアの首』などに出演した亀田佳明、昨年の『お気に召すまま』で初舞台という鈴木陽丈、若手女優の大野香織。文学座以外からは、劇団四季『ライオンキング』に出演した若手の石丸椎菜、演技派のベテラン陰山泰など、個性豊かなメンバーが揃っている。
 
【あらすじ】
長崎県のとある坂の上の家。その家には、若い3兄妹が暮らしている。彼らには苦い記憶がある。1982年7月23日の長崎大水害。多くの犠牲者を出したこの災害で両親を亡くした。彼らはまだ幼く、父と母を失った家で兄弟で助け合って育ってきた。あれから5年…。社会人になった長兄の本上幸一(亀田佳明)、予備校生の次兄の本上慎司(鈴木陽丈)、妹で高校生の本上直子(石丸椎菜)の3人は、今も坂の上の家で一緒に暮らしている。夏の初め、長兄が恋人の佐々木陽子(大野香織)を連れてくることになった。もうじき、またあの夏の日が、両親の命日が巡ってくる…。

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天井から当たるスポットライトは控えめで柔らかく清々しい。上手の手前には、その時代でも使わないだろうという壊れかけのような扇風機。奥には茶色の座布団が5枚、そして黒電話がある。下手の奥に常に一脚の籐椅子があり、その手前には蚊取り線香が置かれたり、お土産が置かれる。中央には重そうなちゃぶ台。これが家族の、いや、兄弟たちの生きてきた人生の重さを象徴しているように見える。一家は1982年の長崎大水害で両親を失ったという事実があり、ちゃぶ台の重々しさでその虚無を埋めようとしているようにも見える。

この家、本上家の娘、直子(石丸椎菜)はこの時期、どういうわけか朝早く起きてしまう。両親を亡くした水害の時期だからだ。そこへ兄で予備校生の慎司(鈴木陽丈)がやってきて、どこでもある兄妹の会話が繰り広げられる。太陽が昇り、舞台がオレンジ色に光りだすと、あの日とは違う現在の彼らの1日が始まる。 
 
遅刻寸前の長兄、幸一(亀田佳明)は、呑気に新聞を読んで朝ごはんを待っている。彼は町役場の役所に勤めている。そんな兄を母親代わりに甲斐甲斐しく世話をする直子。幸一は今日の夕方、縁談の相手、佐々木陽子(大野香織)を連れてくると言う。色めき立つ弟妹。幸一の照れ隠しにも見える笑顔が嬉しそうだ。
夕暮れ時の雨が降るなか幸一が陽子を連れてくる。直子は得意の皿うどんを作り、ビールも用意して家族は陽子を歓迎する。だが、幸一と陽子は互いに気を使い合って、なかなか2人の間は進展しない。

そんな兄妹のもとへ、大阪から父親の弟、叔父にあたる本上善一郎(陰山泰)が、精霊流しの見物に本上家にやってくる。いつもと少し違う空気の中、いくつかの事実が明らかになってくる。幸一と陽子の縁談がうまくいかなかったこと。慎司は幸一のお金で通っていた予備校をやめて料理人になりたいと告白。さらに長崎で被曝した両親の元に生まれた病弱な陽子が大学病院に入院していること。必死で生きてきた家族は、ある種の崩壊感に襲われるが…。

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幸一役の亀田佳明は一本筋が通った九州男児で、何事につけ頑固で不器用だが、弟妹を守り通すという意思を感じさせる。少し猫背でスキップするようなリズミカルな歩き方が彼の持つ前向きな強さを表現しているかのようだ。
慎司役の鈴木陽丈は、少し引いて家族を眺めているようでもあり、つねに遠いところを見ているようでもある。心の中には葛藤があるのだが、兄や妹の前ではそれを感じさせないで、ノンシャランな雰囲気を無理に作っている。そんないじらしさを巧みに見せる。
直子役の石丸椎菜は、まさに気っ風のいい女子高生で、兄たちの世話を積極的に行い、家事に洗濯に活躍。やや大ざっぱなところもある女の子だが、兄たちを守りたいという健気な気持ちが伝わってくる。
佐々木陽子役の大野香織は寂しげな雰囲気を持っていて、その理由が見えないことで、どこかエロチシズムさえ漂わせる。
本上善一郎役の陰山泰は、父親たち三兄弟の末っ子で、意地っ張り。若い時に喧嘩をして、啖呵を切って大阪に飛び出していったことを話すのだが、それはどこか幸一と慎司の未来を暗示させるかのようだ。また彼は父親の遺品の浴衣を着るのだが丈が合わない。やはり彼は優しい叔父でしかなく、不在の父親の代わりにはなれないという距離感をリアルに表現する。

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この戯曲は松田正隆の代表作の1つといわれるだけあって、物語の構成が見事だ。兄妹3人を軸に、そこに他者が、つまり4人目(陽子、善一郎)が入ることによって、兄妹の秘密が明らかになったり、関係が壊れていったり、日常に亀裂が走る。しかし4人目がいなくなると、兄弟の絆がそれ以前より強くなり、家族として成長していくところが清々しく、人間の生命力を感じさせる。演出の高橋正徳は、そんな家族間や他者との関係性を、それが誰にでもどんな家族にでも起こりうる普遍的な出来事として、自然に生き生きと描き出し、観るものへと引き寄せている。
そしてその舞台を効果的に支えていたのがスタッフワークで、坂と家の中が見える開放的な空間、どこか静謐な空気を漂わせながら圧倒的な情報量を伝える家族の暮らす場所という、日常的でありながら美しい乘峯雅寛の美術。
音響の原島正治は、ガムラン、マリンバ、ピアノといった打楽器の音楽を場面転換時に流すのだが、転換明けに残るその音の余韻は、まさに夏の残りという雰囲気を醸し出す。
照明の阪口美和も、そんな音に合わせるように余韻を残しながら消えて行くライトで余白を感じさせる。また灯籠流しのシーンでは、格子戸からのスポットライトと映し出される影が目が眩むような美しさだった。 

可児市発信のプロジェクトとして、スタッフと俳優が現地に長期滞在して作った作品だからこそのチームワークの良さとクオリティの高さがあり、松田正隆戯曲ならではの繊細でリアルな人間たちの営みが、沁み入るように心を潤す舞台になっている。

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〈公演情報〉
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『坂の上の家』
作◇松田正隆
演出◇高橋正徳
美術◇乘峯雅寛
出演◇亀田佳明 鈴木陽丈 石丸椎菜 大野香織 陰山泰
●11/3〜10◎吉祥寺シアター
〈料金〉5,000円 学生券2,500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉石井光三オフィス 03-5797-5502(平日 12:00〜18:00) 
 

【取材・文/竹下力 写真提供/石井光三オフィス】



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