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詩森ろばが主宰する風琴工房の最終公演『ちゅらと修羅』がザ・スズナリで12月7日に開幕した(13日まで)。この公演を終えたあと、2018年からは、劇作家・演出家の詩森ろばと俳優の田島亮のユニットとして、新しい名前「serial number(シリアルナンバー)」で活動していくことになっている。

今回の『ちゅらと修羅』は、昨年、流山児★事務所への書き下ろした『OKINAWA1972』に続いて沖縄が舞台となっている。太平洋戦争では唯一の陸上戦の場所となり、その後は基地問題を抱えて、戦後日本のしわ寄せを一手に引き受けてきた沖縄。『OKINAWA1972』では、沖縄問題を沖縄裏社会と核密約という視点から描きだした。

今回は、映画『標的の村』で大きな反響を呼んだ東村・高江のヘリパッド基地移設反対闘争をベースに、沖縄戦から現在までなにも変わらない沖縄の現状を、タイムスリップSFものという、斬新かつ新しい方式でエンターテインメイントとして上演する。 

タイトルの「ちゅら」は、沖縄の言葉で「美しい」という意味。「修羅」は「醜い果てしない争いのたとえ」となる仏教用語。沖縄というひとつの場所に、どんな時も同時に存在してきた「ちゅら」と「修羅」を横断するスリリングな演劇として作り上げる。
そんな作品の稽古も大詰めという時期に、稽古場で詩森ろばに話を聞いた。

 

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ヤンバルの過去、近い過去、現在、そして未来
 

 ──流山児★事務所への『OKINAWA1972』に続いて、沖縄が背景になる作品ですね。
最初は続けて書くというつもりはなかったのですが、『OKINAWA1972』のために取材に行ったことで、沖縄という場所の深さに魅せられてしまったんです。沖縄は、ソーシャルな問題で言えば、戦後の日本の抱えるジレンマのようなものが集約された場所ですし、地理的なことで言えば、本土から離れた南にある島ということで、人も暮らしぶりもちょっと異なっている。そこが魅力でもあり、だからこそ本土側の勝手な理屈を押しつけられてしまう。そのイメージは以前から持っていたんですが、実際に行ってみて実感として感じることになったわけです。そして、これはどういうことなのかちゃんと考えたいなと。私は書くことで考えられるので、書こうと思ったわけです。 

──沖縄は江戸時代までは独立した「琉球王国」でしたから、今も民族的な誇りを持っていますね。日本はその誇りを色々な形で踏みにじってきた歴史があります。
日本人の意識としては、従属させた国だという意識を勝手に持っているわけですよね。日本人だけではなく、ある民族が他の民族を制圧して従属させるという構図は世界中にありますし、日本国内でも先住民族の土地を奪ってきた歴史があるわけです。私が生まれた東北にもアイヌの方たちが住んでいたわけですから。そういう国と国、民族と民族の埋まらない構図を、沖縄では目の当たりに突きつけられるわけです。 

──この作品の登場人物は13人ということですが、その1人1人の物語ということでしょうか?
というよりも群像劇で時代が飛ぶんです。おおまかに分けると4つの時代が出てきて、全員がその時代に移動していくので、1人1人の物語というより、全員で1つの大きな物語を想像させるという構造になっています。 

──具体的には、どんな時代が出てきますか?
一番さかのぼる時代は1945年です。最初は糸満などの沖縄戦の激戦地を描こうと思っていたのですが、最終的にヤンバルの歴史にこだわることにしましたので、沖縄戦もヤンバルの沖縄戦です。  

──ヤンバルというのは高江がある地域で、沖縄本島の北部の森林山岳地帯ですね。
独特の文化があるところで、そもそも明治以前は、そんなに人が住んでいなくて、明治以降に都市部で生活が困難だった貧しい人たちが入植した地域なんです。そこに、さらにヤンバルの自然に魅せられた人たちがやってきたりして、村ができた。村民は自分たちで切り拓いて村を作ってきたという意識は強いと思います。そのヤンバルのさまざまな時代を、物語の主人公の原田知己という青年が横断します。彼は目撃者であり、ナビゲーターとしての役割を担っていて、ずっと同じ構造を大和から押しつけられている沖縄の歴史と、大和文化と全然関係なく根づいているヤンバルの文化や美しさ、その両方を体験していきます。 

──沖縄戦でヤンバルはどんな状況だったのでしょう?
ヤンバルの戦争は、そこまで激しくなかったと勝手に思っているひとも多いと思いますが、今回きちんと調べてみると、やはりとても苛酷な状況にあった。生き残った人たちは、8月15日以降に生き地獄のような状態を味わうことになるんです。アメリカが沖縄を占領した1945年6月くらいから、生き残った人は捕らえられて捕虜収容所に入れられます。酷い扱いを受けて、マラリアや飢えでどんどん死んでいく。戦争そのものでの死者よりも、収容所での死者が多かったくらい悲惨な状態だったのです。

 

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全体を通すと13人の思想史が見えてくる

──原田という青年は何がきっかけで沖縄へやってくるのですか?
最初はヘリパッド基地反対闘争のことを知って、「なぜこんなことが起こるんだ」と、ただ許せないない気持ちでくるわけです。そしてヤンバルに入って、色々な時代を見ることで自分の考えを深めていくと同時に、自分の罪も知っていく。また、今、自分自身にも火の粉が降りかかっていることにも気づくんです。そして沖縄だけでなく、むしろ本土の人たちのほうに降りかかる火の粉みたいなものにも気づいて、そこから自分の生き方をまた考えていきます。 

──13人の登場人物には、それぞれ背景があるのですか?
それぞれが背負っているものがあって、1人1人のディテールはいつもの作品ほど細かくは書き込まれていないのですが、物語全部を見るとその人の背景が見えてくるという仕組みになっています。 

──その13人を見ていくと今の日本と沖縄の姿が見えてくるということでしょうか。
そうですね。構造そのものがテーマである、というちょっと変わった物語なんです。日本と沖縄の関係、日本とアメリカの関係、それが人の生活を、自分たちが考えてる以上に侵食してきている、その有り様を感じていただけると思います。 

──それぞれが関わり合う必然も見えてくるわけですね。
セリフにもあるのですが、「市民運動に関わるとよけいな軋轢もあるし、失わなくてよかった人間関係もあったりする。でも、他ではないような深い人間関係を味わうことがある」と。そういう関係を持っているような人たちの話なので、ちょっと羨ましくもあったりするんです。沖縄の運動って、独自の運動なんですよね。メディアなどでいわゆる左翼運動的な捉え方をされて、誹謗中傷を受けることも多いのですが、長い長い歴史の経験からもっと大人で、仲間内でお互いの思想を糾弾し合うようなことをやっててもしょうがないんだ、思想はどうあれ、まず基地は反対していこうよというような成熟したものを感じます。同じ1つの目的さえ持っていれば座り込みの現場にも、誰が来てもいいんです。私も「お前は何をしにきたんだ」とか言われたことがないし、半日しか居られないのに行ってもいいんだろうかと思ったんですけど、1時間でも2時間でも全然かまわないから、来て、見て、話してほしいと。「楽しんでって」と言うんです。そういう感覚は、行って体験して初めて知ることですよね。長い長い虐げられた歴史の中で熟成されていった、大人の文化としての市民運動で、それをこの作品の中でも見せたいと思いました。


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生きていくことと反対闘争は彼らにとって等価

──自分の生活とか自分の生きる土地を守るという、すごくシンプルな気持ちで、思想とかに縛られないのでしょうね。
目的が同じなら色々な人がいていいし、「楽しくやりましょうよ、どうせずっとやっていかなくてはいけないんだから。」という、ものすごい覚悟があるんです。それは行かないとわからなかったことでした。

──そういう人たちだと、人間として共感を持てますね。
共感というより敵わないという感じですね。共感なんておこがましい。まったく敵わないという印象を持ちました。高江のブログで思わず笑ったことがあって、7月22日の工事の強制執行を前に緊迫したブログが続く中、たいへんな闘いをしているはずの女性が、7月15日のブログで7月23日には「昆虫観察会」があると書いているんです。彼女たちにとっては等価なんですね。基地闘争のほうが偉いとかではなく、子供たちがヤンバルで生きていく、自分の次の世代によりよい生活を残すということが一番大事で、「なんで闘争してるからって川遊びにいっちゃいけないの」と。一番偉いのは人の生活なんです。というか偉いとかじゃなく、生きていくことが一番大事なことだという、その哲学がすごいんです。だから『標的の村』の中でも、小さい子が、「お父さんたちが疲れちゃったら私が運動をやっていきたい。」と言うんですよね。9才くらいの子が言う。痛ましさに震えるシーンですが、その凛とした顔があまりに美しくて、たった9歳の子に負けたと思います。23日の昆虫観察会は無事できたんでしょうか。それとも封鎖されてしまった高江で、諦めるしかなかったのでしょうか。 

──映画の『標的の村』は2012年の作品で、そこから5年の間に、トランプ大統領就任や北朝鮮の脅威など、時代はよりキナ臭さを増しています。それだけにこういう作品を上演する必要も切実になってきました。
同時に、5年前だったら考えもしなかったと思うのですが、こういう作品を上演することに、どこか恐さも感じます。演劇にも規制がかかってくるような、そういう時代になってきたのかなと。 

──日々流動的な政治状況を、どこまで反映させるかも難しいところでしょうね?
そこは本当に難しいです。物語は、原田が高江のヘリパッド基地工事が強制執行された2016年7月22日に、その場にやってくることから始まります。だからまさに2016年、2017年の話で、できるだけ現在進行形の「今」を入れたい。ただニュースは毎日更新されていきます。「辺野古移転問題」も知事は反対派だと思っていたら、資材を辺戸岬の奥の方から搬入する許可を出してしまったり、10月に私たちが取材に行ったときも、米軍の輸送ヘリが高江に墜落して、現場が封鎖されていたり、状況は日々変化していて、そういう現実をどこまで物語に入れ込むか悩みましたが、今のこの時点ということで書くしかないと思いました。


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この人たちが生きて、虐げられているのはイヤだと

──『標的の村』の中で、位牌作りの職人の方が、集中しないとできない仕事なのに、なにごとかあったら現場に行かなければいけなかったり、反対闘争に関することで国から訴えられていて裁判所から呼び出されたり、仕事ができないと。そういう状況は少し想像力を働かせると、明日の私たちでも起こりうることだなと。
そうなんですよね。でも彼らのすごさは、そういう状況のなか、闘い方を作り出し、地域の中で繋がっていることで、もし東京の人間がいきなりそういう状況に放り込まれたら、なすすべもなく無力になったり、ただ孤立してパニックになるんじゃないかと思います。この作品は沖縄の物語ですが、自分たちの話だと思って観てほしいと思い、東京から沖縄に行く原田という役を作ったんです。そして、私は沖縄問題の悲惨さをただ描きたいのではなくて、この人たちが生きて、虐げられているのはイヤだと。そういうものを演劇は作らなければいけないと思っていて、そういう作品になっているといいなと思っています。

──先ほど杉山至さんの美術の模型も見せていただきましたが、すごく面白いですね。ヤンバルに囲まれた高江の集落にも見えるし、ヘリパッドにも見えるし、みんなが座り込む広場にも見えるという。
至さん、すごいです。アンコールワットにガジュマルの樹に浸食されたタブロームという寺院があるのですが、そのイメージでとお願いしたら、まわりをヤンバルの森にして、素敵な装置を作ってくれました。

──最後に観る方へのメッセージを。
色々な世代の方に観てほしいですけど、とくに若い方に観てほしいです。重い話かもしれませんが、演劇の手法をすべて使い切り、楽しく観られると思います。大好きな人たちのことを書いた作品なので、楽しくて、胸に迫って、演劇の楽しみが全部つまった作品にしたいんです。ぜひいらしてください。

 

【プロフィール】
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しもりろば○岩手県出身。1993年、劇団風琴工房旗揚げ。以後すべての脚本と演出を担当。03年『紅き深爪』で劇作家協会新人戯曲賞優秀賞受賞。13年『国語の時間』(作・演出)で読売演劇大賞優秀作品賞を受賞。16年NPO法人いわてアートサポートセンター主催公演『残花─0945 さくら隊 園井恵子─』と風琴工房企画製作公演『insider』で第五十一紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。最近作は風琴工房『アンネの日』(作・演出)、劇団俳優座『海の凹凸』(作)。来年の6月にserial numberの旗揚げ公演が控えている。 

 
 

【稽古場フォトとキャストたち】

IMGL1558田島亮

彼は原田知己。トウキョウでオキナワに関わるとある映画を観て、やむにやまれぬ感情に囚われ、この地にやって来た。そして彼は、基地闘争の現在とオキナワの歴史を目撃することになる。


IMGL1443坂元貞美

彼はタラマチョウエイ。人は親しみを込めてチョウさんと呼ぶ。自然と生きるためにこの地に移住したが、ヘリの轟音がそれを拒んだ。ただフツウに暮らす。そのために彼の戦いは続く。


_MG_9831_1杉木隆幸 

彼はクニシロハマジ。道を歩けば、大人からも子供からもハマジ、ハマジと声がかかる。幼い頃から、オキナワはこのままでいいのかという違和感を持ち続け、いつしか運動の最前線に生きる道を選んだ。
 

IMGL1503中野英樹

彼はイラブマサヨシ。飄々とした人柄で、地域住民からの人望も篤い運動の中心人物。広い視座と人懐こい性格を併せ持ち、政治的にも精神的にも、この村をささえている。


IMGL1479西山水木

彼女はウトバァ。オキナワの生き証人。太平洋戦争を生き抜き、オキナワのために戦い続けている。彼女の魂は、いついかなる時もオキナワの運命と共にある。


IMGL1606林田麻里

彼女はアマンミクニ。通称アマミク。琉球開祖の女神の名前で仲間から呼ばれる彼女は、カメラだけを唯一の武器に精神的な主柱として人々の心を支えている。 


IMGL1587熊坂理恵子

彼女はイラブナミエ、通称ナビィ。ナビィは鍋、彼女のオバァの名前。昔のオキナワの人は大切な日常品や珍しいものの名前を女性につけた。オキナワの苛酷な運命を生きる彼女をひとはオバァと同じ名前で呼ぶ。


IMGL1626ししどともこ

彼女はイラブリンダ。通称リンリン。オキナワの運命と帯同するため、トウキョウからこの地に戻ってきた。綻んだ人の結び目を結びなおすために彼女は立ち上がる。


IMGL1453岩原正典 

彼はハテルマリュウタ。リュウタ先生と慕われる教師として、全校併せても10名余の生徒を教える。しかし、そのわずかな生徒たちも、学校に来るのがままならないありさまとなっている。
 

IMGL1477藤尾勘太郎

彼はコチンダマツル。通称マツリ。生まれながらの戦士。しばしばトラブルを引き起こし、周りを困惑させている。


IMGL1583白井風菜

彼女はアカミネアカリ。オキナワの太陽の如き天真爛漫な原始の娘。彼女にとっては、戦うことが、ほんの幼い頃からの日常であった、


IMGL1553井上裕朗

彼はキタヤマタカシ。ヤマトからやってきた男。クレバーかつ粘り強い考察と行動力を、政治的交渉に結びつけ、恐るべき真実を暴き出す。キーパーソンである。


IMGL1462佐野功
そして私はセジ。琉球神道において霊力そのものを指し、剣につけば霊剣となり、人につくと超人となる。この物語において唯一の「ヒトデナイモノ」である。

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〈公演情報〉
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『ちゅらと修羅』

脚本・演出◇詩森ろば

出演◇田島亮、坂元貞美、西山水木、中野英樹、井上裕朗、林田麻里、杉木隆幸(ECHOES)、熊坂理恵子、佐野功、岩原正典、ししどともこ(カムヰヤッセン)、藤尾勘太郎(犬と串)、白井風菜

●102/7〜13◎下北沢 ザ・スズナリ

〈料金〉一般前売4200円 当日4500円 学生2000円 障がい者2000円 平日はじめて割 4200円(全席指定・税込)

※『標的の村』特別上映回セット券 5500円(12/10 昼の回のみ。演劇のみチケットもあり)

http://windyharp.org

 

 


【取材・文/榊原和子 撮影/友澤綾乃】



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