=片岡仁左衛門、高橋瀬左衛門=坂東彌十郎-1
『絵本合法衢』(右から)左枝大学之助=片岡仁左衛門、高橋瀬左衛門=坂東彌十郎 
 
歌舞伎屈指の大悪党、見参! 仁左衛門が有終の美に相応しい渾身の演技で魅せる!
明治22(1889)年の開場以来、建物自体は変わっても、数々のすぐれた舞台を生み出し続けてきた歌舞伎座。130年目の大きな節目を迎えたこの劇場で、4月2日から「歌舞伎座百三十年 四月大歌舞伎」が上演中である(26日まで)。

演目は、昼の部が二本立て。一つは、江戸城の無血開城に至るまでの日々を、西郷隆盛と勝海舟の立場を超えた結びつき中心にドラマティックに描く『西郷と勝』。もう一つは、仙台藩(伊達家)で実際に起きた御家騒動をモチーフに、スタンダードな『伽羅先代萩』とは異なる視点で描いた『裏表先代萩』。人間国宝・尾上菊五郎が、歌舞伎のなかでは代表的な悪役の仁木弾正、そして下男小助の二役を23年ぶりに演じるのが見どころだ。

『西郷と勝』右から勝海舟=中村錦之助、西郷隆盛=尾上松緑_s-1
『西郷と勝』(右から)勝海舟=中村錦之助、西郷隆盛=尾上松緑  
『裏表先代萩』右から下男小助=尾上菊五郎、大場道益=市川團蔵-1
『裏表先代萩』(右から)下男小助=尾上菊五郎、大場道益=市川團蔵  
 仁木弾正=尾上菊五郎、渡辺外記左衛門=中村東蔵-1
『裏表先代萩』(右から)仁木弾正=尾上菊五郎、渡辺外記左衛門=中村東蔵  

そして夜の部は、“お岩さん”でおなじみ「東海道四谷怪談」の作者・四世鶴屋南北の作品である、『絵本合法衢』の通し上演。見どころは、なんといっても主演の人間国宝・片岡仁左衛門が、当り役である左枝大学之助と立場の太平次という二つの悪役を「一世一代」で勤めること。「一世一代」とは”THE FINAL”、つまり今回が演じ納め、もう二度と観られない、ということである。

【『絵本合法衢』のあらすじ】

序幕
近江国多賀家の分家・左枝大学之助(片岡仁左衛門)は、家の乗っ取りを企み、手下を使って多賀家の重宝を盗みます。鷹狩の最中に道具屋の養女お亀(片岡孝太郎)を見初め、強引に妾にしようとしますが、その許婚の与兵衛(中村錦之助)の兄で、多賀家の家老・高橋瀬左衛門(坂東彌十郎)に阻まれ──。
二幕目
大学之助の家来筋にあたる立場の太平次(仁左衛門のもう一役)は、大学之助に瓜二つ。その太平次に惚れている蛇使いのうんざりお松(中村時蔵)は、太平次のために質屋から多賀家の重宝を取り戻そうと一肌脱ぎますが失敗します。その質屋こそ、大学之助が惚れたお亀と与兵衛の暮らす田代屋。後家のおりよ(市村萬次郎)は、ある目的から、あえて与兵衛とお亀を勘当し、重宝を渡して旅立たせます。しかし、その後──。
三幕目
京を離れ、いまでは大和国倉狩峠で立場(旅人の休憩所)を営む太平次。そこへやってきた高橋家ゆかりの人々を次々と手にかけ──。
大詰
天王寺あたりの庵室。瀬左衛門の弟・弥十郎(彌十郎、二役)は合法と名乗り、太平次に深手を負わされた与兵衛を匿っています。しかし、合法の留守中にやってきた大学之助に与兵衛は斬られます。瀕死の与兵衛との会話の中で、意外な事実が判明し──。

本家の乗っ取りを企む大学之助を筆頭とする者たち、そして大学之助の野望を阻止しようと奔走する人たち、双方のせめぎあいによってドラマは進んでいく。
仁左衛門の大学之助は、己の権力欲と色欲に素直に従い、ひたすら追求する男。野望のためには平気で人を騙し、邪魔な人間を消そうとする残酷さ、ふてぶてしさとともに、世間知らずで、わがままに生きてきた武家の若殿さまらしさも垣間見える。
彼によって運命を狂わせられる人間は、家老の瀬左衛門、田代屋のお亀、許婚の与兵衛。彌十郎の瀬左衛門は、いかにも善人で、御家思いの家老。その弟・弥十郎(くしくも同じ名前)の二役を早替りで勤めるが、こちらは、兄よりもう少し血の気が多く、若々しい役。孝太郎のお亀は、大学之助に言い寄られても臆せず跳ねのけるところなど、大店の娘(養女)らしい勝気さがあると同時に、与兵衛に対する愛情がひしひしと伝わってくる。錦之助の与兵衛は、ぴったりの二枚目役で、運命に翻弄される哀れな男。色男の優しさと頼りなさに、元武士らしい凛々しさが同居する。

 うんざりお松=中村時蔵、立場の太平次=片岡仁左衛門-1
『絵本合法衢』(右から)うんざりお松=中村時蔵、立場の太平次=片岡仁左衛門 

悪人チームでは、時蔵演じるうんざりお松。なんとか太平次の心を掴もうと躍起になって失敗したり、本妻のお道(上村吉弥)にやきもちを焼いたり、女としての一途さや可愛げもあるが、毒蛇をあつかう場面では、河原者として生きてきた最下層に生きてきた凄みもある。時蔵ももう一役、弥十郎の妻皐月を演じているが、そちらでは武家の女房らしい品がある。

そして、そのお松に惚れられた太平次(仁左衛門のもう一役)が出色で、サブタイトルに「立場の太平次」とあるのは、やっぱり伊達ではない。武家にゆかりこそあれ、下卑た感じの粗暴さ、苦虫を噛みつぶしたような表情、頭のきれる鋭さ。あの手が駄目ならこの手と機転をきかせ、蜘蛛が巣にかかった獲物をしとめるように、じりじり追い詰め、ターゲットを次々に殺していく。へりくだった笑顔の下に邪悪さを隠し、猫なで声でおびき寄せ、いっさいの屈託なく命を奪う。太平次にも、大学之助ほどではないが、彼なりに叶えたい望みはある。カネ。出世。それが目的で人を殺めるが、いつしかこの男の目的はもはや人殺しそのものではないのか、快楽殺人のシリアルキラーではないのか…そう思ってしまうほど、底知れぬ狂気に鳥肌が立つ。太平次に比べれば、むしろ大学之助がかわいく思える。

お松との「妙覚寺裏手」の場面、妻のお道との「古宮」の場面、「一つ家」でのお米(中村梅丸)と孫七(坂東亀蔵)との場面など、太平次が人を手にかけようとする場面はいずれも面白い。とくに「一つ家」は、ホラー映画さながらの、手に汗握るスリリングな展開である。

筋は複雑そうに見えるが、実際に観てみれば、話が進むにしたがってきっちり繙かれていく人間関係。単なる勧善懲悪ではない、運命の皮肉さ、人間の恐ろしさをも匂わせ、一筋縄ではいかない南北らしい物語。その物語の鍵を握る最“凶”の二人、大学之助と太平次を仁左衛門が演じて、初めて完成形となっている。

初日の舞台を観た限りでは、今回で「一世一代」にしてしまうのが信じられないほど、パワフルで比類ない悪役ぶりをみせつけている仁左衛門。見納めとなる千秋楽まですでにカウントダウンは始まっているが、昼夜ともに、悪が大輪の華を咲かせるこの公演、お見逃しなく!

〈公演情報〉
4月本ちらしHP用JPEG画像(オモテ)

歌舞伎座百三十年「四月大歌舞伎」
【昼の部】(午前11時開演)
一、西郷と勝
二、通し狂言 梅照葉錦伊達織 裏表先代萩
【夜の部】(午後4時45分開演)
一、通し狂言 絵本合法衢 立場の太平次

出演◇尾上菊五郎、中村時蔵、片岡孝太郎、尾上松緑、中村松江、坂東彦三郎、
坂東亀三郎、坂東亀蔵、坂東彌十郎、中村錦之助、上村吉弥、片岡松之助、澤村由次郎、
河原崎権十郎、市川齊入、市村萬次郎、市川團蔵、中村東蔵、片岡仁左衛門
●4/2〜26◎歌舞伎座
〈料金〉一等席18,000円 二等席14,000円 三階A席6,000円 三階B席4,000円
一階桟敷席20,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉チケットホン松竹 0570-000-489(10:00〜18:00 または03-6745-0888)



【取材・文/内河 文 写真提供/松竹】


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