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文学座アトリエの会では「新しい台詞との出会い―戦後再考」をテーマに、近年演劇界で注目されている劇団チョコレートケーキの古川健の新作を、9月7日から上演中だ。(21日まで。そののち八尾、可児公演あり)
あさま山荘事件、大逆事件、ナチスなどシリアスな社会的な事象をモチーフとした人間ドラマを、鋭い目線で濃密に描く古川健の作品を、文学座の高橋正徳が演出。昨年11月・12 月に上演されて好評を博した水戸芸術館ACM 劇場プロデュース『斜交〜昭和40 年のクロスロード』に続いての、2人の強力タッグとなる。
 
【Story】
1948年(昭和23年)12月23日。皇太子(今上天皇)の誕生日であるこの日、東条英機をはじめとしたA級戦犯が処刑された。その同じ日に、東京の教育者一家・斎藤家に待望の第一子が誕生、平和な時代に生きて欲しいという思いを込めて平(たいら)と名付けられた。高度経済成長、学生運動、バブル、不況、震災・・・昭和、平成、そして未来を懸命に生きた男の一代記。

戦後73 年目となる今年――。戦後に生まれ昭和、平成そして未来へと移りゆく時代を生きる、斎藤平(さいとうたいら)。1人の“男の一生"の物語を、まもなく竣工70年を迎える文学座アトリエにて浮かび上がらせる。その公演の演出を手がける高橋正徳と、主人公の斎藤平を演じる亀田佳明に、稽古も終盤という時期に話を聞いた。
 
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亀田佳明 高橋正徳

とても普遍的な1人の人間の一生

──この作品は、古川さんに書いてほしいという高橋さんの希望で実現したそうですが、古川作品を演出するのは、昨年の『斜交』に続いて2度目になりますね。
高橋 僕は以前から古川さんの作品を演出してみたくて、劇団に何回か企画を出していたのですが、この企画が通ったあとに水戸芸術館の『斜交』の話がきまして、有り難いことに2作続けてご一緒できることになりました。今回の作品については古川さんに、アトリエの会の今年のテーマである「戦後再考」に添ったものを書いてもらえないかと。文学座には女性を主人公にした『女の一生』がありますから、男性を主人公にした戦後史で、昭和から平成、その先まで俯瞰して見据える作品をとお願いしました。
──物語はまさに日本の戦後史で、主人公の斎藤平が生まれた1948年12月23日から始まりますが、この日にはとても大きな意味がありますね。
高橋 12月23日は皇太子(今上天皇)の誕生日ですが、1948年12月23日は東条英機をはじめA級戦犯が処刑された日でもあるのです。また1948年生まれの斎藤平が20歳になる1968年、さらに40歳になる1988年、60歳になる2008年と、日本は大きく様変わりしていきます。そこから日本の戦後史が浮かび上がるというのが、今回の企画意図です。
──斎藤平を演じるのは亀田さんですが、主人公の人生にどのように取り組んでいますか?
亀田 僕は1978年生まれですから、まず生まれる前の30年間の話が出てくるわけです。それから70年以上にわたって1人の人物を演じるのは初めてで、現在39歳の僕からみるとこの先40年近くは未知の領域です。さらに、これだけ変化する時代を生きてきた斎藤平という人間の幅を、どのように意識して演じるか。そういうさまざまな要素を考えながら稽古しているところです。
高橋 ただ、亀田くんも僕も戦後史については文学座でも他のところでも芝居を作るうえで勉強してきていて、亀田くんが山口二矢を演じた『1960年のメロス』(2010年)という公演も一緒にやっていますし、そういう経験から歴史への理解は深まっていますので、あまり心配はないと思っています。
──斎藤平の一生を見ていくと、その時々の社会状況に無縁ではないのですが、その中心には巻き込まれずに生きてきた。そういう意味ではいわゆる一般の人たちの代表でもあるのかなと。
亀田 古川さんも「普通の人」だとおっしゃっています。ただ、斎藤平なりにその時代の出来事を真剣に受け止めながら生きてきたと思うんです。変化する時代の中で、自分を省みたり、迷ったりしながら。
──周辺の人たちも、戦後史のある部分を表現していますね。学生運動から組合闘争に入っていく人、事業で成功したもののバブルが弾けて失墜する人などが出てきます。
高橋 斎藤平自身も、学生運動に加わったけれど家族が出来たことで教師になり、その仕事を熱心にしている間に家庭にひずみが出てきて、子供も登校拒否になってしまう。そして60歳になったとき友人が自殺する。そういう人生の中で、その都度、自分を省みることになるわけです。
亀田 そういう意味ではすごく素直な人ですよね。20年前に自分が嫌だと思ったことを息子にしているんだと反省したり、60歳になったときにはすべてを受け入れる気持ちになっていたり。間違うこともいっぱいあるけど、すごく真っ直ぐな人だなと。そういう人間的な斎藤平の変化を、演じる側としては、そのまま素直に見せていければいいのかなと思っています。
高橋 この作品は斎藤平という男の一生ではあるのですが、ある意味では亀田佳明の一生かもしれないし、高橋正徳の一生かもしれない。とても普遍的な1人の人間の一生なんじゃないかと。そういう彼の姿は、おそらく観ている方に共感していただけるのではないかと思います。
  
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斎藤平を中心にした家族史でもある

──舞台上のセットも20年ごとに変わるそうですね。
亀田 最初は茶の間なんですが、それがリビングになって、ソファが置かれたり、テレビの形も20年ごとに変わっていきます。
高橋 居間の変化とともに家族の座る場所も変化していって、家長は最初は真ん中に座っていたのが、次第に位置が不安定になっていって、平成になったら父親が座るべきソファに高校生の子がゴロゴロしてたり(笑)。そういう家庭内での役割や立場の変化も見えてくるわけです。それから女性の立場の変化も夫婦像の中で描かれます。絵に描いたような家父長制の夫婦、同級生で友だちのような夫婦、さらに子連れバツイチとの結婚もあれば、同性婚も出てきます。最終的には、家族というよりコミュニティをどう作っていくかみたいな話にもなっていくわけです。そういう意味では、この作品は斎藤平を中心にした家族史でもあって、彼の祖父、父親や母親、彼の子供たちも出てきますから、観る方も、それぞれの世代の誰かに自分を重ねて観ていただける部分もあるかなと思います。
──平成が終わるこの年に、日本の戦後史、家族史を考えるこの作品は、まさにタイムリーですね。
高橋 元号というのは日本独特ですけど、それが変わることで、1人ひとりがいやでもこの30年を振り返ることになる。そういう機会になるなと思います。
──その年にお二人とも40歳という節目を迎えたわけですが、その感慨は?
亀田 僕の場合、この芝居のスパンで言えば、20年前は自分が演劇をやるなんて全く頭になかったんです。大学では学校の先生になろうと思っていたので、こうして役者になっている自分は思いがけないわけで。そして今、20年後は何になっているかと考えたら、たぶん違う世界に行っていることはないだろう。じゃあ、このあとの20年、演劇の世界でどれだけのことを出来るか、それを考えたいですね。
──俳優として20年間しっかりキャリアを積んできたと思いますが、そういう実感は?
亀田 いや、実感はないですね。むしろやり足りなかったという思いや後悔のほうが圧倒的で。ですから、これからはもっともっと意欲的になっていくだろうなと思います。そして演技をするということに、こだわりを強くしていかないといけないなと。同世代だけでなく上を見ても下を見ても、演劇だけでなく色々な世界で、力強い表現をしている人はいっぱいいますので、ああ、自分はまだまだ足りないなと。
──高橋さんはこの20年の手応えはいかがですか?
高橋 僕は文学座以外でも仕事をしていますが、ある程度はこの文学座という大きな船に乗っかって、その中で仕事をまかされて、その都度その都度がんばっていたら、なんか10年、20年経っていたという感覚なんです。ただこれからは、例えば10年スパンくらいで、具体的な目標は持っていたほうがいいだろうなと。シェイクスピアとかイプセンを何本やるとか井上ひさしさんの戯曲をやるとか、そういう目標がないと、気づいたら10年過ぎていたということになってしまうと思うので。

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対話が生まれることで豊かな稽古場になっている

──高橋さんは『白鯨』(2015年)で大きな成果をおさめましたが、その前後で意識の変化などありましたか?
高橋 『白鯨』のあたりから演出していて楽しくなったんです。自分のイメージを実現するためには、俳優とどんなふうにコミュニケーションが取ればいいか、どう伝えればスタッフが動きやすいか、そのための言葉を獲得したという感覚があります。そこからどんどんラクになってきて、楽しくなってきました。
──そういう点では、アトリエ公演や研究所の卒業公演など、色々な経験を積める場があるのは文学座の良いところですね。
高橋 場に恵まれるだけでなく、毎回人が違うというのも大きいです。文学座の先輩や後輩と一緒に作る、外の公演で色々な劇団や俳優の方に出会う、その中で色々な言葉にも出会ったことが、『白鯨』あたりからうまく発酵しはじめたのかもしれません。
──亀田さんから見て、高橋さんの演出の変化については?
亀田 僕は意外と一緒の作品が少なくて。
高橋 仲は良いんだけどね(笑)。なかなかタイミングが合わない。
亀田 よく声はかけてもらっていたんですけど、『1960年のメロス』のあともまたちょっと空いたりとか。でもいくつかの公演の経験で、高橋さんの演出は僕なりにある程度わかっていたつもりだったんですが、『坂の上の家』(2017年、ala Collection)の演出はかなり違っていたんです。すごく細かくて、こだわっていて、松田正隆さんの戯曲だったので当然なのですが、ちょっとした言葉に時間をかけて熟考する。とても新鮮で面白かったです。今回もすごく細かく、こだわるところはこだわって、ニュアンスやちょっとした間(マ)を、丁寧に考えながらやっているので、こういう作り方をしていけばお客さんに絶対伝わるはずだと思っています。
──戯曲の言葉を1つ1つ読み解くことで、演じる側にとっても台詞を発しやすくなるでしょうね。
亀田 文学座の俳優たちは、みんなそれなりに出来てしまう人が多いのですが、そこにブレーキをかけて、そこは本当にそうなのかと批評性をもって、こだわってやってくれるのは有り難いです。そうなると俳優もまた、台詞を自分の言葉として喋るとき、もう1つ責任をもって喋ろうとするので。
高橋 若いときは俳優たちがみんな上手いから、なんとなくこれでいいのかなと思ってやってた部分があったんです。今は、やっぱり細かいニュアンスを話し合おうと、会話をちゃんとしていこうと、演出としてはすごく当たり前のことに立ち返ってます(笑)。
亀田 そこで対話が生まれるんですよね。だからすごく豊かな稽古場になっています。

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変わっていっているもの、変わらないもの

──高橋さんは劇団では1期上ですが、亀田さんの役者としての成長や変化はどう感じていますか?
高橋 研修科に上がってきたときの亀ちゃんは、なんかのらりくらりしてて。
亀田 はは(笑)。
高橋 でもある時からプロ意識をすごく持つようになって、ガラリと変わったんです。たぶんやらなくちゃいけないと思った時期があったんでしょうね。20代とか30代前半は身体の利く時期なので、『アラビアンナイト』の地方公演などを多くやっていたと思うんですが、同じ公演を何回もやるということは、役者にとって色々なことを考える機会になるんです。そのあとの『くにこ』も、角野(卓造)さんと一緒に旅公演をしていたので、話を聞く機会も多かったのかなと。それに新国立劇場のシェイクスピアシリーズでも鍛えられたと思います。良い演出家、高瀬(久男)さんや鵜山(仁)さん、上村(聡史)さんとかと一緒の仕事が多いよね。
亀田 本当に恵まれてます。今、話していただいたように僕の役者としての何十%かは地方公演のおかげで、とくに『アラビアンナイト』と『くにこ』で、それを経験できたのは大きかったです。角野さんがおっしゃっていたのですが、地方によって劇場の大きさが毎日変わる中で、同じ芝居をどういうレベルでやればお客さんに届くか、それを肌で覚えていったそうです。だから若い時に旅公演をすると俳優として成長すると。
──亀田さんは、文学座を代表する二枚目俳優の1人だと思うのですが、上村さんとの作品ではエキセントリックだったり黒っぽい役もあって、色々な顔があるなと。
亀田 いや二枚目俳優だとは思ってないです(笑)。そうですね、どこか神経が立っている役が多かった気がします。逆に高橋さんの『坂の上の家』とかこの作品とかは、それとはまったく違う役で。
高橋 俺の中の亀ちゃん像は、そんなに尖ってるイメージじゃないからね(笑)。
──その『坂の上の家』の長兄の役ですが、淡々としていながら背負うものの重さを感じさせてくれました。高橋さんがこれからの亀田さんに期待するものは?
高橋 ある上手さもあるし、出てきたらシーンを責任を持って引き受ける俳優で、ではその先に何を求めるかと言えば、江守(徹)さんとか角野さんとか、いわゆる作品を引き受ける俳優になってほしいなと。たとえば鵜山さんが演出していても、角野さんの作品というのがあるんです。つまり座長になるということで、プレッシャーもかかるけど、そういう背負い方ができる俳優になってほしいし、なれると思っています。
──亀田さんは、演出家・高橋さんにはどんな期待がありますか?
亀田 今のような丁寧な作り方は、きっと成果に結びついていくと思うので、僕も含め、こういう作り方を続けていければと。僕自身もそれを忘れないようにしていきたいです。
──最後に改めて、『かのような私』を観る方にぜひ一言いただければ。
亀田 この作品は80年という長い時間を描いているので、その中にきっと、たとえば人だったり音楽だったり、あるシーンだったり、観ている方と重なるところがあると思います。そしてその時代やその時の自分を思い出していただきながら、感情移入していただければと思っています。
高橋 戦後73年という長いスパンの中で、変わっていっているもの、変わらないもの、それぞれ観る方の視点で違うと思いますが、それを発見していただけたら。そして家族なり、愛の形なり、価値観なりが、時代によって変化していっている、そこを伝えられたらと思っています。ぜひ楽しみにいらしてください。

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亀田佳明 高橋正徳

たかはしまさのり○東京都出身。2000年文学座附属演劇研究所入所。04年文学座アトリエの会『TERRA NOVA テラ ノヴァ』で文学座初演出。05年座員昇格。以降、川村毅、鐘下辰男、佃典彦、東憲司、青木豪など多くの現代作家の新作を演出。また地方劇団・公共団体・学校などでの演劇ワークショップの講師としても活躍中。11年文化庁新進芸術家海外研修制度により1年間イタリア・ローマに留学。近年の主な演出作品は、 『白鯨』、『越前竹人形』、ala Collection vol.10『坂の上の家』、水戸芸術館ACM 劇場プロデュース『斜交〜昭和40年のクロスロード』、テアトルエコー公演『カレンダー・ガールズ』、椿組『毒おんな』など。

かめだよしあき○東京都出身。2001年文学座研究所入所。04年『モンテ・クリスト伯』で初舞台。06年座員昇格。近年の主な舞台は『NASZA KLASA-ナシャ・クラサ-私たちは共に学んだ』、新国立劇場『るつぼ』、『くにこ』、『信じる機械-The Faith Machine-』、てがみ座『対岸の永遠』、『弁明』、新国立劇場『ヘンリー四世』、新国立劇場『マリアの首−幻に長崎を想う曲−』、ala Collection vol.10『坂の上の家』、世田谷パブリックシアター『岸リトラル』、新国立劇場『ヘンリー五世』など。

※この公演の舞台写真はこちら
http://kangekiyoho.blog.jp/archives/52060451.html 
 
〈公演情報〉
kanoyouna_b_p_ol_inc最終稿トンボなし
 
文学座9月アトリエの会
『かのような私 -或いは斎藤平の一生-』
作◇古川 健
演出◇高橋正徳
出演◇関 輝雄、大滝 寛、川辺邦弘、亀田佳明、萩原亮介、池田倫太朗、江頭一馬、川合耀祐、塩田朋子、梅村綾子、大野香織、田村真央
●9/7〜21◎信濃町・文学座アトリエ
〈料金〉前売4,300円 当日 4,600円 ユースチケット2,500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉チケット専用ダイヤル 0120−481034
〈劇団HP〉http://www.bungakuza.com/
●9/24◎八尾市文化会館プリズムホール
●9/27・28◎可児市文化創造センター・小劇場


 

【取材・文/榊原和子 撮影/田中亜紀】


トム・プロジェクトプロデュース『男の純情』


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