2.(右から)原田美枝子、小島聖

新国立劇場にて10月4日に、小川絵梨子演劇芸術監督のシーズンオープニング公演『誤解』が開幕した。
 
本作品『誤解』は20世紀フランスの劇作家・作家アルベール・カミュの作で、カミュの戯曲は我が国でも折に触れ上演されてきたが、とりわけ『誤解』は、1951年の文学座の日本初演以来何度も上演されている比較的馴染みのある作品だ。
今回、新国立劇場で初めてカミュを上演するにあたり、その演出を担うのは、文学座の演出陣でも、最近その活躍が注目されている新鋭、稲葉賀恵。文学座アトリエの会で上演された『十字軍』(ミシェル・アザマ作)、『野鴨』(イプセン作)での緻密で丁寧な舞台創りが高く評価されたのも記憶に新しい。
出演者は、原田美枝子と小島 聖が母娘役に、そこに訪れた1人の男に水橋研二、その妻に深谷美歩、宿屋の使用人に小林勝也が扮している。

【ものがたり】
ヨーロッパの田舎の小さなホテルを営むマルタとその母親。今の生活に辟易としているマルタは太陽と海に囲まれた国での生活を夢見て、その資金を手に入れるため、母親と共犯してホテルにやってくる客を殺し、金品を奪っていた。そこに現れる絶好の的である男性客。いつも通り殺人計画を推し進めるマルタと母親だが、しかし、彼には秘密があったのだった......。

1.(左から)原田美枝子、小島聖
 
【コメント】
岩切正一郎(翻訳)
『誤解』の物語の出発点は、1935年に新聞の三面記事に載ったウクライナの町での殺人事件だ。翌年カミュは当時のチェコスロヴァキアに旅し、そのときの経験をもとに舞台をチェコの町に置いて戯曲を構想し、1943年に原稿をガリマール社に送った。
初演は1944年6月、ナチ占領下のパリである。執筆当時カミュはアルジェリアの太陽、海、家族から隔絶されて、南仏の山間の町にいた。戯曲の舞台となる町はこの閉塞した、自由のない、息苦しい状況を反映している。そして太陽と海に憧れているヒロインのマルタにカミュは自分を投影している。
『カリギュラ』を含む「不条理」三部作、に続く「反抗」をテーマとするサイクルに『誤解』は属する。カミュはこの作品で「現代の悲劇」を書こうとした。悲劇の世界にいる人間とその反抗。彼自身の説明によると、台詞の言葉は、悲劇的であるために書き言葉の性質を持つと同時に、芝居として成立するような自然さも持ち合わせていなくてはならない。自然な感じで始まり、幕を追うごとに「神話の高み」へ至る言語と劇的効果。これを日本語にするのはなかなか大変そうではある。閉塞、息苦しさ、本来いるべきではない所へ追放されている感覚。それを見つめ、反抗するために、今、日本でこの作品を上演する意義は大きい。稲葉さんと台本をしっかり作り上げていきたい。

稲葉賀恵(演出)
『誤解』はカミュが1942年から43年にかけて執筆した2作品目の戯曲です。カミュは本作を「暗い芝居」ではあるが「絶望的な芝居」ではないと述べました。私はこの作品を一読した時、「絶望的な運命」に対して抗おうとする登場人物達の力強いエネルギーを感じました。
所謂「悲劇」と分類されるこの作品にはその他の作品を凌駕するエネルギーのぶつかり合いがあります。「兄妹間の争い」「不条理な運命に対する抵抗」「殺人、自死に対する葛藤」「祖国からの逃亡と異国への憧憬」、一つ一つの素材がぶつかり合う力はなぜこんなにも激しいのか。それは、どちらか片方が善い、悪いという訳ではなく、互いに正しく筋道が通っているからです。そして互いの側から見ると善であり同時に悪でもある。
今日、白か黒か二極化し線引きすることの安易さ、恐ろしさを感じざるを得ない社会の中で、善悪というものは言わずもがな表裏一体であること、そしてそれらが互いに衝突することで起こる混沌とした、しかし大きなエネルギーの塊を演劇という表現を介して想像してみることが、本作を上演することの大きな意味だと私は思っています。

〈公演情報〉
『誤解 (The Misunderstanding)』
作◇アルベール・カミュ
翻訳◇岩切正一郎
演出◇稲葉賀恵
出演◇原田美枝子  小島 聖 水橋研二  深谷美歩 小林勝也
●10/4〜21◎新国立劇場 小劇場  
〈料金〉A席6,480円 B席3,240円 Z席1,620円(税込)
〈お問い合わせ〉新国立劇場ボックスオフィス 03-5352-9999 (10:00〜18:00)



【撮影/引地信彦】

 


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