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文学座にとって「財産演目」として知られる森本薫作『女の一生』は、名優と呼ばれた故杉村春子の代表作としても知られている。1945年4月に久保田万太郎演出で初演され、久保田亡き後は戌井市郎の演出作品として再演を重ねてきた。杉村主演の<布引けい>役の上演回数は947回におよび、杉村自身の意向により、生前に<布引けい>役は平淑恵に、さらに2016年には平淑恵から山本郁子が<布引けい>役を引き継ぎ、見事にこの大役を演じ切った。
その歴史ある名作が山本郁子を中心に、新キャストを加えて、東京紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAY公演ののち、11月中旬から12月にかけて近畿・中国地方で上演される。

【あらすじ】
明治38年(1905年)、日本がようやく近代的な資本主義国家となり始めた頃、天涯孤独の境涯にあった<布引けい>は、不思議な縁から拾われて堤家の人となった。清国との貿易で一家を成した堤家は、その当主もすでになく、息子たちはまだ若く、妻のしずが弟章介とともに困難な時代を生きていた。やがて<けい>は、その闊達な気性を見込まれ、長男伸太郎の妻となる。次男栄二に寄せた思慕は断ち切られ、<けい>は正真正銘、堤家の人となる。 やがて時は流れて……。 

まさに波乱万丈の一生を生きる<布引けい>。この役を演じている山本郁子に、作品と役柄、恩師杉村春子との関わりなどを話してもらった。
 
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杉村先生のそばで
お付きとして学んだ10年間

──山本さんは杉村春子さんの『女の一生』を実際に観て、それがきっかけで俳優を目指したそうですね。
はい。大学の演劇科の1年生の時でした。1年間はとにかく色々な芝居を観なさいと先生に言われて、その頃は小劇場ブームでしたから、そういうものも含めて本当に沢山観ていたのですが、杉村先生の『女の一生』を観て感動して、涙してしまったんです。私はそれまでお芝居で泣いたことなどなかったのですが、そのときは泣けて泣けて、しばらく立ち上がれないくらいでした。打ちのめされたというか、その時の私の琴線に触れたのだと思います。そして、師と仰ぐならこの方しかいないと決めて、文学座研究所を受験しました。ただその時は不合格で、卒業の時に受け直して合格しました。大学では学生仲間と小劇団を作ってやっていたのですが、できれば杉村先生のもとで学びたいという思いが強かったので。
──そんな杉村さんと初めて共演できたのは?
初舞台から2年目、1989年の『女の一生』でご一緒させていただきました。楽屋当番になってお付きもさせていただいて、とても嬉しかったです。
──楽屋付きという立場でしたら杉村さんの役への変身も目の当たりにできたのでは?
先生は楽屋ではまったく自然体なんです。でも舞台に立つと途端に華やかになるというか花が開くというか、そこは「ああさすがだな」と思いました。
──厳しい方という説もありました。
私は先生の81歳から91歳まで、10年間付かせていただいたのですが、まったくそんなことはなくて。ただ先輩方から聞く話では、厳しくされていた時代もあったようです。私から見るととても女らしくて可愛い方で、お花がお好きで楽屋にも沢山飾られていました。私は花を任されていて、毎日1時間くらいかけて世話をしたのを覚えています。

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お手本を見ていたという
安心感があるので

──その杉村さんの演じた布引けい役を、2016年から演じることになったわけですが、演じるうえでの苦労などは?
文学座の本科では必ずこの作品を上演するので、そこで演じて、そのあと私は杉村先生とご一緒した89年の公演で、100ステージくらい全国をまわりました。ですから台詞は自然と耳に残っていました。それから先生が亡くなったあと、北村和夫さんが開いた「北村塾」で、リーディング公演でしたが『女の一生』を上演して、布引けいをさせていただきました。そんなふうに約30年ぐらい、この作品に関わらせていただいたので、難しい役ではありますが、お手本を見ているという安心感もありましたので、そんなに苦しまずに取り組めました。まずは真似することから始めまして、もちろん先生は芸になっていますから真似しきれないのですが、なんとか自分の気持ちで埋めながら。
──目指す目標はわかっているという意味では、先生の年齢までに近づけばいいわけですね。 
(笑)。私はこの演目を後の世代にきちんと継承していきたいんです。若手の中にはこの作品を知らない人で入ってきた人もいます。でも文学座の財産ですので、知ってほしいし、後輩たちにもどんどんやってもらいたいです。そして「この作品はやっぱり面白い」とか、「あの役はやってみたいな」と思ってもらいたいんです。
──確かに、杉村春子さんの『女の一生』は演劇界にとっても財産ですから。
先生が亡くなってもう20年になります。先生のことを知らない方も多くなっている中で、1人でも多くの方に、先生とこの作品を知っていただきたいんです。そのためには、つねに新しい風を吹き込みながら上演していくことが大事だと思います。



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人の一生であり、
劇団の一生でもあるような

──布引けいの役は10代の孤児時代から60歳までを演じ分けます。
衣裳や鬘にとても助けてもらっています。その着方やメイクを、先生のそばで間近に見られたことは私の財産になっています。ただ衣裳替えは本当に忙しくて、休憩の間も前のメイクを落として次のメイクをしたり、2時間40分をマラソンランナーのように走り続けています(笑)。
──体力も必要なのですね。布引けいを演じるうえで大事にしていることは?
劇中の有名な台詞で、「誰が選んでくれたのでもない、自分で選んで歩きだした道ですもの」という言葉がありますが、けいは時代に翻弄された人だと思います。そして、生きるために必死に突き進んできた。そのために周りが見えなくなってしまったりもしましたが。私はその真っ直ぐで誠心誠意な彼女の心を、揺らぐことなく生きようと思っています。それはとてもエネルギーが必要で、稽古中にもちょっと気を抜くと自分でも「違うな」とわかるくらいで、とにかく1幕1幕が1本の芝居になるぐらいドラマチックな作品なんです。
──女優冥利につきる役ですね。今回はまた新しいメンバーが加わりました。
若手の女優たちが3人参加しています。2016年に初めて私が布引けいで入った座組は、平淑恵さんが布引けいをやっていらした時のメンバーで、初参加の私は、その中で一生懸命やることが布引けいの立場と重なる部分もあったんです。演出の鵜山仁さんが、私が入ったことで、周りのみんながまた1つ年を取った、戦中の人みたいになったとおっしゃって。2018年に若手の女優たちが加わったとき、鵜山さんは、私も1つ年を取ったとおっしゃいました。そういう意味では、女の一生を描いていますが、人の一生であり、劇団の一生でもあるような、歴史とか役者の経験の深さがそのまま反映される作品なんです。
──今回の3人の若手女優さんたちにとっても良い経験ですね。
3人とも着物が好きで、劇団にも着て通ったり馴染もうとしています。それが嬉しくて。
──山本さんの着方は杉村さんの着方ですね。ちょっと抜いた感じで、粋で。
(笑)どうしても真似してしまうんです。
──2017年の『越前竹人形』での山本さんの情緒と日本的な美しさは素晴らしかったです。
ああいう世界は大好きで、もっと上演できればいいと思うのですが、だんだん少なくなっていて寂しいです。
──今回、地方公演もありますが、お客様の中には杉村先生の『女の一生』を観た方もいらっしゃるのでは?
沢山いらっしゃいます。先日も『女の一生』のリーディング公演で東北に伺ったんですが、「杉村先生の『女の一生』をご覧になった方は?」と手を挙げてもらったら3分の1ぐらい手が挙がって。ということは、『女の一生』を観たお客様がそのまま演劇を観続けてくださっているわけで、それはとても有り難いなと。ですから私が演じたことでがっかりさせないように、「やっぱり良い作品ね」と思っていただけるようにしっかり演じたいです。

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少しも古くなっていない
今の時代にこそ意味がある作品

──今年で初舞台から31年目ですね。女優としてこれまででエポックになったことは?
最近意識したことがありまして、文学座の先輩の太地喜和子さんは48歳で亡くなったのですが、40歳からの8年間は和物しかやっていなかったんです。私の初舞台は太地さんの出ていらっしゃった『好色一代女』で、私も40歳頃から有志と自主企画を立ち上げて、文学座創設メンバーの久保田万太郎の作品を毎年上演しています。それとともにこの『女の一生』や『越前竹人形』を演じさせてもらったり、『くにこ』でも私だけ着物でした。そんなふうに40代から着物の作品が多くなって、「あ、喜和子さんとリンクしているな」と。
──太地さんも素晴らしい女優さんでしたね。杉村さんと太地さんという天才女優2人と縁があったのですね。
宝物です。初舞台のとき太地さんが、「私のお客様があなたを見て褒めていたから、どんな小さな役でも手を抜いちゃ駄目よ」と言ってくださったのが、とても印象に残っています。それから東宝のお芝居に出たとき、衣裳さんと床山さんに「うちの子が行くからよろしく」と言ってくださって、「あなたが山本さんね、喜和子から聞いていたから」と親切にしていただいて。面と向かってはおっしゃらないんですが、とても気遣いのある方でした。
──目を掛けてくださっていたのですね。ご自分で女優としてこれだけは人に負けてないと思えるところは?
杉村先生に言っていただいたのですが、「鬘をかぶって扮装するとあなたは時代の子になる」と。鬘と着物で、自分でも普段と違うオーラを背負わせてもらえる気がするので、「そうか、これが助けてくれる」と思っています。
──まさに〈布引けい〉は来るべくして来た役ですね。最後にこの作品のアピールをお願いいたします。
これは戦前の作品ですが、少しも古くなっていないんです。初演が1945年でまだ戦争中で、その中でよく上演許可が下りたと思います。そして戦後になってプロローグとエピローグに焼け野原のシーンが加わって、物語にさらに広がりが出たのですが、当時はまだ占領下でしたからGHQの検閲がよく通ったなと。そういう意味では一見中庸のようにも思えますが、反戦のメッセージが描かれている作品だと思っています。今また一触即発ともいえる時代だからこそ、この作品を観ていただく意味がありますし、私たちもより誠心誠意演じたいと思っています。

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やまもといくこ○新潟県出身。1987年文学座研究所入所。1992年座員となり、現在に至る。『華岡青洲の妻』で平成8年度第15回岡山市民劇場賞・新鋭賞を受賞、『越前竹人形』『舵』平成28年度第24回読売演劇大賞・優秀女優賞を受賞。最近の出演作品は17年『怪人二十面相』(文学座アトリエ)、加藤健一事務所『煙が目にしみる』(本多劇場)など。
 
〈公演情報〉
文学座『女の一生』 
作◇森本 薫/補訂・演出:戌井市郎による
演出補◇鵜山 仁
10/23〜28◎紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
12/15・16◎ピッコロシアター大ホール 兵庫県立尼崎青少年創造劇場 06-6426-1940 
〈お問い合わせ〉チケット専用ダイヤル 0120−481034

●地方公演(各地の会員制鑑賞会の主催)
11/18(日)倉敷市児島文化センター 児島玉野市民劇場 086-473-1250
11/19(月)ふくやま芸術文化ホール リーデンローズ大ホール福山市民劇場 084-928-1800
11/21(水)鳥取市民会館 鳥取演劇鑑賞会 0857-24-9411
11/22(木)米子市公会堂 米子市民劇場 0859-22-3236
11/23(金)出雲市民会館 大ホール いずも演劇鑑賞会 0853-24-1212
11/24(土)島根県民会館 大ホール 松江市民劇場 0852-22-5506
11/26・27(月・火)JMSアステールプラザ 大ホール 広島市民劇場 082-244-8000
11/28・29(水・木)安佐南区民文化センター 安佐南事務所 082-879-3060
11/30(金)呉市文化ホール 呉市民劇場 0823-25-7878
12/2〜4(日〜火)倉敷市芸文館 ホール 倉敷演劇鑑賞会 086-434-0400
12/5(水)サンビームやない 柳井演劇鑑賞会 0820-23-7351
12/6・7(木・金) 周南市文化会館 周南市民劇場 0834-22-8787
12/9(日)倉敷市玉島文化センター 倉敷演劇鑑賞会 玉島事務所 086-525-2611
12/10〜11(月-火) 岡山市西大寺公民館大ホール 西大寺市民劇場 086-942-6252
12/12(水)しまなみ交流館 尾道市民劇場 0848-25-4073
12/17〜23(月〜日)岡山市立市民文化ホール 岡山市民劇場 086-273-0395




【取材・文/榊原和子 撮影/友澤綾乃】





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