『The Silver Tassie 銀杯』撮影:細野晋司_ZAA2319_s

中山優馬主演の舞台『The Silver Tassie 銀杯』が11月9日より世田谷パブリックシアターにて開幕した。本作は、アイルランドの劇作家ショーン・オケイシーによる歌あり、笑いあり、涙ありの賑やかな“反戦悲喜劇”。今から90年も前に発表された作品ではあるが、日本での上演はこれが初めて。世界的に見ても決して上演回数は多いとは言いがたく、知る人ぞ知る佳作といった位置づけだった。その理由は、本作の“一筋縄ではいかない”複雑さにある。

そんな高き山に挑戦したのが、演出家の森新太郎だ。2014年、30代で読売演劇大賞の大賞(グランプリ)・最優秀演出家賞・芸術選奨新人賞を受賞した旬の演出家が、以前より翻訳のフジノサツコから面白い作品があると聞いていた本作を劇場側に自ら提案し、実現に至った今回の本邦初演。主人公、ハリー・ヒーガン役に中山優馬を迎え、戦争によって奪われた一人の青年の輝かしい未来と、庶民たちの逞しくも残酷な姿を描く。

『The Silver Tassie 銀杯』撮影:細野晋司_ZAA3516_s

物語は、第一次世界大戦中のアイルランド、ダブリンから始まる。シルベスター・ヒーガン(山本亨)やその妻・ヒーガン夫人(三田和代)は、自慢の息子であるハリー・ヒーガン(中山優馬)の帰りを待っていた。ハリーは将来を嘱望されるフットボール選手。戦地からつかの間の休暇をもらって帰省していたハリーは、今まさに銀杯(優勝カップ)を抱え、歓喜の凱旋を果たそうとしていた。英雄の帰還に、地元の仲間たちは祝福と尊敬の喝采を送る。若く美しい、ジェシー(安田聖愛)は英雄の恋人であることをひけらかすように人前で愛を見せつけ、ハリーも銀杯を高々と掲げて、自分の戦いぶりを披露しながら勝利に酔いしれている。。名誉も、愛も、将来も、人のほしがるもののすべてが、この手にある。鋭く光を射返す銀杯は、ハリーの栄光の象徴だった。

『The Silver Tassie 銀杯』撮影:細野晋司_DAS5118_s

 “一筋縄ではいかない”と謳ったが、大筋そのものは非常に明快だ。この『The Silver Tassie 銀杯』は、戦争を境に天国から地獄へと叩き落とされた青年の栄光と転落を描いている。
 
第1幕、出征前のハリーは全身から生気がみなぎっている。演じる中山優馬のキャスティングは、演出家の森からの指名。中山主演の連続ドラマ『北斗 -ある殺人者の回心-』を観た森が、「ピュアな心も荒んだ心も表現していた。ハリーの清濁併せ持つ雰囲気と同じだと思った」とラブコールを送り、実現したかたちだ。

そんな森の期待通りのハリーを中山は演じ切っている。その強い眼差しからは若者らしい野心と情熱が溢れ、立ち居振る舞いは尊大不遜。この世の中で自分の手に入らないものはないといった勝者の自信がにじみ出ている。

『The Silver Tassie 銀杯』撮影:細野晋司_DAS4719_s

その同じ目が、終戦後は敗者の失意に様変わりする。それも単に絶望や落胆を映すだけではない。自身の境遇への呪い。周囲や社会に対する怒り。中山の瞳が、ハリーの中に渦巻く混沌たる感情をまざまざと映し出す。精神的にタフでなければ務まらない難役だが、動物的でありながら気高さを感じさせる中山の唯一無二の個性が、英雄の明と暗をビビットに体現している。

そして面白いのが、それを取り囲む市民たちだ。戦地へ赴くハリーを盛大に見送り、戦争が終わればハリーのことなど忘れてダンスパーティーに興じる。ハリーにとっては、たとえ戦火が鎮まろうと、その傷跡は決して消えない。だが、市民にとってはもうすでに戦争は“終わった話”なのだ。そして、ハリーはもう“かつての英雄”でしかない。銀杯に注がれているのは、同情と無関心。もう誰もハリーを称えたりはしない。

『The Silver Tassie 銀杯』撮影:細野晋司_DAS3874_s

この変わり身の早さは、決して戦争だけに限った話ではない。私たちはいつも英雄を祭り上げるのが好きだ。そして、飽きたらすっと神輿を下ろし、また別の誰かを担ぎ上げる。転げ落ちた英雄が、地面に背中を強く打ちつけ、のけぞっているのなんて目もくれずに。

そんな痛烈な皮肉が感じられて、ハリーの嘆きに同調し、泣くことさえ安直に思えた。だが同時に、そうでなくては生きていけないことも十分に理解できてしまうから、何も言えなくなってしまう。

森は、そんなハリーの絶望と憤り、市民の無責任さと図太さを、明確なコントラストをもって浮き上がらせた。第1幕の英雄の凱旋と出立も、第4幕のダンスパーティーも、華やかで、陽気で、威勢が良い。市民たちがお気楽で賑やかであればあるほど、その犠牲となったハリーの存在が鮮明になる。皆々が陽気に踊るダンスホールから離れ憎しみをぶちまけるハリーは、平和な時代を築くための“礎”そのものに見えた。

『The Silver Tassie 銀杯』撮影:細野晋司_ZAA3873_s

また、何とも印象深いのが、第2幕だ。そしてこの第2幕こそが、本作を“一筋縄ではいかない”と形容したくなる最大の理由だ。第2幕に、ハリーは登場しない。戦地での兵士の様子が描かれるのだが、この第2幕だけ他の場面とは一切違う手法が用いられている。今や多くの人にとって、戦地の光景は実際の体験に基づくものではない。記録か、伝聞か、あるいは想像の世界で膨らませたものを、私たちはリアルな戦場と見なしている。だからこそ、あえてリアリズムの真逆を行く森の試みが光った。戦地の陰惨な空気は、よりグロテスクに。また、本物の戦地だけを観念的に描くことで、私たちはリアリズムにのっとって描かれた“市民側の人間”なのだと思い知らされるようでもある。
 
『The Silver Tassie 銀杯』撮影:細野晋司_DAS4359_s

国広和毅による音楽も効果的で、特にこの第2幕は音楽と歌の力によって、その世界がより象徴的に見える。戦地で歌う兵士たちは、滑稽にも神聖にも見え、それらのすべてが重なり合うことで、戦場という極限状態の中に張りつめた深い哀哭が胸に響く。暗転の直前、閃光と共に浮き上がるガスマスクを装着した兵士たちの姿が、今も瞼に焼きついて(または、脳裏に焼き付いて)離れない。8月まで文化庁新進芸術家海外派遣制度によりシンガポールに留学していた森の、現地での収穫が早速楽しめる意欲的な場面だ。ぜひ注目してほしい。

(公演情報)
FMP3N2MlJS06KX2Q69v9juM4IVwPB4MEJhVEKKu0FaD6bDs6mvz0gkTbHH8Dh63F

『The Silver Tassie 銀杯』
作◇ショーン・オケイシー
翻訳・訳詞◇フジノサツコ
演出◇森新太郎
出演◇中山優馬、矢田悠祐、横田栄司、浦浜アリサ、安田聖愛、土屋佑壱/麻田キョウヤ、岩渕敏司、今村洋一、チョウ ヨンホ、駒井健介、天野勝仁、鈴木崇乃、吉田久美、野田久美子、石毛美帆、永石千尋、秋山みり山本亨、青山勝、長野里美、三田和代
●11/9〜25◎世田谷パブリックシアター
〈料金〉一般 S席(1階席・2階席)7,800円/A席(3階席)4,800円 当日券あり(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉世田谷パブリックシアターチケットセンター 03-5432-1515




【文/横川良明 撮影/細野晋司】




極上文學『こゝろ』


kick shop nikkan engeki