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劇団新派創始130年イヤーの掉尾を飾って、新派の新たな歩みを予感させる話題の新作『犬神家の一族』が大阪 松竹座公演を経て、東京・新橋演舞場で上演中だ(25日まで)。

原作の「犬神家の一族」は日本ミステリー史上に燦然と輝く、浪漫探偵小説の巨匠・横溝正史の代表作のひとつ。1976年の角川映画版の大ヒットをきっかけに、空前の横溝正史ブームが巻き起こり、名探偵・金田一耕助の活躍と共に、これまでに何度となく映像化、舞台化がなされてきた。今回の新派による舞台化は、古典の継承と新作の発表を旗印に、明治・大正・昭和を描き続けてきた劇団新派ならではの、戦前・戦後に激変した日本で起こった、一族の悲劇と情の深さをあますところなく描いた力作となっている。

【物語】
私立探偵の金田一耕助(喜多村緑郎)は、信州でその名を馳せる犬神財閥の顧問弁護士・古館(田口守)の依頼を受け、那須へと赴く。ひと月前に他界した犬神家当主・犬神佐兵衛(中田浄)の遺産相続にまつわる遺言状のただならぬ内容に、一族の争いを予感した古館に助力を仰がれた金田一は、那須湖の湖畔にある通称「犬神御殿」での遺言状公表の席に連なる。
この場には、佐兵衛の腹違いの娘たち、松子(波乃久里子)、竹子(瀬戸摩純)、梅子(河合雪之丞)ら、一族の者たちが集っていたが、全財産を相続するのは三人の娘たちではなく、佐兵衛の大恩人の孫娘で犬神家に寄寓している野々宮珠世(春本由香/河合宥季 Wキャスト)であり、その条件として珠世が松子の息子・佐清(浜中文一)、竹子の息子・佐武(河合穂積)、梅子の息子・佐智(喜多村一郎)のいずれかと結婚することが挙げられていた。しかもこの条件が整わない場合には、全財産は佐兵衛の三人の孫だけでなく、かつて寵愛した青沼菊乃(斉藤沙紀)の息子で、戦後行方不明となっている青沼静馬(浜中・二役)がより多く相続するという、想像を絶する内容だった。
この遺言に到底納得のいかない娘たちは、松子の息子・佐清が戦地で顔に大怪我を負い、白いゴムマスクで顔を覆っていることから、本物の佐清かどうかも疑わしいと反目を深めていく。その最中に佐武が花鋏で殺害される事件が勃発。駆け付けた橘警察署長(佐藤B作)と共に金田一は捜査を開始するが、それは犬神家の三種の家宝「斧、琴、菊」を模した連続殺人事件のはじまりで……

横溝正史と聞いてまずイメージされるのは、日本の地域に残る古い因習や、因縁、日本家屋を用いたトリックなどを巧みに盛り込んだ、どこかおどろおどろしい怪奇、幻想色の濃いミステリーとしての顔だろう。実際にこの『犬神家の一族』も、佐清のかぶる真っ白なゴムマスク、菊人形、湖に二本の足が突き出た死体発見現場という、視覚的に強いインパクトを残す絵面がまず浮かび上がり、全体のトーンを決定づけている部分が大きい。だが、それら謂わばケレン味の強い面にだけとらわれずに内容に深く入っていくと、実は日本が大戦を通してくぐり抜けなければならなかった思想の激変、価値観の逆転に人としてのアイデンティティを覆され、人生を狂わされた人々の悲しみや、怒り、更にあまりにも深い肉親の情があることがわかってくる。
これら日本の歴史の中から生まれた、日本人の感性でしか描けないミステリー世界を具現化するのに、思えば劇団新派ほど相応しい存在はない。実際、舞台上で生き、情念を迸らせる人々の深い心理や慟哭を、新派の面々が描き出す姿には、ここにしかない魅力が詰まっている。しかもそれがきっちりとしたエンターテイメントとして昇華されていて、こうきたか!と膝を打つ舞台機構を駆使したスピーディな展開が観る者を飽きさせない。こうして提示されてみて、改めてここまで新派に適した題材を何故今まで手掛けなかったのだろう、と不思議に思うほど作品の世界観がこの劇団に合っていて、新派130年の掉尾に、新派の新たな未来が大きく開いていくのを感じさせる、素晴らしい舞台が仕上がったことに感銘を受けた。

その舞台に生きる人々は、まず、犬神家を長年訪れている琴の師匠・宮川香琴の水谷八重子が、円熟の芸を披露している。水谷がこの役を演じるということで、ただの琴の師匠ではないと言ったも同然だが、その謎多い存在が、劇団新派の『犬神家の一族』を完成せしめている。ピンポイントの出番でありつつ、謂わばショーストップにも近い芝居は圧巻の一言だ。

犬神家の三人の娘たち、松子の波乃久里子は、作品の要であり、作中最も強くならざるを得なかった女性の信念と、息子への深い愛を力感のある演技で活写し、こちらもただただ唸らされる芝居力を披露している。その妹・竹子の瀬戸摩純が迫真の演技で大先輩と堂々と渡り合い、こちらも出色の出来。そんな二人の姉妹として女方の河合雪之丞が梅子を演じて全く違和感がないのは驚異的で、これは新派の深く濃い役柄の造形あってこそ。悲劇に向かう物語の中で、いきり立ちながら笑わせる部分も加味するのも、雪之丞にしか出せない味わいだ。

その雪之丞とのコンビで、『黒蜥蜴』『怪人二十面相』を創った喜多村緑郎が、当たり役となった明智小五郎に続いて、日本の名探偵・金田一耕助を軽妙さも加えて演じているのが、作品に巧みな緩急を与えている。元々歌舞伎界からこの人が新派に飛び込んだことが、今新派130年の歴史に新たな風を吹かせる端緒となったことと、犬神家の一族の閉ざされた世界に外部からの風を持ち込む金田一の姿とが、見事にリンクしたのも二重の醍醐味につながった。佐清と静馬の早替わりにはスーパー歌舞伎の技法も用いられ、緑郎・雪之丞に従って新派入りした河合穂積、喜多村一郎、喜多村次郎など多くの人材の大活躍を見ても、この人の存在の大きさがいや増してまぶしい。

その1人である女方の河合宥季と、新派女優として躍進著しい春本由香が作品の鍵を握る野々宮珠世をWキャストで演じることも大きな話題のひとつ。まず春本の回を観たが、静かな中に積年の想いを秘めている珠世を的確に表現していて、観る度に洗練されてくる舞台姿も凛としている。女方の河合宥季が演じることで、全く役の色合いも変わって見えることを思うと、是非両方を観たいWキャストだ。また、事件の発端をはからずも握ることになる弁護士・古館の田口守、犬神小夜子の鴫原桂以下、新派の面々の様式美とリアルを併せ持った芝居が、作品世界を支えていて観応えがある。

そんな作品に客演した犬神佐清と青沼静馬の浜中文一は、この芝居巧者揃いの面々の中にあって一歩も引かず、堂々と作品のミステリアスな部分を担う役柄を活写していて頼もしい限り。俳優としての豊かな資質を感じさせていた。また橘警察署長の佐藤B作は、緊迫感の続く作品にホッとする要素をもたらし、十二分に印象的でありつつも決してうるさくならない絶妙な塩梅で、舞台のアクセントになっている。

何より劇団新派を知り尽くし、出演者全員に役と台詞を無理なく振り当てた脚色・演出の斎藤雅文の手腕がいかんなく発揮されていて、例えば『獄門島』『女王蜂』など、横溝ミステリー×新派のシリーズ化も十分に可能だと思う。そんな新派エンターテイメントの世界が広がることに期待がふくらむ、魅力的な舞台となっている。

東京初日の11月14日、開演前に囲み取材が行われ、水谷八重子、波乃久里子、河合雪之丞、喜多村緑郎、浜中文一、佐藤B作が公演への抱負を語った。

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河合雪之丞、浜中文一、水谷八重子、波乃久里子、佐藤B作、喜多村緑郎

【囲み取材】

──初日おめでとうございます!東京公演スタートということですが、遂先日まで大阪で公演なさっていたので、もう皆さん息はピッタリというところなのでは?
久里子 息はピッタリですよ!でもね、大阪で10日ばかりやったので、今日の初日は格別怖いです。
──そういうものなのですか?
久里子 少しは気持ちが楽にできると思ったのですが、もう怖いですね。

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──何が怖いのですか?
久里子 わかってしまったからでしょうか、少しはね。そうすると新鮮味がなくなっているので、そこをもうひとつ盛り上げて更に深い芝居をしようと思うから、今パニックです。何を訊かれても初日の台詞しか出てこないですから、もう訊かないで!(笑)
緑郎 今、喋ってるじゃないですか!(笑)
久里子 根がお喋りなものだからね(笑)。
──やはり新橋演舞場には特別なものがありますか?
久里子 歴代の名優の魂が潜んでいらっしゃいますからね。ですから一生懸命する人間には付いてくださるけれども、怠けた人間には仇するかも知れない(笑)。

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──それは身が引き締まりますね!今年は新派にとって130年の特別な年ですが、ここで『犬神家の一族』を選んだというのは?
緑郎 今年は1月に山田洋二監督の『家族はつらいよ』の新作からスタートして、130周年は新作イヤーだったんです。新派には何しろ130年の歴史がありますから古典がいっぱいあるんですが、何故か一作も古典をやらなかったという(笑)。その新作の締めくくりが『犬神家の一族』になった次第です。
──それがまたよく選んだな!というすごい作品になりましたね!
緑郎 劇団新派の座員はこの時代、横溝正史の時代や江戸川乱歩の時代は絶対に似合うと思います。本当にバッチリ、ピッタリ合っています。
──今並ばれた時に「うわっ!犬神家だ!」となりました。
緑郎 約二名、一族ではないのですが(笑)。
──金田一耕助もそのままです!
緑郎 (佐藤)B作さんと僕は「謎解きチーム」で、謎解きコンビなので。
八重子 私も犬神家一族ではありません(笑)。

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──そうですね!お琴のお師匠さんですよね!(河合)雪之丞さんはいかがですか?
雪之丞 古典ならあるのですが、こういうお芝居で女方で出るということはないものですから、どんなものかと思いましたけれども、(脚色・演出の)齋藤(雅文)先生が女方に合うように書いてくださいましたし、新派ならではの女方の存在感というようなものが動かせれば良いかな?と思ってとり組んでおります。 

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──浜中君、初めての新派出演はいかがですか?
浜中 僕が喋る時っていつも横に久里子さんがいらっしゃるのですが「嬉しいでしょ?」とおっしゃるので(爆笑)。
久里子 嬉しいでしょ?(笑)
浜中 はい、嬉しいです!(爆笑)このように、いつも横からおっしゃるので(笑)。だから僕が喋ろうとすることがどこかに行っちゃうので(笑)。
久里子 まぁ、憎らしい!(笑)
浜中 そんな感じの新派です(爆笑)。
久里子 それで新派をまとめちゃ可哀想じゃない!(笑)
浜中 でも皆さんすごく温かく受け入れてくださって、やりやすいです。

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──佐清役は大変じゃないですか?
浜中 そうですね、大変です。倍になってるからパワフルです。
緑郎 二役ですからね。
久里子 毎回泣いちゃうんですよ。彼の芝居の心の動きで。
雪之丞 そうなんですよ!私は浜中君の台詞で泣いちゃいけないんですね。「この野郎!」と思っていないといけないのに、泣いちゃうんです。
緑郎 皆泣いちゃうんですよ、幕切れなんか。
──マスクもずいぶんピッタリして大変そうですが。
浜中 そうですね、あれは大変です。
──マスクあり、なし、あとは、衣装もね。
浜中 これと和服があります。
久里子 あとはお顔に引き攣れを作るから、最初はかぶれちゃって可哀想だったわね。
──そうだったんですか?もう大丈夫ですか?
浜中 今は全然大丈夫です。もう再生したので(笑)。

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──今(浜中)文一君のお芝居で泣いちゃうというお話がありましたが。
久里子 私は子供を産んだことがないのですが、母親役をやる時には「産んだ」と思える方をと思っていて、彼と初めて会った時に「あ、産んだ」と思えたんです。そのくらい本当に息子らしくなって、毎日「お母さん」と入ってきてくれると嬉しくなっちゃって。おばあさんの年なのにね(笑)。
浜中 いえ、そんなことはないです!お母さんです!
久里子 本当に可愛いです。
──どういうところが一番可愛いですか?
久里子 目に真実があるから。目が一番ものを言うと言いますが、瞳の中に真実がありますから本当に素敵です。結局、佐清のために回っていく芝居ですから、私色々としますけれどもこの人のためなら幸せだと思えます。
──真に迫ったお芝居なんですね!
久里子 彼のおかげで心が動きます。
浜中 ありがたいです。久里子さんがやってくださるおかげで僕もできるので。今のは久里子さんが横でおっしゃったんじゃないですよ!(笑)、僕の真実の声です!
──教わったことはありますか?
浜中 横で囁きながら、稽古中に喋ること(爆笑)。いえいえ、本当に所作なども教えてくださいます。

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──水谷さんにはどうですか?
浜中 本当に舞台上でちょっとしか会えないので、だからもっと会いたいという気持ちがあります。
八重子 (マスクをかぶっているので)これっぽっちしか目が見えないんですよ。くりぬいている中だけで、この目だけでちゃんと訴えて来てくれるので、芝居の真実が伝わってきて、流れとしてはそこで真実がわかってはいけないのですが、真実を伝えられている気がします。
──この作品だけではもったいない気がしますね。もっと出て欲しいと思われますか?
緑郎 もうそれはもちろん!
雪之丞 もちろん、もちろんです。
八重子 新派に入ってちょうだい!B作さんもそうです!
──B作さんは新派公演に4作品目の出演ですね?
佐藤 はい、数えたら4本出ていて、自分でもびっくりです。
久里子 半分新派ですよ!
──居心地はいががですか?
佐藤 いいですよ!って悪いって言えないでしょう?(爆笑)でも本当に楽しいです。

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──では、東京公演に当たって皆様からメッセージを。
雪之丞 本当にこれだけメジャーな作品を舞台にかけて、お客様にどのように受け入れて頂けるのか最初は本当に不安だったのですが、大阪公演でたくさんのお客様にご来場頂いて、喜んで頂いて、色々のお言葉をちょうだいできたので、その気持ちを持ってこの演舞場公演も大いに盛り上がれば良いと思って、大阪公演に増したパワーでやっていきたいなと思っております。
浜中 新派130周年の『犬神家の一族』というとても光栄な場所に出させて頂きました。色々なドラマがある舞台なので、すごく楽しいものになっていると思いますので、是非皆様ご来場ください。
緑郎 「映画、原作よりも面白いものを!」という合言葉でスタートして、なんとかできたんではないかな?と僕は思っています。それくらい深い感動をお届けできると思いますので、是非劇場にお越しいただければ嬉しいです。

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佐藤 映画に負けない舞台になっていると思います。懐かしく感じてもう1度観たいと思っていらしゃる方も多いかと思いますが、本当にもう1度観ると「あ、こういう話だったんだ!」と感動できると思いますし、私もこの警察署長役は加藤武さんがなさっていて、大好きな俳優さんですからその人に負けないように!是非劇場にいらしてください!お待ち致しております!
久里子 B作さんと浜中さんが参加してくださって、新派の一族が燃えておりますので、お1人でも多くの方々に観て頂けたら幸いです。よろしくお願いいたします。。
八重子 何より嬉しいのは新派の中からこの作品が生まれたということです。緑郎さんと雪之丞さんの『黒蜥蜴』『怪人二十面相』を書いた斎藤雅文さんは新派の一員で仲間です。その方が130年にその集大成で、今まで新派に全然なかった路線をポンとぶつけていらした。ですから私達はその中の駒ですが、如何にその駒が上手く、作家の思い通りに動いてこの作品をあとに残していくことができればと。そう思っていつもと違う興奮と、怖さをもってやっております。よろしくお願いいたします。
 

〈公演情報〉

新派130年11月新派特別公演
『犬神家の一族』
原作◇横溝正史 「犬神家の一族」(角川文庫刊)
脚色・演出◇齋藤雅文 
出演◇水谷八重子 波乃久里子 喜多村緑郎 河合雪之丞 
春本由香(交互出演) 河合宥季(交互出演)瀬戸摩純 
田口守 / 浜中文一 佐藤B作 ほか
11/14〜25◎新橋演舞場
新橋演舞場 03-3541-2111
チケットホン松竹 0570-000-489



【取材・文・撮影(囲み)/橘涼香】


 


『帰郷』


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