【舞台写真】『お染の七役』土手のお六

歌舞伎座百三十年の掉尾を飾る「十二月大歌舞伎」は、坂東玉三郎を中心にした一座。江戸時代から続く歌舞伎の伝統と、発展、深化を進めてきた歌舞伎の革新が揃う魅力的な演目が並び、尾上松緑、市川中車、尾上松也といった人気と実力を兼ね備えた俳優が顔を揃える中、新たな挑戦に挑む若手女方に注目が集まっている。 
これまで玉三郎が得意としていた演目に、昼の部では中村壱太郎、夜の部では中村梅枝、中村児太郎という期待の若手女方を配し、次代の歌舞伎界をも見据えた話題の公演だ。
 
その昼の部で中村壱太郎が挑むのは『於染久松色読販 お染の七役』。油屋の娘のお染、丁稚の久松、奥女中の竹川、久松の許嫁のお光、芸者の小糸、土手のお六、お染の母貞昌という、それぞれ年齢や性格、背景が異なる七役を縦横無尽に行き来し、早替りで見事に演じ分けている。
初日の興奮覚めやらぬ二日目の上演後、壱太郎にインタビュー。作品と役をどのように深めて舞台に立ち上がらせていったか、生き生きと語ってくれた。 
 
壱太郎さんバルコニー

玉三郎さんが徹底的に
稽古を付けてくれた土手のお六役

──『お染の七役』では、初役で七役を演じます。それぞれの役で気をつけたところはどこでしょうか。
七役すべて役柄が違うと言えばそれまでですが、娘役から丁稚、中年の女性などさまざまです。若い娘でもいいところのお嬢様なのか田舎の娘なのかでも役の枠組みが変わってきます。お染とお光は典型的な娘役です。これまでぼくが経験してきた役に属しているので、引き出しがありました。小糸は芸者です。台詞が少なく、少ないながらに役を表すほうが難しい。芸者については自分の引き出しから出せるものと、新しく考えなくてはいけない面の両方があって、それらを合わせて作り出していきました。いちばん難しかったのはお六です。お芝居をじっくりと見せる役で、玉三郎のおじさまが徹底的に教えてくださいました。10月、11月は玉三郎のおじさまは東京にいらして、ぼくは地方公演がありました。現実的に会う時間がとても少ない中で、徹底的にお六の稽古をつけていただきしました。

中村壱太郎_『お染の七役』土手のお六土手のお六
 
──いちばん難しかったというお六は、小梅莨屋の場で喜兵衛と話しているときと瓦町油屋の場とでは別の顔をみせるように、1つの役の中で心情の変化も表されていました。役の背景をどのように捉えたのでしょうか。
お六は、身分のいい竹川に仕え、お屋敷に務めていた過去も考えていきました。その後は芸者に出ていたかもしれないし、四苦八苦の人生を歩んできたかもしれない。いろいろな生き方をしてきた女性像が見えてきます。外面と内面を使い分けることのできる女性なんでしょうね。それは玉三郎さんも「話す相手によって、声色を変えるとは言わないまでも(自然に)変わってくるもの」とおっしゃっていました。お芝居を観る上で、お客様にとって必要な情報ではないけれど、それがお芝居の面白さにつながってくると思います。一方のお染はお嬢様としてだけ生きてきているから、生き方は一面しか出ない。竹川も一面ですよね。

中村壱太郎_『お染の七役』奥女中竹川奥女中竹川

衣裳を着てかつらをつけて
鏡を見ると役のスイッチが

──その変化を早替りで切り替えられていました。
自分でも不思議なことに衣裳を着てかつらをつけると、一瞬にして役の気持ちになります。大事なのは鏡!(笑)。鏡に映った早替り後の自分の姿を見ると、その役に自分が入っていきます。これはやってみて気付いたことです。早替りは「登場の瞬間が勝負」とよく言われるほど、そこが眼目なので、登場の直前は一瞬だけ鏡を見ることでスイッチを入れました。そして、衣裳をつけたときの帯の高さによっても、その役の動きに入れましたし、声も役に合わせて変わります。これは幼い頃から歌舞伎役者をやっていてよかったなと思えることです。
──早替りは瞬きせずに見ていても、いつ変わったのかわからないほどでした。
早替りは1人ではできません。舞台袖に捌けると、かつらを扱う床山さん、そして衣裳を脱がすチームと着せるチームが待ち構え、一気に次のお役にしていただいています。お稽古では大変贅沢なことに玉三郎のおじさまだけではなく、玉三郎のおじさまに以前習われた中村七之助さんも稽古を見てくださったんです。さらに本番では七之助さんのお弟子さん、『お染の七役』をされている猿之助さんのところのお弟子さんも入ってくださっています。早替りというケレンにいちばん強い方たちが集結しています。小道具や他の用事もやってくださるお弟子さんを入れて全員で12人のチームです。ぼくが裏に入ると一気に仕立てていただきます。

中村壱太郎_『お染の七役』後家貞昌後家貞昌

──次の役はどこからどのように出てくるのかが楽しいです。そして急いで次の役になった感じがまったくしません。
「早替り」というくらいですので、人間の心理として、急いで入って急いで出たくなります。それをまず留めることから始めました(笑)。わざとゆっくり入って、出るときも早く出るんですけど、後ろ向きで出てみようとか、逆にぱっと顔を見せようとか、急いで出ないようにしています。玉三郎さんからは「自分で考えていきなさい」と言われました。もっと早く変わろうと思えば、早く変わって舞台に出られるかもしれません。でも、あまりにも早いと今度は逆に、お客さんの頭の中が疑問符ばっかりになっちゃうんですね(笑)。そこのバランスを考えて、あえてゆっくりやるということもしています。面白い視点ですよね。

鶴屋南北は現代的で
リアルな日常会話 

──『お染の七役』は江戸の演目です。作者、鶴屋南北の台詞についてもお聞かせください。
歌舞伎らしい言葉というと「なんとかで、なんとかだから、なんとかで」と七五調のもの、河竹黙阿弥の作品に出てくる台詞がありますよね。『お染の七役』の作者である鶴屋南北にもやはり独特の「節」があるんです。もちろん現代語ではないけれど、現代チックな台詞、言い回しが多いように感じます。リアルさがかなり色濃く出ています。音楽的でもあるけれど、リアルな日常会話でなくてはいけない。そこの微妙なバランスがいちばん難しかったです。
──先輩方との共演になります。
七役を演じるにも周りの役との関係性がないと成り立ちません。そのバランスがとても大事になってきます。踊りの場面も松也さんと梅枝さんとが出てくださって、小糸のときも猿弥さんが手をひいてくださる。ぼくは安心してお芝居をすることができました(笑)。松緑さんも「好きなようにやっていいから」と言ってくださって、ありがたかったです。松緑さんとはこれまで女房役で相手役を何度もやらせていただきました。瓦町油屋の場では、松緑さんの喜兵衛が主役でもあると改めて思い、支えられているということも感じました。

中村壱太郎_『お染の七役』許嫁お光許嫁お光

「狂乱物」の踊りの楽しさと
立ち廻りの難しさ

──踊りについてですが、病鉢巻の姿になってからのお光の踊りも見物です。
まさに大詰めの踊り。ぼくは踊りが大好きなので、とても嬉しいことでした(笑)。お光の踊りは今までの自分のフィールドにある役で、いちばんやりやすかったかもしれません。あの踊りは「狂乱物」と言って、恋に狂ったり、子どもを亡くしてさまよったりする踊りですが、実はやっていて楽しい(笑)。面白いですね、お光は。
──お光の踊りで大事にされていることは。
お光はこの物語の中では脇筋の役です。お光、お染、久松の三角関係があって、本当は本筋の話がある。でも脇筋だけれど、一瞬だけお光は序幕にも出てきます。あそこでどれだけお客様にお光のことを印象付けられるかを大事にしています。そして物語の中では説明がありませんが、お客様の知らぬ間にあそこまでになっているわけだから、それをどう見せられるか。余計な役作りはしていなくて、久松が好きという思いと町中の雑踏の中で「ぱっ!」と誰かの姿を見つけるような、人影にすがるような思い。瞬間みたいなものを大事にしています。

中村壱太郎_『お染の七役』油屋娘お染
油屋娘お染

──役を想像して、嫉妬する相手であるお染をご自身が演じていることも不思議な感覚です。
その場に嫉妬の対象であるお染が居合わせないからできるんでしょうね(笑)。久松にしても松也さん演じる船頭さんや女の猿廻しの梅枝さんがいて、お染を重ねてやるので、やりやすいです。
──お六の船頭たちとの立ち廻りもかっこよかったです。
実はいちばん苦労しました(笑)。立ち廻りで、中心になる人物を「芯(しん)」と呼びますが、これまであまり経験がありません。それに首抜きという浴衣一枚の衣裳なので難しいです。中身の身体は男性ですから(笑)。着物をいっぱい重ねて大仰な格好をしているほうが、それらしく見えますので、浴衣一枚の庶民的な格好で立ち廻りするということは、嘘がつけない分、難しい。玉三郎さんは「動かされている方にならないと駄目」とおっしゃっていました。自分から戦いにいくよりも戦わされている感じです。どれだけ「ドン!」と気合いを入れるかが勝負です。殺陣は流れを覚えなくてはいけませんが、「次こっち」「その後こっちから」と考えてやるとうまくいかない。おかしな話ですが、そのせめぎあいに苦労しました。

中村壱太郎_『お染の七役』丁稚久松
丁稚久松

1か月の中でどれだけ深めていけるか
変化の過程を観ていただければ

──改めて今回の七役を演じられた経験はどのようなものになりそうですか。
歌舞伎は他の演劇と違って毎日、25日間やります。やっぱり人間ですから、さすがに2時間半、休憩を入れて3時間を走り続けるフルマラソンの状態で、集中力が切れそうになることもあります。「ここが悪かったな」「ここはこうしたいな」ということも芝居中に考えていないと終わったときには忘れてしまうので、すぐにメモをしています。自分でメモできないときには、袖に引っ込んだときにすぐ口に出してメモをしておいてもらっています。そうでないと次の日に、気になっていたその場になって「ああ、これだ!」となってしまう(笑)。それはものすごく悔しいことなので、その日に気付いたことは翌日にすぐ活かすようにしています。また、今回は1人で作るというよりも特に裏方さんとのやりとりを大事にしながらみんなで作ってきました。歌舞伎の世界には舞台監督がいないのですが、狂言方という方が同じような役割にいます。そういう方たちと舞台の転換や段取りについて話し合ったり、主役をやるとこれだけやることが多いのかということも今回学びました。これまで主役をやられてきた人たちはどれだけ大変だったことかと・・・。ちょうど今年の6月に、十代目松本幸四郎さんが『伊達の十役』をおやりになりました。十役を早替りでやる演目で、4時間近い世界です。ぼくも出ていましたが、端から見ていて「大変だなあ。すごいなあ」と。それがこんなにも早くくるとは!(笑)とてもいい経験になっていますし、日々変化している実感があります。

中村壱太郎_『お染の七役』芸者小糸芸者小糸
 

──監修の坂東玉三郎さんは『お染の七役』を21歳のときに初めて演じられて、今年の3月にはお六を演じられました。いま、次の世代に伝承されています。 
玉三郎のおじさまには今年は1月の大阪松竹座でも3月の歌舞伎座でもご一緒させていただき、たくさんの教えをいただきました。今回は特に駆け足ながら、何を教えられるのかを厳選して、一気に言っても全部はできないということもわかっていらっしゃるので、今のぼくに何が必要なのかを端的にいちばんわかりやすく削ぎ落として教えてくださったと思います。台詞の音楽的なところや心情のことまでご指導いただきました。これからもご指導いただきたく、この1か月の中で、どれだけ深めていけるかが勝負だと思っています。玉三郎のおじさまにまた見ていただくときに変化をしっかり見せたいですし、その変化の過程をお客様にも見ていただけたら、嬉しいです。

壱太郎さん正面

なかむらかずたろう○1990年生まれ。中村鴈治郎の長男。祖父は坂田藤十郎。1991年11月京都・南座〈三代目中村鴈治郎襲名披露興行〉『廓文章』の藤屋手代で初お目見得。1995年1月大阪・中座〈五代目中村翫雀・三代目中村扇雀襲名披露興行〉『嫗山姥』の一子公時で初代中村壱太郎を名のり初舞台。2007年に史上最年少の16歳で大曲『鏡獅子』を踊る。2010年3月に『曽根崎心中』のお初という大役に役柄と同じ19歳で挑む。2014年9月吾妻徳陽として日本舞踊吾妻流七代目家元襲名。現在、女方を中心に歌舞伎の舞台に精進しつつ、ラジオやテレビなどにも活動の場を広げている。大ヒット映画「君の名は。」ではヒロインとその妹が舞う巫女舞の振付をしたことも話題となる。

〈公演情報〉
十二月大歌舞伎特別チラシ_昼の部
十二月大歌舞伎特別チラシ_夜の部

歌舞伎座百三十年
「十二月大歌舞伎」
平成30年12月2日(日)〜26日(水)
[昼の部] 11:00〜 
『幸助餅』
『於染久松色読販 お染の七役』
 [夜の部(Aプロ)] 16:30〜
『壇浦兜軍記 阿古屋』
『あんまと泥棒』
『二人藤娘』
[夜の部(Bプロ)] 16:30〜
『壇浦兜軍記 阿古屋』
『あんまと泥棒』
『傾城雪吉原』
〈料金〉1等席18,000円 2等席14,000円 3階A席6,000円 3階B席4,000円 1階桟敷席20,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉チケットホン松竹 0570-000-489




【取材・文・撮影/今村麻子 スチール・舞台写真提供/松竹】


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