12/13より中野 ウエストエンドスタジオにて、舞台『Happy Families -A Greek Tragedy in London-』開幕した。
デボラ・ラヴィンの原作を、河内喜一朗とスタジオライフの翻訳、倉田淳の上演台本・演出で上演している。
初日開幕レポートが到着した。ここに紹介する。

他者を許せない人々へ捧ぐ。あるLGBT カップルと家族たちの24 時間の物語

「HappyFamilies」舞台写真(撮影_沖美帆)-05

不寛容な現代社会を象徴する少年・トビーのエゴイスティックな正義感

許すこと。理解すること。受容すること。それはどれも、人が人と生きていく上で欠かせないものだと思う。許すことができない者は人を憎み続けるしかなく、理解することができない者は不満を抱え続けるしかなく、受容することができない者は差別をし続けるしかない。
そんな人生は、きっと寂しい。

「HappyFamilies」舞台写真(撮影_沖美帆)-01

『Happy Families -A Greek Tragedy in London-』を観て、ふとそんな想いがよぎった。
物語の中心人物は、ロンドンの高級住宅街で生活を共にするアランとメリック。ふたりは同性愛者のカップルだ。
穏やかに暮らしていたふたりの生活に波乱を招いたのは、一通の訃報。アランの元妻・エイミーが亡くなったと言う。
エイミーの死により、アランは離婚以来一度も会っていなかったふたりの子ども、17歳の娘・サフロンと15歳の息子・トビーを引き取ることとなる。しかし、サフロンもトビーも父が同性愛者であることは知らない。大きな秘密を抱えた再会は、やがてそれぞれの人生を変える事件を引き起こす。

「HappyFamilies」舞台写真(撮影_沖美帆)-02

タイトル通り、この作品は家族の絆の物語だ。息子のトビーは、母を不幸せにした父のことを憎んでおり、その一方でアランの恋人であるメリックも自身の父親と絶縁状態にある。家族だからと言って誰もが無条件で愛し合えるわけではない。むしろ家族だからこそ、許せないことの方がきっと多い。9年ぶりの再会は、この複雑な父子関係に雪解けをもたらすのか。
開幕けとともに、そんな目線でドラマの行方を見守った。

「HappyFamilies」舞台写真(撮影_沖美帆)-03

だが、2018 年の今、上演することにより、『Happy Families -A Greek Tragedy in London-』は「家族」という最小のコミュニティにとどまらず、もっと広く、現代における人と人のコミュニケーションについて疑問を投げかけているようにも見えた。

その問いを提起するのは、息子のトビーだ。
トビーはとても潔癖な性格の持ち主。家族を捨てた父だけでく、疑問が生じたこと、納得がいかないことについて、徹底的に追求をする。
その矢継ぎ早の質問は、周囲の大人たちを困らせ、疲弊させる。だが、トビーはそんなことは構いもしない。
白にも黒にもできない「グレー」の部分にこそ、人間のずるさや弱さ、逞しさや優しさが潜んでおり、だからこそ人と人は摩擦を最小限に抑えて、互助的に生きていけるというのに、15 歳のトビーにはそれがわからない。だから、トビーは何でも理詰めで考えて、論理で説明できない事柄に関しては理解も許容もしようとしない。
その完璧主義は、見方によれば独善的で排他的でもある。

「HappyFamilies」舞台写真(撮影_沖美帆)-04

そんなトビーの潔癖さは、父のアランに向かって牙を剥く。
トビーは、父を許さない。父を罵り、否定することが正義だと決め込んでいるようだ。その獰猛な潔癖さにアランは手を焼き、途方に暮れながらも、これからもう一度家族という関係を築いていくために、ずっと隠し続けていた自らのセクシャリティについて告白することを決める。

だが、独善的で排他的なトビーが、父のセクシャリティを理解するはずも許容するはずもない。
そんな15歳の少年の姿が、今の日本の映し鏡のように見えた。
不寛容な社会と言われて久しい。SNS の浸透により、世の中は、過ちを犯した者、自分とは異質な者を容赦なく叩き誹り嘲るようになった。しかも恐ろしいことに、そこに差別意識などなかったりする。むしろそうした攻撃の炎は、エゴイスティックな正義感を燃料としている場合が多い。
そして、どれだけ謝罪をしても、反省の弁を述べても、その炎は鎮火しない。なぜなら、許さない限り、自らは正義の人でいられるからだ。
トビーも、きっとそうなんじゃないかと思った。そして、父の過去の罪を許すことも受け容れることもできず、自ら縁を絶ち切ることで、均衡を保っているアランの恋人・メリックもきっと――許さないことより、許すことの方が、よっぽど難しい。

「HappyFamilies」舞台写真(撮影_沖美帆)-06

そんな人を許せない人間が、人から許されたときほど心乱されることはない。
最後に訪れたトビーの動揺と錯乱は、人を許すことも理解することも受容することもしない少年に与えられた、大人になるための宿題だ。しかも、その宿題を与えたのが、自らもまた父を許すことのできなかったメリックであるという、この構造が実に面白い。彼はあの激しい葛藤と狼狽を抱えて、どう生きていくのだろうか。それはまた不寛容な今を生きる私たちに与えられた課題でもあるのだ。


伸び盛りの若手と堅実なベテラン勢による上質な会話劇

スタジオライフと言えば、華やかな衣装と麗しき男優たちによる耽美な世界観が代名詞だが、本作はそれらとは一線を画した趣となっている。日本初演は1997年。「The other Life」と銘打ち、いつものスタジオライフとはまた違う顔を覗かせて、評判をとった。
その後、01年の再演を経て約17年ぶり3度目の上演となる本作は、文化庁と日本劇団協議会が主催する“日本の演劇人を育てるプロジェクト”の公演として、若手俳優の育成を目的に実施。十八番である壮大なスケール感や、煌びやかな演出を封印し、7人の俳優たちがひとつひとつの台詞に格闘しながら、丁寧に会話を重ね感情を紡ぎ上げることで、24時間の間に起きる急転直下のドラマに説得力を生んでいる。

「HappyFamilies」舞台写真(撮影_沖美帆)-07

“R.O.Y.チーム” からはトビー役の澤井俊輝、デレック役の鈴木智加寿、コスモ役の相馬一貴が新進演劇人育成公演の育成対象者にあたる。中でも秀逸な演技を披露しているのが、スタジオライフ第11期生(2012年入団)の澤井俊輝だ。まずは舞台に登場した瞬間から15歳の少年役として違和感なく存在できているところがいい。気難しく偏狭とも言えるトビーのキャラクターを硬質な台詞回しで表現し、会話主体の本作に機動力をもたらした。

そして、ベテラン勢が手堅い演技で若手を支えているから、新進演劇人育成公演と言っても脆さはない。
特にメリックの姉であるスベトラーナ役の石飛幸治が、ほぼ出ずっぱりで作品に程良い緩和と深さを与えた。
序盤はいかにも人のいいおばちゃんといった雰囲気。何気ない仕草や間のとり方で笑いを起こす。終盤のトビーとの対峙では場全体の手綱を力強く握って澤井をリード。ベテランの経験値を証明した。
スベトラーナの放った「うまく機能している「ファミリー・ライフ」なんてあるかしら?」という台詞が、作品全体を象徴するメッセージとして強く心に残った。

「HappyFamilies」舞台写真(撮影_沖美帆)-08

『Happy Families -A Greek Tragedy in London-』は12月23日(日)までウエストエンドスタジオにて上演。小空間だから愉しめる繊細な会話劇をぜひ堪能してほしい。

(文◇横川良明 撮影◇沖 美帆)

【公演情報】
happy
文化庁委託事業 平成30 年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業
日本の演劇人を育てるプロジェクト 新進演劇人育成公演
『Happy Families -A Greek Tragedy in London』
原作◇デボラ・ラヴィン
翻訳◇河内喜一朗 スタジオライフ
上演台本・演出◇倉田 淳
12 /13〜23◎中野 ウエストエンドスタジオ (住所 東京都中野区新井5-1-1)

●公式サイト[劇団スタジオライフ]
http://www.studio-life.com/


『暗くなるまで待って』


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