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堀井新太・黒島結菜らが演じる岩松了の最新作『少女ミウ』ザ・スズナリにて開幕!

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人間の暗部を独自の鋭い会話で描く作・演出家、岩松了。その最新作『少女ミウ』は、一家心中の生き残りとなった少女ミウをめぐる虚偽と真実についての青春群像劇。NHK連続テレビ小説『マッサン』などで注目を集める俳優・堀井新太ら10名の若手俳優たちが出演している。その公演が5月21日に、下北沢ザ・スズナリで開幕した。(6月4日まで)
そのレポートと堀井新太、黒島結菜、岩松了のコメントが届いた。

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【初日レポート】
 
21日に開幕した岩松了の新作、M&O playsプロデュース「少女ミウ」は、若手中心の俳優10名で繰り広げる青春群像劇。岩松が200席規模のザ・スズナリで作品を発表するのは6年ぶりとなる。タイトルロールのミウを期待の20歳・黒島結菜が、ミウに惹かれていくTVキャスター広沢役を24歳の堀井新太が演じている。
作品について予備知識がほぼなかった筆者の耳に、“ヒナンシジクイキ”“センリョウ”という語句が飛び込んできた。岩松が今回、東日本大震災をモチーフにしたことは大きな注目点であるだろう。“あの会社”の社員で賠償問題の責任者だった人物を父に持つ中学生のミウ(黒島)。6年前、母、妊娠中の姉とその夫、そしてミウの一家は「社会的な制裁」であるかのように避難指示区域に住んでいたが、父はその3ヶ月前に家族を残して失踪。またミウは、自分と同じ歳の異母姉妹がいることを知らされる。その少女が一家を訪れた日、家族はミウだけを残して心中する。そんな衝撃の幕開け。かくして少女ミウは隔離された場所から一人、社会という野へと放たれる。

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スズナリの小さな演技スペースを2段に分けて使い、一段降りるとそこは6年後のテレビ局である。とある番組が、震災被害者である2人の少女の復興への軌跡を長期間に渡って追うという企画を立て、その“2人の少女”こそ、ミウとあのときの少女・アオキユーコ(金澤美穂)であった。その番組の敏腕パーソナリティー・広沢(堀井)はやがて、2人の少女の間で揺れ動く。奥底にどこか野性的なものを感じさせながら純粋な処女性を放つミウと、やや鼻にかかった声や大人びた言動が蠱惑的な印象を与えるユーコ――二つで一つであるようで対照的な彼女たちの魅力に、広沢同様、観客も幻惑されてゆく。

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2段の舞台はそれぞれ、避難指示区域にあったかつてのミウの家とTV局(スタジオ、控え室)として使用。それらを分かつ灰色の幕は、硬質なシャッターを思わせる。場面もシームレスに入れ替わり、6年前と現在が行ったり来たり。なお6年前の場面は、新しいものから古いものへ時間が逆に流れている。そしてキャストの大半は、6年前と現在でそれぞれ別の2役を演じている。そんな少々トリッキーな作りは、まさにこの作品が描く“虚実”を表すにふさわしい。被災地の状況に対して真の実感を持てない首都圏、ドキュメンタリーとして出発するも徐々に練られたフェイクへと変化させていくメディアなど、現代の虚実にまつわる問題をビシッと突いてくる脚本でもある。
ミウとユーコ、そして広沢の三角関係が、全く別の男女の三角関係とリンクしている終盤の展開には痺れた。物語はメビウスの輪のように円環をなし、再び紡がれるだろう。虚から実、そしてまた虚へ。震災や原発といういつになくリアリティあるモチーフを用いて、岩松ならではのファンタジーに仕上がった。(取材・文:武田吏都)

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【コメント】
 
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堀井新太

(初日を迎えるにあたって)緊張していますけど、楽しみの方が強くて。稽古でやってきたことを思い切りやるしかないですね。ドラマ(「3人のパパ」)の撮影と並行して稽古していたのですが、ドラマの役とはとてもギャップのある大人の役なので、頭が良く見えるようにしないと(笑)。
稽古での岩松さんの“千本ノック”は、すごく楽しかったです。最初わからなかったことがわかってくるという、繰り返すことはそこに意味がありますね。例えば、「なぜここは机を触りながら台詞を言うんだろう?」と最初思っても、その仕草を何回も何回もやっていくと日常になってきて、そこに“居る”人になっていく。そういう新しい発見が常にどんどん出てくるのが面白かったです。
 
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黒島結菜
岩松さんの稽古では、“千本ノック”と呼ばれるように同じシーンを繰り返しやっていくんですけど、何回もやるうちに手とかちょっとビリビリしてきたり、今までなったことのない感覚になることが何回かありました。初めて体がそういう感じになったなっていう。考えなきゃいけないことが多くて頭もすごく使ったし、でも考えすぎてもわからなくなってしまうので、目の前のことをひとつひとつやっていけば、積み重ねで全体が見えてくるのかなと思いながらやっていました。そうして作り上げていったミウは、上手くつかめないとかいうことはなく、自分と離れているとか近いとか、そういうこともあまり気にしませんでした。今ミウを演じられて良かったなって、すごく思っています。

岩松了
この作品の脚本を執筆中に、別の仕事の取材で福島に行っていたんです。最初から温めていたというよりは、自分の生理的なものが福島に向かっていたのでごく自然に、こういう題材の話になっていきました。
若い俳優たちとやると、少しずつ良くなっていくのを目の当たりにできるのが楽しいから、本当は稽古があとひと月ぐらいあればいいなというぐらい。もしそれぐらいあれば、黒島さんや堀井くんに対しても今感じていることとはまた別のことを僕が感じ始めると思うし、そうなると人物像の輪郭がまた膨らんでくるから、やればやるだけ面白い座組みだろうなと思っているんですが。こういう座組で作るものについては、よくできたお菓子を「はい、どうぞ」と安全なところから差し出してもあまり意味ないなという感覚が僕の中にあります。そうではなく、自分の身を少し危険に晒したものを届けてみたい気持ちがあって、そうした作品になっているのではないでしょうか。

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〈公演情報〉
『少女ミウ』
作・演出◇岩松 了
出演◇堀井新太、黒島結菜
川口覚、富山えり子、金澤美穂、篠原悠伸、新名基浩、藤木修、
岩井七世、安澤千草
●5/21〜6/4◎ ザ・スズナリ
〈料金〉前売・当日共¥5,500 U-25 ¥3,500 (観劇時25歳以下対象・当日指定席券引換・枚数限定・要身分証明書・チケットぴあにて前売販売のみ取扱)
〈お問い合わせ〉 M&O plays 03-6427-9486(平日 11:00〜18:00)
http://morisk.com/plays/miu.html







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藤田富・高宗歩未らが現代に「愛」を問いかける。劇団アレン座第1回公演『空行』上演中!

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劇団アレン座(Allen suwaru)の旗揚げとなる公演『空行(そらいき)』が、5月18日に初日の幕を開けた。(29日まで東京・吉祥寺シアターにて)

はっぴぃはっぴぃどりーみんぐ〈はぴどり〉として活動してきた來河侑希、鈴木茉美が新たに結成した劇団で、骨太なストレートプレイで、今日の世界を視界に入れた社会派の舞台を、幻想的な美しさを織り込みながら、リアルな今日の問題として提出している。
 

キャストは若手俳優の藤田富、高宗歩未、永井理子や、実力派として知られる中西良太、近童弐吉、内田淳子、古屋隆太を客演に迎え、劇団員の來河侑希、栗田学武、普光院貴之が出演している。
作・演出は、『JYUKAI-DEN』『ホイッスル』などを手がけている鈴木茉美。 そして、舞台美術に、2013年度読売演劇大賞最優秀スタッフ賞受賞し、青年団、地点、サンプル、LUDENSなどで活躍する杉山至、照明に白井晃作品などを手がける齋藤茂雄といった凄腕スタッフが顔をならべている。


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【あらすじ】

その街は炭鉱だった。大きな何かと判別できない荘厳な塔のような機械がそびえ立つ古びた建物。石灰の匂いと白い埃、希望を求めて人々はほこりを巻きちらし炭鉱を探すために穴を掘り続けた。ある日、炭鉱と置屋のオーナーであるモトヤマが連れてきたのは、7歳の少女だった。「イチカです。何も知りません。色々教えてください」。少女は教えられた通りに言葉を発した。炭鉱夫たちは金を払い少女で自身を慰める。そして、少女はモトヤマの息子のヒロトと出会う。彼の読む物語を通して、イチカは世界を知って行く。彼女の持つ信念を通して、ヒロトは自分を知って行く。運命を受け入れる少女と、運命を壊したい少年の心は、どこに答えを見つけるのだろうか…。

 

杉山至の舞台装置が美しい。円形のサークルの床の真ん中に完成したパズルのピースのような切り込みの入ったスチール板がまっすぐ走り、それを囲むようにプラスチックのとても小さな白いパイプが、まるで海辺の砂のように広がっている。舞台奥には4つの移動するドア。戸板はスクリーンになっていて、印象的な言葉や、写真が映り、また影絵を作り出す仕掛けになっている。
舞台が始まる前は、中央には更紗のかかった塔がそびえ立っている。淡い緑色のような照明とSEの赤ん坊の笑い声がまじりあうと、異界に入り込んだような、どこか懐かしくて遠い場所に来たような感覚を覚える。そして暗転し、スポットライトとともに塔の下で寝そべっている2人の白い衣装を着た男女が浮かび上がる。それがヒロト(藤田富)とイチカ(高宗歩未)だ。

彼らが夢を見ているような会話をした後、更紗が落ちると、そびえ立つ鉄パイプで組み上げられた塔が屹立する。本棚のようになっている場所もあり、中央付近には窓がある。そこはとある街の炭鉱を無骨にイメージした場所でもあり、グロテスクな置屋も想像できる。また、7歳のヒロトとイチカのいたイノセントな場所も彷彿とさせる。答えはどこにもない。あるがままに感じることを許してくれるとても広々とした世界のように見える。
 

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そして物語が始まる。ヒロトは炭鉱主で置屋の胴元でもあるモトヤマ(中西良太)の息子。そこに母親に捨てられた7歳のイチカが置屋に連れてこられる。彼女は、炭鉱夫のヨシオカ(栗田学武)やマキノ(普光院貴之)など、男たちの欲望の対象として生きることになる。彼女の他にルリ(永井理子)もそうした存在だ。さらに、炭鉱夫を夫にしていたが、夫が亡くなり、置屋の主人になったミナコ(内田淳子)がいる。そこに様々な男たちがやってくる。炭鉱と癒着している政治家カトウ(近童弐吉)、カトウから金を巻き上げようとするフリージャーナリストのサメジマ(古屋隆太)、ハッピーマインドという慈善団体にいるタカギ(來河侑希)。彼らが織りなすストーリーは、ひたすら自己の欲望を満足させようとする男たちと、そのはけ口となって傷つく女性たちが絡み合いながら、グロテスクでありながら美しく静謐に進行していく。
 

ヒロトの藤田富は、イチカに影響を受けつつ自己を発見していくのだが、炭鉱夫の息子は炭鉱夫でしかないという負の現実に傷つき、やがて男としての欲望に染まっていく。無垢な少年が、次第に狂気を孕んでいく様を、悲しみを感じさせながら熱演していて、この作品の核となる存在を見事に果たしている。


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イチカの高宗歩未は、イノセントでありつつ、男の欲望の対象になることを厭わない。家族を救うためであり、その決意を感じさせる凛とした佇まいが美しい。イチカはヒロトによって色々な物語を知り、やがて「愛」という人間の本質を知り、そこから「すべてを赦す」というミューズのような役割を果たしていくのだが、その変化をセリフや表情で演じきってみせる。

ルリの永井理子は、イチカの友だちであり、男の欲望の対象であることに抵抗していく女性だ。そして闇雲に傷ついてしまうのだが、人間として戦いながらも負けてしまうという、この舞台での女性の「負の性」の部分をリアルに伝えてくる。

ミナコの内田淳子は、コメディエンヌ的存在で、女性であることをどこか諦めつつも、イチカやルリを癒していく。モトヤマとのやり取りで、金という即物的な、だからこそ、この作品に出てくる男たちの象徴のようなものを利用し、あわよくば寝首を搔こうとする姿など、根性と母としての強さを感じさせて頼もしい。


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 政治家カトウの近童弐吉は、金と女への欲望と、欺瞞と嘘をひたすら体現したような存在だ。ボランティア団体のハッピーマインドと手を組み、票を稼ごうと演説する姿は、現実の政治家たちのカリカチュアそのもので、今の日本の政治家を映し出してリアルに迫ってくる。 

フリージャーナリストの古屋隆太は、ただ外から見ているという周縁的な存在だ。どんな問題も決して踏み込むことはなく傍観者を決め込んでいる。舞台装置のサークルから踏み込まないでいる姿は、どんなに努力をしても良い結果が得られないという、諦めに似た閉塞感を抱える現代社会の病理のメタファーだ。彼はデジタルカメラを使って消費されていく女性を写すのだが、それは「男から見た女」という視線をそのまま表現する。


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ハッピーマインドの來河侑希は、妻も子供もいて文字通りハッピーな存在。慈善団体として置屋の状況が許せないのだが、その対立姿勢がひたすら暴力的で押し付けがましい。また彼は善人ぶって、やたらとニーチェを引用するのだが、ペダンチックで悪意でしかない善意を巧みに表現する。 

炭鉱夫の栗田学武や普光院貴之は、ひたすら男の欲望を加熱させていき、最後には暴発してしまう。その暴力的な様を、背筋が凍るほどスリリングな演技で見せてくれる。


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そして凄まじいばかりの演技力で存在したのは、置屋のモトヤマの中西良太だ。黒の中折れ帽子にストールを巻いてカッコいい佇まいだが、彼はすべてを金に換算することしかできない、即物的で欲望に身を委ねるストレートな存在だ。しかし、すべてを手に入れることができるはずなのに、妻、つまりヒロトの母親は、金も才能もない男と逃げていった。その寂しさを、よく通る声音と背中で語って見せる。ある意味では男のダンディズムで生きているのだが、だからこそ成長したヒロトとの出口の見えないやりとりは、男の親子にある独特なちぐはぐさを際立たせる。「すべての結論は運命的に決まっていて変えようがない」という諦念のようなものを纏うモトヤマはどこか虚しい。
 

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忘れてはならないのが、鈴木茉美の脚本と演出だ。ルリやイチカ、ヒロトは無垢な存在として白い衣装を身にまとい、欲望に生きる人々は普通の服というコントラストで、観客の感情移入しやすい空間をつくっている。さらに、ルリやイチカは、時折体の節々に紫や赤色のペインティングを施し、男の欲望に傷つく様を、あからさまではなく表現していて、彼女たちの悲しみのようなものが、まるで淡い色の花のようにそっと浮き上がる。

しかし、少女たちは一方的に虐げられているだけの存在ではない。男たちの差し出す金を破き捨てたり、それを折り紙さえ見立てて、笑い飛ばす。そんな生命力を感じさせる演出は、鈴木が女性であることと無縁ではない。

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象徴的なのは、塔に登ることができるのはルリとイチカだけであり、それ以外の役者は見上げるだけだ。特に男性陣はドアの開け閉めと出たり入ったりを繰り返す。その即物的な行為から救いとなる唯一の聖域が、塔なのだ。そこには誰も近づけない。また空を見渡せる窓はどこか開放的で安らぎがあり、そこに鈴木の慈しみや愛が表現されているのを感じる。だから観客は、ひたすら暴力的な男たちと、それを受け入れる女性という対立構造の中でも、神経をヒリヒリさせられるだけではなく、救いのようなものを感じて安心できるのではないだろうか。まるで海のさざ波を聞いているように、穏やかな気持ちさえ感じるのだ。

劇中に「愛は赦す」というニーチェの言葉が出てくる。それは、決して男だけが悪いわけではない、女性だけが正しいわけでもない、と宣言しているようであり、人間が生きることの業のようなものを浮かび上がらせる。この作品は、東南アジアのある国がモチーフになっているということだが、今現在も、世界を覆っている悲惨な現実は変わらず、その根源にある人間という存在の罪深さも変わらない。それでもあえて、「他者を愛することで他者を赦す」という、人間が辿り着くべき理想を観るものに訴えかけてくる。その誠実さに心を打たれるのだ。

 

〈公演情報〉
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劇団アレン座(Allen suwaru)第1回公演『空行』
脚本・演出◇鈴木茉美
出演◇藤田富 高宗歩未 中西良太 近童弐吉 内田淳子 古屋隆太 來河侑希  栗田学武 普光院貴之 ほか
●5/18〜29◎吉祥寺シアター
〈料金〉一般指定席5,500円 吉祥寺シアターシート(B席)4,500円 S席プレミアムシート7,000円(全席指定・税込) 
〈お問い合わせ〉0120-240-540(平日10:00〜18:00)
http://allen-co.com/soraiki/

 
 


【文/竹下力 写真提供/劇団アレン座(Allen suwaru)】




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松岡昌宏×土井ケイト×藤田俊太郎のタッグで描き出した希望の光『ダニーと紺碧の海』上演中!

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感情が交錯する男女の、ギリギリのバランスと噴出するエネルギーと、他者への憧憬を哀感を込めて描いた二人芝居『ダニーと紺碧の海』。この作品が、今最も注目されている気鋭の演出家・藤田俊太郎の演出、そして、アイドルバンドグループTOKIOの松岡昌宏と、さいたまネクストシアターで蜷川幸雄から絶大な信頼を得ていた土井ケイトの出演で、新宿・紀伊國屋ホールで上演中だ(21日まで。のち兵庫県立芸術文化センター阪急 中ホールで27日〜28日まで上演)。

『ダニーと紺碧の海』は、第60回アカデミー賞で脚本賞を受賞した『月の輝く夜に』をはじめ、幾多の受賞歴を誇るアメリカの劇作家、ジョン・パトリック・シャンリィによって1983年に書かれている。大都会の片隅で、それぞれに深い孤独の中に閉じこもっていた男と女が偶然出会い、互いの魂が共鳴していく様を描いた二人芝居の会話劇となっている。

【STORY】
ニューヨーク、ブロンクスの深夜のバー。1人の男と1人の女が、同じ空間で別々の時間を過ごしている。男の名はダニー(松岡昌宏)。繊細過ぎるが故に傷つきやすく、心の痛みを暴力によってしか吐きだせない彼は、他者と理解し合うことが思うようにできない。
一方、女の名はロバータ(土井ケイト)。日々の生活に疲れ、また過去に犯したある罪の記憶に苛まれ、悔やむあまりに、自分は幸せにはなれない、なってはいけないと心を閉ざしている。
いつか二人は、互いを認め、警戒しながらぎこちない会話を交わしていく。近づいては離れ、離れてはまたわずかに近づきながら、二人互いがどこかに共通するものを持っていることを感じたかのように、その距離を縮めて行く。
やがて、二人のエネルギーはぶつかり合い、傷口をさらけ出し、心の闇を見せあい、「帰らなきゃならないのに、帰る家がない」ダニーを、ロバータは自室に招き入れる。更に深く触れあっていく二人。やがてダニーは、かつて参列した結婚式の幸福を語り、遂にロバータに結婚を申しこむ。一瞬驚いたロバータだったが、すぐさまその申し出を受けいれ、二人は自分たちの結婚式をどう執り行うかを語り合い、かつて経験したことがないほどの安らぎの中で、深い眠りに落ちる。
だが、そんな幸福な夜が明け、孤独から解放されたと歓呼に満ちた朝を迎えたダニーに、ロバータはあれは一晩の夢だったのだと言い、帰って欲しいとダニーを突き離そうとして……。

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舞台に接してまず驚くのは、この作品が30年以上も前に書かれた戯曲だという点だ。おそらく情報として知らされていなかったら、この作品が現在、2017年を描写していると信じて疑わなかっただろう。それほどに、作品に登場するダニーとロバータという二人の男女の発する言葉、抱える心の傷、鬱屈するエネルギーには、「今」を感じさせる生々しいリアリティーがある。いや、むしろSNSを通じて千人を超える「ともだち」がいることが珍しくないのに、心を割って話せる、リアルに目の前で感情をぶつけ合える、たった1人の「親友」がいるのかという問いには答えをためらい、あたかもそうした親友がいないことが気楽なのだと振る舞う現代の風潮の中にこそ、この作品のリアルは更に深まっているように思えるのだ。
その鮮やかな「今」の空気感と生々しさを表出したのは、戯曲に寄り添い、二人の役者が発する言葉、表情、互いの距離を、丁寧に描き出した藤田演出によるところなのは明らかだろう。

舞台はタブロイド新聞の雑多な紙面で埋め尽くされた壁の前にある、深夜のバーからはじまる。あたかもそれは、あらゆる情報に取り巻かれていながら、そのどこにも居場所がないダニーとロバータの心を映し出したかのようだ。そこで、初めは舞台の端と端、遠く離れたテーブルに座り、黙々と飲み食いをしている二人が、少しずつ近づいていく様が、実に危ういバランスの中で示されていく。
それは近づいたかと思うと離れ、更に近づいたかと思うと、自分のテリトリーに入ってくるな!と恫喝するダニーの荒々しい叫びで、また引き離される。けれども、二人はそこを出てそれぞれの家に帰ろうとはしない。なぜなら、ダニーには「帰らなきゃならないのに、帰る家がない」。だからロバータは彼を家に連れて帰る。けれども、連れて帰る家があるロバータにとって、その家は帰りたい家ではない。

この閉塞感と、孤独と、それ故の他者の理解への渇望を、水道の蛇口から静かに流れ続ける水、蝋燭、ウェデングドレスの人形など、細かいしつらえと共に、役者たちの言葉と行動で伝えていく様には、息苦しいまでの濃い空気感がある。だからこそ、タイトルが示す通りに、ダニーが見た深い、深い、紺碧の海が現れる終幕の見事さには、心を鷲掴みにされる力がある。それは、現代人が実は強く求めていて、でも求めていると表明することさえできなくなっている、深い愛と他者との生のつながりの尊さを、示してくれるものに違いなかった。この優しさと、ロマン。それは、数々の賞賛を集めた『ジャージー・ボーイズ』の成果を引くまでもなく、藤田俊太郎の演出作品に常にある美しさに通じている。この人の紡ぎだす作品はいつも、哀しみを湛えるほどに美しく、尊い。

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そう改めて感じて思い返す記憶がある。それは、初めて藤田俊太郎という演出家に出会った時のことで、その端正なマスクに驚き、何故俳優になろうとしなかったのだろう、と反射的に思ったことだ。そして、藤田が初めは俳優を志していたことを知って得心したのと同時に、彼が演出家へと人生の舵を切ったきっかけはなんだったのだろうかと、また考えたものだった。その答えを、この作品に寄せた藤田の言葉が語っている。俳優を志した藤田はこの戯曲を愛し、自分はダニーそのものだとさえ感じて、演じることを切望したが、師である蜷川幸雄から、「この話は難しいから今の藤田には無理だと思う。もっとハードルの低い戯曲を選びなさい」と告げられ、これほど素晴らしい戯曲の言葉を、自分の身体は何一つ語ることはできないと知り、俳優人生の終わりを感じた」と。今思うとそれが彼の演出家としてのスタート地点だったのだそうだ。
蜷川は「今の藤田には無理だ」と言っただけで、それは未来の可能性を閉ざしたものではなかったのだと思う。それでも、演じることへの思いを断念するほどに、この『ダニーと紺碧の海』が藤田に与えた魂の共鳴が大きなものだったからこそ、今、こうして演出家としての藤田が手がけたこの作品を、舞台空間に奇跡のように現れた美しい紺碧の海を、観ることができた。そう理解した時、何か天命のような、深い感慨を覚えずにはいられない。この作品が演出家・藤田俊太郎を生んでくれたことに、一観客として感謝したい。

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そんな作品を、自らの身体で構築した二人、松岡昌宏と土井ケイトの、肉体をさらけ出し、魂の慟哭までもを語りつくした演技がまた素晴らしい。
 
ダニーを演じた松岡昌宏は、いうまでもなくバンド形態のアイドルグループ、TOKIOのメンバーだが、ジャーニーズのアイドルグループの中で、まずこの「バンド形態」という形が数少ない上に、担当楽器が力感のあるドラムであること。また大人気番組『ザ!鉄腕!DASH!!』での、身体を張った奮闘ぶりが、彼に与えている骨太な土着の雰囲気が、ダニーという役柄に完璧に生きている。
心の痛みを吐き出す術を、暴力にしか見出せないダニーは、その衝動の強さを制御できず、自らの暴力が人を殺したかも知れないという恐怖に苛まれている。この恐怖を押し隠すために、ハリネズミのように全身で周囲を威嚇し、他者が1歩でも近づいたら叩きのめす、という凶暴性を顕わにしている。そんな男が、一夜にして、内に秘めている幸福な結婚式への憧れを語るのだ。
そのにわかに信じがたいほどのピュアなもの、あまりにも繊細な心を、松岡は乖離させることなく、ダニーという1人の人間の中にある思いとしてきちんと表現してくる。その確かな演技力と存在感が舞台を引き締め、最後に他者のために「赦し」を授ける役柄を、演劇というある意味の幻想空間の中でリアルに息づかせていた。この力量はただならぬもので、舞台出演は4年ぶりということだが、是非、継続して演劇の世界でも活躍して欲しい人材だと改めて感じさせられた。

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対するロバータの土井ケイトは、蜷川幸雄が主宰したさいたまネクストシアター出身で、退団後も蜷川作品を中心に、数々の大役を演じてきた実力派だ。その才能はまず佇まいから表れていて、ロバータがダニーに威嚇されながらもなお近づいていくという、考えればかなり無謀な行動なのだが、冒頭からやむにやまれる衝動が秘められていることを醸し出してみせる。そのことで、見知らぬ、しかもかなりの凶暴性を秘めている男が「帰らなきゃならないのに、帰る家がない」ことを見抜いて、女性が自室に招じ入れるという展開に無理を感じさせない。
更に、最も危険な水域にあると思われたダニーよりも、実はもっと深く危険な淵に、このロバータという女性が立っていることが見えてくる。終盤にかけての、その絶望と孤独が、強い光を放つ印象的な瞳に宿る様は圧巻だ。そして、そんな狂気をも秘めた演じぶりが、終幕の美しさへ帰結し、カタルシスを導いて見事だった。二人芝居を紡いだ二人が、共にこれ以上ないと思える適役だったことは実に幸福なことだ。

何よりも、藤田にとってこの作品が「希望」だったように、またダニーにとってロバータが、ロバータにとってダニーが「希望」だったように、藤田が演出し、松岡と土井が演じた『ダニーと紺碧の海』というこの舞台が、多様性が否定され、格差が広がり、他者とのつながりが希薄になる一方の2017年の日本の現実に、まるで希望の光のように輝いたこと。演劇の奇跡が今ここにあることに、感動せずにはいられない。今、少しでも生きにくさを感じている全ての人に観て欲しい舞台だ。


【囲みインタビュー】

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土井ケイト・藤田俊太郎

通し舞台稽古のあと、囲み取材が行われ、演出の藤田俊太郎、出演の松岡昌宏と土井ケイトがインタビューに答えた。
 
──いよいよ幕が開きますね
松岡 そうですね、稽古を1ヶ月重ねてきまして、二人芝居は初めてで、土井さんと2人、はけることなくぶっ通しで出ています。先ほど皆さんに観ていただいて、こういう感じなのかなという実感を、やっと覚えています。
──準備万端OKですか?
松岡 稽古場でしっかり作り上げてきているので、稽古場で作ってきたものをそのまま本番でも出せればいいかなと。
──ずっと喋りっぱなしですね。
松岡 喋りっぱなしです。もう夫婦漫才のように(笑)。
土井 (笑)。
──人付き合いが悪い男のわりにはよく喋ってますね。
松岡 ははは(笑)。昔から不器用な男というのは意外とよく喋るんです(笑)。
──藤田さんは蜷川さんの弟子ということですが、灰皿投げは?
松岡 ないです(笑)。いや、僕も幼い頃に事務所での演技レッスンを蜷川さんに付けていただいたことがあったし、ちょうど今日は亡くなって1年ということで、色々お話を伺ったりしています。でも藤田さんは藤田さんで、蜷川イズムを受け継いだうえで、こういう新しいご自分なりのレールを作られているわけで、僕らはそのレールに乗せていただいて、引っ張っていただくだけなので。稽古でも色々なアイデアをいただきまして、色々なことをやってみようと。1つのシーンでも、こだわらず何回も変えていくという、それは本番でも変えていきましょうと。そういう姿勢ですので、僕はとても楽しくやらせていただいてます。
──土井さんは藤田さんとは?
土井 私が藤田さんと知り合ったのは蜷川さんの演出助手をしていらした時代で、演出家の藤田さんとは初めましてなのですが、本当にまったく別の顔を見せていただいて、楽しいし、毎日刺激をいただいてます。

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──藤田さん、今の気持ちは?
藤田 松岡さんが言ったようにちょうど一周忌で命日で、その想いを込めて稽古しました。蜷川さんを大尊敬していますが、僕は怒号は飛ばさないので、愛情だけ飛ばしました(笑)。2人を愛して、ダニーとロバータとしてそこにいられるように、愛だけ渡して、あとは自分たちで舞台上で見せてくださいという稽古でした。とても優秀なおふたりなので、自発的に全部やってくれて、才能と優秀さと努力が備わるとこんなに良い役が出来上がるんだと。それぞれ毎日違うアプローチで稽古してきたので、その中できらめきが沢山あって、それが積み重なって、舞台上で改めて見せてもらうと、積み重ねてきたものは確かだったのだなと実感しました。
──ロバータはたいへんな女性ですが、松岡さん本人だったら?
松岡 速攻シカトしますね(笑)。ただ、たいへんな女性って、皆さん好きでしょ?(笑)でも、たいへんなもの同士がくっつくとこういうことになるのかと。だって2、3歳くらいの子供のケンカみたいですから。喜怒哀楽ははっきり出すし、思ったことははっきり言う。そこに隠し事はなく駆け引きもない。そうするとこういうパワーがぶつかるのかという。それを本で感じ、読んで感じ、演じて感じています。でも毎日これだったらたいへんだろうなと(笑)。
──ロバータはダニーに結婚してくれと言われますが、もし松岡さんから言われたら?
土井 もう、即答ですよね(笑)。ぜひ!と。でも私はロバータなので、ロバータは色々複雑なんです。でも、ダニーというキャラクターが、松岡さんが演じるからこそ、本当に愛すべきキャラクターになっていて、心から「え、なにこのひと!」と思わせるものを出されるので、とても感動的です。毎日、本当に勉強になります。
松岡 いや、嬉しいですね(笑)。でもこの役、体にけっこうくるんです。そんなに動いてないけど、やっぱり怒鳴ったりするので力が入ってるのかなと。節ぶしにきます。観るお客様も節ぶしに気を付けてください(笑)。
──藤田さん、改めて蜷川さんへの想いは?
藤田 もちろん観てほしいし、毎回その気持ちで作っています。でも観てくれていると思います。これだけ良い作品を、松岡さんと土井さんと一緒に、世界一の作品を作ったと思っていますから。毎日、蜷川さんのことは思っていますし、一生尊敬しているし、一生手の届かない方なので、これからも一生懸命がんばっていきたいと思っています。
──松岡さん、最後にお客様へのメッセージを。
松岡 40歳になりまして1発目の作品です。自分が経験したことのない扉を開けたいなと思って参加させていただきました。自分自身、毎日勉強になっている作品です。もしよかったら皆さん、ぜひ足を運んでいただければ嬉しいです。


〈公演情報〉
『ダニーと紺碧の海』
作◇ジャン・パトリック・シャンリィ
翻訳◇鈴木小百合
演出◇藤田俊太郎
出演◇松岡昌宏、土井ケイト
●5/13〜21◎紀伊國屋ホール
〈料金〉8.500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉パルコステージ 03-3477-5858(月〜土11時〜19時、日・祝11時〜15時)
●5/27〜28◎兵庫県立文化センター阪急中ホール
〈料金〉7.500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255(10時〜17時 月曜休 ※祝日の場合翌日)
公式ホームページ〉 http://www.parco-play.com/

 

【取材・文・撮影/橘涼香】





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志尊淳・大野いと・栗原類が思春期の葛藤を描く! 白井晃演出『春のめざめ』KAATで開幕!

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KAAT神奈川芸術劇場で名作戯曲『春のめざめ』が、芸術監督白井晃の演出によって5月5日、開幕した。(23日まで、大スタジオにて。京都、北九州、兵庫公演あり)
 
この戯曲は、1891年にドイツの劇作家ヴェデキントによって書かれ、センセーショナルな内容から上演禁止の処分を受けた。2006年にブロードウエイでロックミュージカルとして上演され、第71回トニー賞8部門を受賞。日本では劇団四季が日本語版ミュージカル『春のめざめ』として上演して話題になった。今回はストレートプレイでの上演となる。
 
主人公の14歳のメルヒオールを演じるのは、若手俳優として映像で活躍中の志尊淳。メルヒオールの同級生でヒロインのヴェントラ役に、これが2度目の本格舞台となる大野いと。さらに、映像だけでなく舞台でも活躍の場を広げている栗原類が、オーディションで白井晃の目に留まり、メルヒオールの友人のモーリッツを演じる。
また、クラスメートや感化院の少年役として、小川ゲン、中別府葵、北浦愛らの若手俳優を起用。若者達を抑圧する大人たちに、あめくみちこ、那須佐代子、河内大和、大鷹明良といった話題の舞台に欠かせないベテランが顔を揃えている。
音楽は大人気バンドDragon Ashのボーカルも務める降谷建志。ヴェデキント作『ルル〜破滅の微笑み〜』(2005年)以来、再び白井晃とタッグを組む。
演出を手がける白井晃は、2016年の芸術監督就任以来、近現代戯曲を現代に蘇らせるシリーズに取り組んでいて、今回の『春のめざめ』が2017年度の第1弾となる。200席程の濃密な空間である大スタジオでの、新たな若い才能との出会いが期待されている。
 
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【あらすじ】
ドイツの中等教育機関(ギムナジウム)で学ぶ優等生のメルヒオール(志尊淳)、劣等生のモーリッツ(栗原類)、同級生のヴェントラ(大野いと)は、仲の良い友人だ。ある日の帰り道、メルヒオールはモーリッツに「子供の作り方」を図解で説明する。物語はそこから予期せぬ事態へと発展して行く。成績のさえなかったモーリッツは、学校での過度な競争にたえられず米国への出奔を企てたが果たせず、将来を悲観してピストル自殺をする。
一方、メルヒオールは半ば強姦のようにヴェントラと関係し、ヴェントラを妊娠させてしまう。メルヒオールはヴェントラに謝罪の手紙を書くが、それが親にバレて騒動となる。さらに、自殺したモーリッツの遺品からは「子供の作り方」のメモが見つかり、自殺の原因とされたメルヒオールは親に感化院に入れられてしまい…。

舞台はむき出しの灰色の地面、そして約2メートルの高さのアクリル板のような板が周りを囲んでいるとても狭い空間だ。まるで牢獄に見えるその奥には通路があり、役者が歩く仕掛けになっている。板はライトの加減によって鏡になって、役者や時には観客を写して思春期の複雑な内面を象徴、光源を変えて透明にすれば、こことあそこ、憧れと現実、内と外、生と死を隔てる境界線のように見える。さらに中二階のような場所に通路があり、そこは大人という、子供達にとって抑圧的な存在が、檻の中を見下す刑務官のように闊歩する装置になっている。また、4×4本、計16本の1メートルほどの蛍光灯が天井にぶら下がっており、どこか諦念を帯びた冷めた印象を与えたかと思えば、急に赤色に明滅して、14歳のほとばしる熱情を輝かせるかのようで、子供たちの内面の葛藤を表現する。
 
ほとんどの役者たちは常に狭い空間にいる。学校や家や感化院という大人の作った牢獄に閉じ込められた囚人だ。小道具はほとんどない。客席と近い距離に存在しているアクリル板の高い壁は、抑圧的で支配的であり、言いようのない圧迫感を観客に与える。
 
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若い役者たちは、14歳という思春期の子供たちが抱える苦悩、苛立ち、不安、焦りを透明な板に白いペンキのようなもので塗りつけ、ドラムのように激しく叩いては、内に抱える欲望や怒りを表現する。
主人公のメルヒオールを演じる志尊淳が適役だ。どこかペダンチックであり、性への関心を隠さないメルヒオール。そんな14歳の少年が感じる苛立ちを表情や仕草に託し、衒いなく役柄を生きている。
 
大野いとのヴェントラは、無垢そのもので佇まいから美しい。だが彼女は、次第に大人の社会にある欺瞞に気づくとともに、不満をあらわにしだす。そして、メルヒオールと関係を持ち妊娠してしまうのだが、まだ少女でしかない彼女が背負った苦悩を感性豊かに演じてみせる。
 
モーリッツの栗原類は、いじめられっ子気質の内面の弱さをセリフで繊細に表現。最後には自殺に至る彼の絶望を、その華奢な体躯と独自の動きで生々しく伝えてくれる。
 
そのほかの男優陣は、学校の生徒や感化院の少年を演じていて、思春期の彼らの、性に対する、あるいは欲望に対する貪欲さを感じさせる。女優陣は無垢な存在として、男性陣とのコントラストを際立たせ、それゆえに消費されてしまう性の悲しみを、ダンスや仕草で表現して見せる。
 
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大人の役を演じるベテラン勢は実力派役者ばかり。それぞれメルヒオール、ヴェントラ、モーリッツの両親を演じているが、時には学校の先生役やメンターとして存在することになる。
ヴェントラの母・ベルクマン夫人役のあめくみちこは、ヴェントラに対して常に優しい母親でいようとするのだが、彼女が妊娠していると知って、狂気に満ちた行動に出てしまう。そんな大人の罪深さをリアルに見せる。メルヒオールの母、ファニー・ガボール夫人は那須佐代子。常に高圧的で、自分が一番子供のことを理解していると思っている尊大な大人。ある意味ユーモラスでもある存在を余裕ある演技で見せてくれる。
メルヒオールの父ガボールの大鷹明良は、息子のことを考えてはいるのだが、一度も息子ときちんと向き合おうとせず世間体ばかりを気にしている。そんな独善的な人間を説得力ある芝居で演じる。河内大和は、モーリッツの父である医者の役とともに、子供達の内面を映す死神のような不気味な役柄も演じるなど、多彩に活躍する。

小道具はほとんどないこの舞台で、降谷建志の音楽が大きな役割を果たす。14歳の心に抱える激情を、ドラムのブレイクビーツのリズムを交えた激しいロックな曲で表現したかと思えば、時にはランダムに鳴らされるテクノのようなキックの音が心臓の音のようで、不安定な子供達のやり場のない心持ちが伝わってくる。ギターはほとんどの曲でリバーブがかかり、思春期に抱く他者に対する幻想的な憧れを繊細に伝える。また、シンセサイザーによるアンビエントな曲調も緊迫した劇の中で、救いになるような朗らかな表情を与えていた。
 
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演出の白井晃は、この作品で若手の瑞々しいエネルギーとベテラン俳優の成熟した演技を絡ませることで、強い磁場を密な空間の中で作り上げていた。空間に満ちた、怒り、喜び、不安、寂しさ、若さゆえにほとばしる感情を、照明や音楽とともにスピーディーに変化させ、今にも爆発しそうなエネルギーをそこに生み出すことで、観客を舞台に没入させる。
人は子供から大人へと成長する過程で不条理な世界と出会う。その煩悶や苦悩を乗り越えて新たな自己を発見できる大人になれるのか、それに打ち負けてしまうのか、そんな問いかけが聞こえてくるような舞台である。

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【囲みインタビュー】
 
『春のめざめ』の公開稽古前に、囲みインタビューが行われ、志尊淳、大野いと、栗原類、白井晃が登壇した。
──いよいよ初日ですが、意気込みを
志尊 1ヵ月半の稽古を重ねて来ましたが、初日という実感は幕が開くまでないんです。ただ、ゲネプロで、白井さんとみんなで作ってきたものを、最大限に発揮して、公演ではゲネプロの雰囲気を超えるような表現をできたらと思います。
大野 すごく緊張しているんですけど、たくさん稽古もしたし、自分なりにたくさん考えたので、ヴェントラをちゃんと生きられればいいなと思いますし、頑張りたいと思います。
栗原 不安がないといったら嘘になるんですけど、キャストスタッフみんなで、頑張ってこの舞台を一から作って来ました。最後は、今まで白井さんがおっしゃってきたことを、僕らが何を表現するべきなのかを自覚しながら、ゲネプロに挑みたいと思います。
白井 『春のめざめ』という作品は、若い俳優さんを中心に作っておりますが、なかなか難しくて厳しい表現を求められる作品だと思います。私は、ギムナジウムの校長先生のようにみんなを叱咤激励しながらここまでやってきました(笑)。きっと、初日に向かって、私の予想以上のジャンプをしてくれると期待しております。

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――今日までの出来は何%ぐらいでしょうか。
栗原 タブーなことを聞きましたね(笑)。僕らもドキドキするような質問です。
白井 (笑)。まだ、80点ぐらいだと思っています。ゲネプロで90点、初日で100点を出す予定ですよ。
――白井さんは大スタジオでの演出が初めてになります。
白井 そうですね。KAATの芸術監督を務めさせていただくようになってから、大スタジオでやるのは初めてですね。お客さんとも距離が近いので、どのような反応が起こるか楽しみにしています。
――舞台経験の少ない若い役者さんが多いですね。
白井 確かに、ベテランの皆さんから比べると少ないですが、ベテランでは出せないエネルギーがあると思います。技術ではなくて、彼らが頑張って一生懸命舞台と立ち向かおうとしている姿が、我々にとって新鮮だし、そこが見どころじゃないかな。私も若くなったつもりでみんなと一緒に稽古をしてきたので、その良さが出てくれると思っています。

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――志尊さんは初座長ですね。
志尊 そうですね。舞台自体が久しぶりなので、申し訳ないですが、座長という意識はあまりないです。ただ、いろんなことをいろいろな人から吸収できるように柔軟にやってきました。これから初日を迎えて、メルヒオールの抱えるエネルギーを存分に出して、千秋楽までには座長として、ちゃんとしたものができるように頑張って行きたいと思います。
――座長はみんなをご飯に連れて行くというイメージもありますね。
志尊 意図的ではないですが、誰ともご飯に行ってなくて、それよりもメルヒオールを考えることで頭がいっぱいです(笑)。これからみんなでご飯に行きたいと思っています。
――大野さんから見た座長はいかがですか。
大野 稽古に真剣に向き合っている様子を見ると、人一倍プレッシャーを感じているんだろうと思います。私は女の子たちといっぱいおしゃべりをするんですけど、志尊さんは頑張っているねとお話をしているので、座長が一番いろいろなものを抱えているのが伝わって来ます。
栗原 白井さんは、志尊さんだけではなく、みんなに厳しく細かい表現を求めていたので、僕ら全員にそれぞれ課題がありました。最初は白井さんが何を求めているのか、頭をかかえることも多かった。けれど、稽古場から、劇場に移動したことで、何を表現すればいいのか、どのタイミングで動いたり、喋るのかという感覚をつかめた気がします。僕も志尊さんの稽古をずっと見ていて、志尊さんが思うメルヒオールとは何か、白井さんが求めるメルヒオールとは何か、いつもディスカッションしてすり合わせをしていたので、人ごとではないですが、どんな幕が開けるのか楽しみですね。

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――稽古は苦痛でしたでしょうか?
栗原 それはないですね(笑)。
志尊 憤りや、社会に対して納得いかないことを、常に役とリンクさせながら向き合っていたので、経験不足ですけれど、稽古中は辛いから笑顔でやろうと簡単に考えるのではなくて、とにかく真剣に向き合っていくだけでした。
――『春のめざめ』ということですが、目覚めたものはありますか。
志尊 コンビニのおにぎりですね。稽古中、毎日同じことをやるので、唯一の楽しみが帰りの電車か、朝にコンビニでおにぎりを選ぶ時。それ以外はずっと稽古に集中していたので、食べ物にはまっていましたね。みんなコンビニで買って分け合っていましたね。
大野 チークをたくさんつけると可愛い感じになるのに目覚めました(笑)。ヴェントラのメイクはタレ眉で、チークをたくさんつけるようにとメイクさんに指導いただきました。チークをたくさんつけたら、メルヒオールのお母さん役の那須さんや、ヴェントラのお母さんのあめくさんが「いとちゃんすごく可愛いって」と言ってくださって、嬉しい(笑)。

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栗原 自慢ではないですが、意外とショートヘアが似合うんだな(笑)。30センチぐらい切りましたね。作品に入らないときは髪の毛は伸ばしっぱなしなんです。THE ALFEEの高見沢さんクラスまで伸ばしていたほどです(笑)。いただく役も基本的にロングヘアーが多かったんです。今回はボブっぽくて、稽古のオフショットやポスターを見たら、思った以上に反応が良かったので、『春のめざめ』のようないい作品に巡り会えるチャンスがあれば、またボブにしようかな。
白井 若いみんなと久しぶりに身体を動かしていると体の気分が活性化するということに目覚めました(笑)。
――最後に座長から挨拶を。
志尊 僕たちが演じる14歳の役柄は、みんなが通って来たことでもあります。今の自分たちにリンクする部分があれば、誰しもが持っているものがある作品だと思っています。この作品は観る方によって、捉え方が変わるので、いろいろなものを感じてもらえるような作品です。舞台版でもしっかり原作の意図を伝えて、各々の役どころを存分に発揮できたらなと思っているので、たくさんの方に観ていただきたいです。

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〈公演情報〉
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース 『春のめざめ』
作◇フランク・ヴェデキント
翻訳◇酒寄進一
構成・演出◇白井晃
音楽◇降谷建志
出演◇志尊淳 大野いと 栗原類
小川ゲン 中別府葵 北浦愛
あめくみちこ 河内大和 那須佐代子 大鷹明良 ほか
●神奈川公演5/5〜23◎KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
〈料金〉プレビュー公演[5/5・6]5,000円(全席指定・税込) / 本公演[5/7〜23]一般:6,500円 / U24チケット(24歳以下)3,250円 / 高校生以下割引(高校生以下)1,000円 / シルバー割引(満65歳以上)6,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉チケットかながわ 0570-015-415(10:00〜18:00)
●京都公演  5/27・28 ◎ロームシアター京都 サウスホール
〈お問い合わせ〉ロームシアター京都 075-771-6051
●北九州公演 6/4◎北九州芸術劇場 中劇場
〈お問い合わせ〉北九州芸術劇場 093-562-2655
●兵庫公演6/10・11◎兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
〈お問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255 (10:00〜17:00/月曜休み ※祝日の場合翌日)
〈公式ホームページ〉https://www.harumeza.jp
 


【取材・文・撮影/竹下力】




扉座『郵便屋さんちょっと 2017』 




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木村了、上原多香子らが登壇!Musical『TARO URASHIMA』上映会レポート到着!

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TOKYO FMホールにおいて、『黄金週間は?るひまの映画祭!』と銘打って、5月3日と4日、る・ひまわり製作の舞台作品を上映するイベントが行われた。その中で、昨年8月に明治座で上演されたMusical『TARO URASHIMA』が、出演者のトークショーと合わせて上映された。
 
お伽話『浦島太郎』を題材に、池田鉄洋が新たな解釈の物語としてリメイク、徹底したキャラクターとそのコミカル且つシュールな世界観で見事なミュージカル作品となった『TARO URASHIMA』。

5月4日の上映の前に登壇したのは、主演の浦島太郎役の木村了、乙姫役の上原多香子、乙姫に一目ぼれをするダイオウグソクムシ参謀役の辻本祐樹、乙姫の兄で甲太子役の滝口幸広。4人が披露する舞台裏でのエピソードに会場から爆笑が起こり、舞台上でのやり取りから出演者たちの仲の良い様子が垣間見えるトークとなった。
 
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滝口幸広、辻本祐樹、上原多香子、木村了

【木村了コメント】

日本全国の皆さんが知っているお伽噺なので、最初に“浦島太郎”を演じると聞いた時は、どうして良いか分からなかったのですが、(脚本の)池鉄さんの台本がぶっ飛んでいてとにかく面白かったので、台本に助けられるなと思いました。今回お芝居は勿論ですが、このカンパニーで出来たことがすごく嬉しかったし、そこで座長をやらせて頂いた事は、自分の財産になりました。また、楽曲も人の心を掴む素晴しい曲が多くて、僕等もその素晴しさを伝える為に頑張りました。


【上原多香子コメント】

思い描いていた乙姫と違って今回の乙姫はかなり卑屈。卑屈でない自分が卑屈な乙姫を演じるのは大変でした。一度観た方も今回の上映会で初めて観る方もいらっしゃると思いますが、私も客席で観たいくらいに楽しい場面が沢山あるので、皆さんにも喜んで頂けると思います。

 
TARO URASHIMA宣伝写真
『TARO URASHIMA』
お伽話『浦島太郎』を題材に、池田鉄洋が新たな解釈の物語としてリメイク、徹底したキャラクターと、そのコミカル且つシュールな世界観で見事なミュージカル作品に仕上がっている。
2016/8/11〜15@明治座で上演された。
出演者◇木村了、上原多香子、斉藤暁、崎本大海、滝口幸広、辻本祐樹、原田優一、土屋シオン、碕理人、森田涼花、竹内寿、中村太郎、月岡弘一、桝井賢斗、相川絢、塩川渉、角島美緒、二瓶拓也、高木稟、大堀こういち、舘形比呂一、坂元健児、和泉元彌(特別出演)/とよた真帆 
 



おん・すてーじ『弥次さん喜多さん』双 




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